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家族 中編

今日の二つ目。

本日はもう一つ投稿します。



 結局、いつも通り半刻ほどで稽古は終わった。

 二人は息も絶え絶えで、庭の片隅にある井戸で水浴びを済ませた頃には既に清々しい朝を迎えていた。


「ふぃー、気持ちいー」

「あはは、おじさんみたい」

「言ったな!」

「こらこら、じゃれてないでこっちに来なさい」


 肌着一枚で追いかけっこでも始めかねない様子である。

 そんな兄妹をなだめるヨウシアの様子も随分と優しいものに変わっていた。

 卓越した剣術遣いとして知られるこの男も、剣を離れ子供を前にすると心優しい父親である。


 一足先に水浴びと着替えを済ませたヨウシアが、長髪を瑠璃色の髪紐で縛りなおして兄妹の支度に掛かる。

 溢れるように笑うエリアスもクリスタもまた無邪気なものである。

 そこはそれ、まだまだ子供らしい可愛さの残る二人であった。


 三人が裏口を潜った時にはすでに食卓の用意ができていた。

 ちょうど小振りな鍋に入ったスープを机に乗せたエミリアが笑顔で出迎える。


「おつかれさま」


 わずかに傾げたこうべから透明感のある黄橡きつるばみ色の髪が溢れる。

 どこかあどけなさを残す瓜実顔うりざねがおに垂れ目ながら意思の強さを宿した萌葱もえぎ色の瞳、ちょっと他では見ないような美人である。


「ただいまっ」


 飛びつくようにしてクリスタが母親に抱きつき、一歩遅れてエリアスもはにかみながら抱きつく。


「んー、お母さんの匂い大好き!」

「あらあら、甘えん坊さんね」

「ううん、お兄ちゃんにはかなわないよ」

「なんだよバカにして」


 そうは言いながら、エリアスも母から離れようとはしない。

 大人ぶる癖のついている少年も家族の前では童心に帰り、とりわけ包み込むような優しさを体現するエミリアにはすこぶる甘える。

 それが妹には面白いし嬉しい。


 一方の父にとっては少しばかり寂しい。

 師弟でもある以上仕方がないとは分かっているのだが。


「さ、そろそろご飯をお食べ。勉強の時間に遅れるよ」


 苦笑気味にヨウシアが声をかけてやっと皆が食卓についた。

 アニム族は朝食を重んじる。

 机の上はなかなかに豪勢な装いである。


 この日はこんがりと焼いたバケットにとろとろに溶かしたチーズを垂らしたもの、季節の野菜を煮込んで塩とハーブそれもとりわけコリアンダーの葉と果実を利かせたスープ、それにマスをバターで炒めてエミリア特製のハーブミックスを振ったものが並んでいた。

