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家族 前編

第一章に突入。

今日の一個目、本日は三つに分けて投稿します。

以下の頭註、興味のない方は読み飛ばしても大丈夫、なはず。


【長さと時間について】

 本作では学問がさほど進んでいない世界ですので意図的にメートル法や細い時間を表す言葉を避けています。

 時刻は一刻=2時間を基準に、半刻=1時間、四半刻=30分となります。

 尺貫法はとある理由からかつての日本のものを採用しています(一尺=約30cm、一寸=約3cm)



 ルドルフ暦三二四三年、レナシル亜大陸の西を抑えるガウル王国は平地と山地が入り混じりつつも肥沃な農地と有力な領主や騎士を擁する大国であった。


 国中を席巻した異種族迫害に端を発し百年以上前に勃発した“迫害紛争”を皮切りに、紛争で低下した王権と地方領主達との諍いや海を挟んだ隣の七王国との領地を巡っての戦争を経て、三二二六年にロベールⅠ世が即位するまでこの国は激動の歴史を歩んできた。

 その長い乱世が精兵を育て国家を強くし現在の大国へと拡大する切っ掛けとなったのである。


 さて、このガウル王国の南東には霊峰と呼ばれるアルプ山脈の西端があって大小の山々や深い森に囲まれている。

 その中でもガウルの隣、ローム帝国との国境にほど近い大樹が生い茂る森メンカルトゥールは群を抜いて古い森であり地元の猟師や冒険者でも立ち入ることのない土地であった。


 このメンカルトゥールの森のさらに奥深くにアニム族最古の隠れ里“オーストレーム”がひっそりと存在している。

 無数の古樹と猛獣や魔獣に守られた深奥にポツリポツリと拓けた平地があって、これに堀や塀を巡らせてその中に集落を構えたものがいくつかある。

 オーストレームはこれらの中核として長らく森を鎮守してきたのであった。


 動物と同じ耳や尻尾を持ち、卓越した素質を秘めた肉体を備えるアニム族であってもこの森に暮らすのは並大抵のことではないのだが、太古の先祖から連綿と続く里を捨てるようなことはできなかったのであろう。

 その歴史は先史時代にまで遡るというのだから相当なものである。


 一方で、人族の社会から隔絶した苛酷なその環境が幾度もこの里を外敵から守ったのも事実である。

 実際、先の異種族迫害や紛争においてもオーストレームは侵攻されることなく、里から送り出した援兵の他に大きな被害もなかった。

 それゆえこの里は保守的ながらも平穏な時を刻んでこられたのである。


 ところで、この里の東に見える山脈から一年を通して滔々(とうとう)と流れるリーウスという川があって、これがオーストレームの南を掠めるように流れている。

 この川が流れている辺りは南庄みなみのしょうなどと呼ばれて長閑な田園が広がっており、自然と家々もまばらなものである。


 アニム族というのはもっぱら狩猟と採集を得意とする種族ではあるが、それは決して文明の程度が低いというわけではない。

 現にリーウス川の両岸は石積みの堤が張り巡らされ、遊水池や木製の農業用水が引かれているのが見て取れる。


 そのリーウス川の上流、遊水池近くの堤内に小さいながらも瀟洒な白い家屋がある。

 背が高くなりすぎないよう整えられた樫の木に囲まれており、二階建ての木造はなかなか悠然としている。その外壁にはたっぷりと漆喰を使われ、傍目にも朴訥ぼくとつとした美しさであった。


「エーリーアース!」

「うぐっ」


 今、その家の一室で二人の子供の声が響いた。

 ベッドに寝ていたエリアスの上に元気よく飛び掛ったのは妹のクリスタである。

 この頃の一般的なベッドというものは木製の土台の上に柔らかな毛皮や毛布を厚く敷いたものであるからして、これはなかなかに「痛い!」ものであった。


 クリスタは兄の上に堂々と横になり、楽しそうに顔を見上げる。

 八歳になろうかという歳の割にはしっかりとした躰つきは種族特有のそれであり、母親譲りの端正な顔立ちにはいたずら小僧のような笑みが浮かんでいる。

 エリアスの胸元に零れ落ちる肩口まで伸びた髪は黄金こがね色。頭頂部からは同じ色の狐耳が飛び出しており、腰元からはふっくらとした尻尾が顔を見せてゆっくりと左右に振られている。


