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エインヘリャル物語 〜橘啓吾 列伝〜  作者: 真面目 雲水
第一章 転生した剣客
21/61

伝説の始まり 前編

今日の本編三分の一

続きは今しばらくのお待ちを


 いよいよエリアスとクリスタは洞穴の入り口近くまで戻ってきていた。

 オルクとの決着の直後、極度の緊張に崩れ落ちたエリアスもすでに全快している。

 長い下げ緒で縛った打刀を背負って歩く足取りはしっかりとしたものだ。

 一方のクリスタも腰の鞘に短剣クレドを納め、両手で濃緑色のローブのようなもの——トレンチコートを持っている。


 さすがに二人とも疲れ切った様子を隠せず口数も少ないが、その顔色はそれほど悪くはない。

 目下の追跡者はすでになく、少しばかり変わったトレジャーも見つけた。いわばちょっとした凱旋のようなものである。

 高揚した気分は、その他の問題に蓋をして帰途を急ぐことができるほどには十分なものだった。


 けれどその夢見気分も、洞穴の出口が見えるようになると水を浴びせられたように萎んでしまった。


 薄暗い坑道に差し込む斜陽の光を遮る複数の巨躯はオルクである。

 その身から滲み出る黒々とした靄は先のものよりもずっと重々しく、エリアスたちに重圧となって襲いかかっていた。


 五人、いや六人のオルクが洞穴の入り口へ殺到しようとしている。

 エリアスたちを助けた不思議な風が彼らを防いでいるようだったが、それがいつまで保つか分からない。

 先のオルクとて負傷しながらも洞穴の中へと侵入していたのだから。


 まさかにオルクが出迎えるなどと予想だにしていなかった二人の姿はすでに奴らの視線を集めている。

 後戻りする意味も気力もないに等しい。


「油断した、な」

「……うん」


 エリアスの口から転がり出た言葉は、本人が思っていた以上に重苦しく洞穴に響いた。

 答えるクリスタの声もどこか力なく、けれど鋭い決意を秘めているように思える。

 無駄だろうとは思いつつも、エリアスは口を開いた。


「なあクリスタ……」

「私、逃げないよ?」

「……そうか」

「もう、見てるだけなんてやだ」


 へたり込んだ狐耳と尻尾を隠しもせずに、震える笑みを浮かべて言い切る妹にエリアスは困ったような顔を見せた。

 困ったような顔で、しかし瞳に気焰の光を宿している。


 この時、いったいどこにこれだけの力が眠っていたのかと言うほど少年の体は奮い立っていた。

(どうしたって、この大切な家族を死なせるわけにはいかない)

 のである。


 そうして二人は決然として徐ろに身構えた。

 背中から打刀を下ろしたエリアスは抜刀して構え、クリスタはコートを静かに床に置いて短剣クレドの柄頭に右手を添えた。


「早く帰らないと、お母さんに怒られちゃうね」

「ふ、ふふ」

「悪い子はお肉もお魚もなしです、って」


 戯けたようにエミリアの真似をするクリスタはすでに震えている様子もない。

 黄金色の耳と尻尾はキリとして立ち上がりむしろ勇壮にも見える。


「あはは、本当にクリスタは俺には勿体無いぐらいの妹だよ」

「怒られる時はお兄ちゃんも一緒だよ?」

「もちろんだ。二人で一緒に怒られよう」


 笑みを浮かべながら、エリアスたちの視線が交錯し離れる。

 それきり出口にひしめくオルクを睨めて動かない。不退転の意思が二人を戦士にした。


 そうしてあの不思議な風が、止む。


 つんのめるようにして、まず二人のオルクが洞穴に侵入した。

 嫌らしい笑みを浮かべながらエリアスとクリスタにそれぞれ飛びかかる。


 先に動いたのはエリアスである。

 一足早いオルクの前にするりと入り込んで虚をつくと、焦って振り下ろそうとしたその右手に刃を当てて引き下がりながら切り裂いた。

 凄まじいまでの切れ味を発揮した打刀がオルクの右手を骨まで切り飛ばし、大剣の重さにそのまま吹き飛んだ。

 オルクが悍ましい叫び声を上げる。


 一方、仲間の窮地も気にせずに突貫するオルクに相対して、クリスタはクレドを抜こうとして、できなかった。

 どういうわけか硬く納められた短剣は全く抜ける気配がない。


「ダルダミアァアア!!」

「……っ!」


 飛び退るクリスタを追ったオルクの剣撃が腰帯を半ばまで切り裂く。


 半ば使い物にならなくなった帯は緩み、それを利用してクリスタはどうにかクレドを鞘ごと引き抜くことができた。

 二撃、三撃、振り回されるオルクの大剣を、クリスタはクレドで受け流しながら危うくも避けてみせた。

 しかし、その表情はひどく強張っている。


(また足手まといにっ……!)


 慚愧ざんきの念が少女の心を掻き乱している。


「クリスタッ!!」


 声を荒げたのはエリアスであった。

 右手を失ったオルクの首筋を深々と切り裂いて少なからず返り血を浴びながら転身している。

 凄まじい形相で妹に駆け寄るエリアスの向こうからは、怒りに我を忘れた有り様のオルク達が追随している。


 直後、エリアスは地を蹴った。

 オルクの連撃を捌き切れなくなってきたクリスタに打ち当たるようにして、縺れ合った二人の体が間合いから外れ、洞穴の壁へと叩きつけられる。


「お兄ちゃん!?」


 思わず声を荒げるクリスタに構わず、エリアスはすぐに立ち上がると妹を庇うようにして再び身構えた。

 どこをどう掠ったのかエリアスの背中にはうっすらと血が滲み、髪が随分と短くなっている。

 解けた朱色の髪紐が、クリスタの胸元に落ちる。


「やらせない!」


 らしからぬまでの覇気を撒き散らしながら、エリアスが吠える。

 両手に持ち替えた打刀が正眼に構えられた。


 凛々しい少年の姿は力強いものである。

 けれどそれは、発奮するオルク達がガタガタと音を立てながら迫る光景を前にすると、まるで風前の灯がにわかに燃え上がったようであった。


 二人の命運尽き果てたかに見えた、その時である。


 一条の光線が犇めくオルクの間隙をすり抜けて、今まさに大剣を振り上げたオルクの両手を破砕して闇の先へと消えたのである。

 エリアスとクリスタの目はそれが清浄な翡翠ひすい色に光る矢であることをどうにか知覚できた。


 何が起きたのかも分からず両者が呆然としたその隙に、十に満たない数の矢玉が次々と飛び込んできた。

 今度の矢は光を発していない。


 オルクの野太い叫び声がこだました。

 眼や膝窩しっか肘窩ちゅうか、人体の急所を過たず射抜いたその神業に兄弟は湧き上がる歓喜を抑えられない。

 二人が知る限りこんなことができるのはただ一人である。


 次の瞬間、ふわりと一人の男が二人の前に降り立った。

 同時に呻き声を上げていたオルク達が揃って首筋から血を吹き上げて折り重ねるようにドウと倒れる。

 目にも留まらぬ早業で両手の剣を鞘に納めた男が子供達へと走り寄る。


「エリアスッ! クリスタッ!!」

「……っ!」

「お父さん!!」


 三つの人影が重なった。

 泣きじゃくる兄妹を咎めるものはいない。



【脚注のようなもの】

膝窩……しっか。膝の裏、柔らかいところ。汗がたまるとかゆい。

肘窩……ちゅうか。肘の裏、柔らかいところ。注射してみる?

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