 さすがにエミリアは包丁もよく遣うようである。


 とりわけヨウシアなどは、オーストレーム全域で飼育されているモンスという大型のヤギのような獣の乳から作られるチーズやバターをことのほか好んでおり、

「あぁ、独特の香りとコクの強さがもう……」

 などと言ってはばからない。

 いまも、の一番にその手がバケットへと伸びていた。


「んー、おいしー!」

「クリスタ足を揺らすなよ、行儀が悪いぞ」

「ぶー、お兄ちゃんだってだらしない顔してるじゃない」

「どういう意味だ」

「そういう意味だよー」

「これ、二人ともよさないか。まったく忙しないな」

「ふふ、相変わらず仲が良いわね」


 益体もないことを言い合いながら競うようにかっこむ二人をヨウシアもエミリアも微笑ましく見守っている。

 幸せを絵に描いたような家族の団欒がそこにある。


 いよいよ時間が怪しくなってきたエリアスとクリスタは程なくして慌てて出かけて行った。


 二人を見送ったヨウシアとエミリアは穏やかに朝食を終えて一休みしている。卓上は既に片付けられてハーブティの入った茶碗があるだけであった。

 月白色の狐尾と黄橡色の狼尾がゆらゆらと仲良く揺れている。


「ちょっとごめんよ」


 徐ろにヨウシアは腰のポーチからパイプを取り出した。

 細長いチャーチワーデンのオリーブパイプはシャンクの部分に振り返った狐がなかなか緻密に彫り込まれていて実に美しい。


 心得たもので、エミリアが裏庭に面した小窓を開け放ちに行った。

 灰皿片手に彼女が戻ってきたのは、ちょうど良い具合に煙草を詰め終えたところであった。


 ダンパーを左手にパイプを咥えたヨウシアが右手を持ち上げた。

 と、その人差し指に小さな火が灯ったのである。

 ヨウシアは熱がるそぶりも見せずに鷹揚おうようにパイプに火を入れる。


 やがて満足したのか、右手を軽く振るって火を消して仄かな紫煙を遊ばせた。

 本来ならそのままたゆたうはずの煙が、これまた一定の距離を離れた途端にまるで何かに導かれるように小窓から外へと運ばれていく。

 そうして甘い上等なブランデーのような香りだけがヨウシアの周りから漂った。


「いつもごめんなさいね」

「なんの、私の趣味なのだからこれくらいはさせておくれ」

「ふふ、ありがとう。あなた」

「あはは、これはなんともこそばゆいね」


 エミリアはどうにも煙草が苦手である。

 匂いはそうでもないが煙がいけない。

 こればかりは我慢できないのだが、といってあまり我儘を言わない夫の趣味までは口を出したくない。


 そういうことをよくよく心得ているヨウシアはいつも魔法を使って互いに心地よく過ごせるように気遣っている。

 先ほどの不思議な光景はそれゆえであった。


 それではヨウシアのような魔法が普通か、というとそうでもない。

 ドヴェルグ族やアルヴ族は言うを待たず、アニム族もまた精霊信仰が厚い種族であり従って魔法を十分に遣う者が多い。

 ところが、この二人ほどになるとこの里にも数えるほどしかいないのだ。


 さらに言えば、この二人はオーストレームの出身ではない。

 今では珍しい流浪する一族に生まれ、幼少から旅に慣れ親しんでいたのである。

 なんでも一族の祖先がオーストレームから旅立ったのが始まりであったらしいのだが詳しいことは彼らも知らない。

 二人が一族から離れたのは成人して間もなくのことで、シェラド山地の奥、コントゥラータというところで卓越した師に出会ったことが契機となって一廉ひとかどの戦士となった。


 ヨウシアが剣を、エミリアが弓を取るようになって数十年をそこで過ごした。

 動乱期を戦場で過ごした二人が並々ならぬ修羅場を潜り抜け魔法の技量も相応のものになっていたのである。

 全てが落ち着いた頃には二人がまあそういう・・・・関係になっていたのは然程の不思議もない。


 今でも彼の地では双剣のヨウシアと必中のエミリアと言えば知らぬものはいないというが、本人たちは「どうでもよいこと」と言ってむしろ微妙に恥ずかしがるのであった。

 その実力に似合わぬほどに牧歌的な二人である。


 今も、知らず知らずのうちに物思いに黙ってしまったヨウシアを、エミリアは何も言わずにただ楽しそうに見つめている。


【脚註のようなもの】

黄橡色……赤みの強い黄褐色。くすんだにぶい輝きを持つ。橡はクヌギの古名。いい色なんですよ。

瓜実顔……瓜の種になぞらえている。色白、中高でやや面長な顔。昔から美人を指して使われた言葉。

萌黄色……鮮やかな黄緑色。春先に萌え出る若葉のような冴えた色。落ち着く感じがすごくいい。

モンス……架空の動物。べぇぇえええ。


【喫煙について】

 当たり前ですが喫煙は二十歳から!

 本作では情景を彩る重要なアイテムとしてパイプなどが度々登場しますが、時代を鑑みるに、どうしても娯楽が限られるため煙草を無視することはできないと考えております。

 喫煙を助長する意図はないことをご了承ください。

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