 一方で毛布に包まって微睡まどろんでいた所にのしかかられて呻いている兄もまたクリスタとは一味違う顔立ちの持ち主であった。

 襟元まである霞色の髪とクリクリとした黒鳶くろとび色の瞳はなんとも可愛らしい。

 九歳という年齢に見合ったその体格は他に比べれば相対的に小柄な方で、それゆえにこの人間・・の少年は女の子と言われても違和感のない容貌であった。


「うぅ、痛いよクリスタ」

「だってエリアスはこれくらいしないと全然起きないんだもん」

「い、言い返せない……」

「そんなことより、鍛錬の時間だよ! お父さんが待ってるよ!」

「嘘だろっ、もうそんな時間!? 怒られる!」

「あはは、だから言ったのにぃ」


 慌ててパジャマ代わりの貫頭衣を脱ぎ捨てて着替え始めるエリアスを眺めながらクリスタは楽しそうに笑い声を上げた。

 どうにも朝に弱い体質のこの兄は、定期的にこうして寝坊しては妹に起こされている。

 エリアスとしてはなんとも恥ずかしいことである。

 それでいて、もう一方のクリスタは日頃しっかり者の兄が唯一見せる可愛らしい弱点が気に入っているのだから仕方もない。


「もう行くよう」

「あ、ちょ、ちょっと待って。今行くよ」

「じゃあ、十秒だけ」

「そりゃないよ!」

「いーち、にーい……」

「わ、わ、今行くったら」


 どうにかクリスタが十を数え終わるまでには準備を終えたエリアスは、こけつまろびつしながら妹を追いかけた。

 慌てて準備したにしてもきちんと上下を着込んで革鎧を装備した姿はさすがに両親の教育が行き届いているのが見て取れる。

 あけ色の髪紐を使って後ろに引き結んだ髪の束が忙しなく揺れている。


「あらあら、ふふふ。エリアスのお寝坊さんかしら」

「うっ。お、俺急いでるから!」

「あー、お兄ちゃんが照れてるー」

「うるさいよ!」

「けがしないようにねー」


 二人が裏口から飛び出すようにして庭へ出ていく。

 ランプの柔らかい光に照らされた台所から母エミリアが笑顔で見送っている。




 この家の裏庭は大部分が剥き出しの踏み固められた地面であるが、南側の一角には多種多様な草花、香辛料になる植物やハーブの類が見目にも整った様子で植えられている。

 エミリアのちょっとした趣味である。


 その庭に、未だ長鳴き鳥も起き出す前から父ヨウシアがいた。

 エリアスとクリスタよりも半刻|(一時間)余りも早くから、暁の前の仄暗い只中で無駄口の一つも叩かずにただただ黙然と木太刀を振るっている。


 その六尺ほどもある体は無駄のない引き締まった体躯なのだが、ゆったりとした衣服はむしろヨウシアに線の細い印象を与えている。

 鼻筋の通った顔立ちはすっきりとしており、まさに“眉目清秀びもくせいしゅう”そのもの。肩まで伸びた月白げっぱく色の髪は瑠璃色の髪紐で総髪そうはつに引き結んでいる。

 日頃柔和な物腰と優しい笑顔が目立つ男ゆえに、ひとたび剣を持った途端に刃物のような鋭利さと氷山のような緊張感をかもすごみ・・・というものが一層に映えるのだ。


 ヨウシアには木々の揺らぎも鳥虫のざわめきも聞こえていない。

 ただ黙然と木太刀を振るう。


 正眼に構えた木太刀を、上段に移し刹那に振り下ろすのだ。

 滑るように前進したヨウシアの体は無駄な力が抜けており、“斬る”瞬間に集中した動きが木太刀を加速させ美しい軌道を見せていて、寸分違わず同じ軌道を描いて上段の構えに戻りながら後退するとピタリと元の姿位置になっている。

 そうして、また同じことを繰り返す。


 春先のまだまだ寒さが残る時期とはいえ、ヨウシアは汗ひとつかいていない。


 そこへ、バタンと大きな音を立てて兄妹が飛び出してきた。

 二人が出てくることをとうに気づいていたヨウシアは驚くこともなく、さすがにまだまだ九歳と八歳の子供に叱るつもりもない。

 ただ一言、「遅い」と告げるのみである。


 とりわけ大きな声でも苛立った声音でもないのだが、子供たちはびくりと体を震わせると異口同音に、

「ごめんなさい!」

 と口にして、それぞれに自分の木太刀で父に習った。


 曲がりなりにも剣を学び始めて四年足らず。

 素振りと型稽古しか教えられていないとはいえ、父親の両脇で木太刀を振るう様はなかなかどうして堂に入ったものである。


 実のところ、ヨウシアは七歳頃になるまでは、と思っていた。

 ところが、何が駆り立てたのか、エリアスは物心がついた頃から剣術に非常な興味を示したのである。


 余りに熱心なエリアスに先に根を上げたのは両親の方である。

 一度やってみればすぐに嫌になるだろうと稽古をつけてみたところ、まるで水を得た魚のように生き生きと剣を振るうのだから仕方がない。


(こうなった以上は……)


 とばかりにヨウシアの方が思い直したのである。


 兄にべったりのクリスタが「私も!」と言い出したのもすぐのことで、半ば諦めまじりに稽古をつけてみればこちらも実に楽しそうに剣を振るのである。


「子供の成長を喜ぶべきか、もっと子供らしくあって欲しいと悩むべきか」


 いつであったかパイプをやりながら愚痴をこぼしたヨウシアに、妻エミリアは苦笑を返すことしかできなかったものである。


 朝靄の突き刺すような冷気の中、正面、袈裟、逆袈裟、胴など計二百本の素振りを終えた兄妹に合わせてヨウシアは木太刀を止めた。

 これからヨウシアが打ち手となってエリアスとクリスタ交互に型稽古をつけるのである。


「よろしくお願いします!」


 声を上げる二人の衣服は既に汗みずくであったが、まさに意気軒昂の面持ちである。

 末頼もしい子供たちに、涼しい顔をしたヨウシアはしかし満足げに頷いてみせた。



【脚註のようなもの】

朴訥……無駄なものや裏表のない素朴なさま。すっきりした感じ。こんな人に私はなりたい。

黒鳶色……やや黒い赤褐色。ほどよく落ち着いた茶という感じがグッドです。

朱色……やや黄を帯びた赤色。日本の伝統色で最古の色の一つ。鳥居にも使われる魔除けの色。実に美しい。

月白色……わずかに青みがある白色。月の光を表した綺麗な白。

瑠璃色……やや紫を帯びた鮮やかな青色。由来はラピスラズリ=瑠璃。

意気軒昂……意気盛ん。ムッファー、俺はやるぜ!俺はやるぜ!!



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