閑話 サンテリが見たもの
遅くなってしまい申し訳
この閑話の他に本編もアップするのでお待ちください
意識を失ったまま寝所へと運びこまれたサンテリは、いつになく厳しい表情を浮かべた養父アルトゥーリに見守られながらこんこんと眠り続けている。
彼は、まるで静かな水面を揺蕩うような夢を見ていた。
ハミル湖に落ちてからこちら、夢と現実を行きつ戻りつしていたサンテリはいまひとつ現状を正しく認識できていない。
今、夢の中にあって少年が思い出すのはつい先ほどの不思議な出会いである。
あの時、水の淵へと流されたサンテリはそこで麗しい女性に逢った。
まるで精霊そのものが顕現したかのような存在が、今にも溺れんとする彼をそっと包み込んだのだ。
白磁のような肌を薄布と天色の髪が纏い、同じ色の瞳に優しい光を宿すその姿はとどまることを知らぬ美しさを醸し出し、どうしたことかその体と水の境界はあやふやなのである。
そして、そうと分かった時にはすでにサンテリは現世と夢の狭間にいたのである。目の前のそれによって引き込まれた、と彼は直感した。
そのあまりに濃厚な精霊の気は少年から困惑や畏れ、疑念をぬぐい去り、ただただ愕然として身動きも出来なかったのである。
精霊に愛され、精霊に非ず、精霊の似姿を持つ存在が何者なのかサンテリには分からなかったが、女性は自らをスフュレリアと名乗った。
スフュレリアとの邂逅は長かったようにも短かったようにも思われてサンテリにも分からぬが、けれど多くのことを話して聞かせてくれたのは確かである。
多くの冥王のしもべたちが暗躍を始めていること。
エリアスとクリスタがいるところは彼女が護っていること。
急ぎ救援を差し向けてやってほしいこと。
穏やかな表情で諭すようにそこまで言い聞かせると、スフュレリアは急に黙り込んで暫時、凝然とサンテリの目を見つめた。
『あの、僕に何か……?』
堪えきれずにサンテリが口を開く。
それに応えるように嬉しそうな笑みを一つ浮かべて、スフュレリアは喋り始めた。
『この世界、エルソスに大きな波が来ます。すなわち、黄昏と黎明が訪れ、星々が煌めき流れる時が来ました』
『それは……』
『一つの時代が終わり一つの時代が始まる時、地は戦士の骸に覆われるのです。神ならぬ私が知ることは決して多くはありませんが、多くの民が艱難辛苦を味わうことは確かです』
知らず知らずの内に泣きそうな顔を俯けていたサンテリの頰にそっと手を寄せ、スフュレリアは語り続けた。
『サンテリ、優しい草原の子。悲しむことはありません。貴方の大切な友人、運命の放浪者がいる限り世界は輝きを失わないでしょう』
『運命、放浪者?』
『いずれ、分かります。茨の道を渡る友のために、貴方は歩き続けねばなりません。貴方が貴方であるためにその力を磨きなさい』
『けれど僕は何もできませんでした。さっきだって……』
『いいえ。貴方は自分が思っているよりもずっと強い。貴方が彼を求めるように、彼も貴方を求めるでしょう』
『そう、なのでしょうか』
『ええ、そうなのです』
そう言ってスフュレリアが笑うと同時に、優しい天色の光が満ちるのをサンテリは感じた。
次に気がついた時、彼はオーストレームの中にあるシガル川の岸に打ち寄せられてエミリアに助け起こされるところであった。
遠いハミル湖からリーウス川を経てシガル川まで運ばれたのは、紛うことなくスフュレリアのお陰であろうことは今も朦朧としているサンテリにも理解できる。
(また、会えるかな……?)
無意識にサンテリがそう思った時であった。
『貴方がそれを望むのならば』
あの優しい声と天色の光が少年の脳裏で弾けたのである。
同時に、急速に覚醒していくサンテリのぼんやりとした視界が、目を瞠って驚く珍しい養父の姿を捉えた。
(エリアスとクリスタを、僕の大切な友達を、お願いします)
薄れゆく彼女の気配に祈ったサンテリの耳に遠くの方から穏やかな声が聞こえた。