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エインヘリャル物語 〜橘啓吾 列伝〜  作者: 真面目 雲水
第一章 転生した剣客
16/61

逃走 前編

遅くなってしまって申し訳

今日の一つ目、本日はもう一つあります


今日の話は二つに分けるか最後まで迷った分量でした。

でもあんまり長いと読むのに疲れる人もいるだろうしなあ、などと愚考して結局分割しました

ご迷惑をおかけしましたら申し訳

 エリアスとクリスタが飛び込んだ洞穴の中は、その入り口の小ささの割に思いの外大きなものであった。

 ある程度進んでしまえば二人が手をつないで精一杯に広がっても十分なほどの横幅があり、その奥行きに至ってはまだまだ終わりが見えない。


 その上、どういう訳か左右の壁と天井は石造りでしっかりと整備されているのである。

 細やかな壁画や文字の装飾は、これが平時であればエリアスも喜んでじっくりと鑑賞したであろうがさすがに今はその余裕もないようであった。


 兄妹は今もオルクから逃げ続けていた。

 あの不思議な風に襲われたオルクも一度はエリアスたちを見失ったものの、彼らの後を追って洞穴に入ってきたのは間違いなかった。

 すでに何度かあのおぞましい叫び声が洞穴の中で反響しているのを彼らは耳にしている。


 幸い、この洞穴は迷路のようになっている。

 彼らはエリアスの直感を頼りに進んでいるが、何度もあった分かれ道はオルクを撒くのに役立ってくれるはずであった。

 もっとも完全に撒けたなどとは到底思えない。


「クリスタ、まだいけそう?」

「う、うん。なんとか」


 ボソボソと小さな声で会話を時折交わしながらエリアスとクリスタは通路を歩き続ける。

 エリアスの左手はクリスタと繋ぎ、逆の右手には松明が握られている。

 無駄に長いこの通路にポツポツと掲げられていたものを拝借したのだ。

 およそ五十けんほどの等間隔にある松明から離れたところでは、身の回りすらはっきりとしないほどに暗い。

 他に選択肢もなかった。


 さすがに、ここまでくるとこの洞穴が自然のものとは思えないのが道理である。

 すでにエリアスたちにもここが尋常ならざるモノ・・によって作られたのであろうことは理解できていた。


 追い立てられるように飛び込み、背後から迫るオルクに脅かされ、当てもなくひたすら逃げる。

 頭がおかしくなるような恐怖に苛まれながらも二人が歩き続けられているのは、ひとえにこの場所が妙な安心感を伴っているからであった。

 二人の胸中には感謝にも似た感情が浮かんでいた。

 なにしろ、母親に抱かれる赤子のような無条件の安寧が兄妹を支えているのである。


 とはいえ洞穴に入って四半刻、いや半刻すら経っているやもしれない。

 エリアスたちの時間感覚は極度の緊張と長い逃走でまともとは言えないものになっている。

 どれだけ鍛えていると言ってもエリアスもクリスタもまだ子供、すでにその足元はおぼつかない。


 彼らの体感でさらに四半刻も歩いただろうか、とうとうクリスタが弱音を上げた。

 当然ながらエリアスも限界が近い。


 二人はよろよろと座り込んだ。

 疲れ切ったエリアスはそれでも用心して手元にあった松明を遠くへと投げた。

 そうして糸が切れたかのように眠ってしまった妹を見守るうちに、次第に朦朧としてくる意識に流されるようにして瞼を閉じてしまった。


 二人があどけない寝顔をさらしていたのはそう短い時間ではなかったが、十分なものでもなかっただろう。

 気絶するかのように寝落ちしていたエリアスはやがて、何か寒気を感じたように体をブルリと震わせて自ら目を覚ましたのである。


(あ……。まずいぞ、どれくらい寝てた?)


 うまく働かない頭を振って寝ぼけ眼をこすった少年は妹をゆり起こそうとした。

 それが彼らの命を救ったのである。

 そうでなければ、押し殺したようなうめき声を明確に捉えることはできなかっただろう。


「ボルダシュッ! ボルダシュ、デルベルラガルッ!」


 反射的に振り向いたエリアスの視線の先に、見覚えのあるオルクがいた。

 落ちていた松明を拾ったのだろう。

 もはや憎しみすら込めて、その松明をめつすがめつ確かめているのである。


 エリアスが投げた松明は、何の偶然か不思議なほど遠くに飛んで行っていたのは僥倖であった。

 オルクが二人に気づいた様子はない。


 焦りながらクリスタを起こしたエリアスは思わず叫び声をあげようとするその口を右手で塞いだ。


「気付かれるとまずい。急いで逃げるよ」


 耳元で囁かれてすぐに落ち着くあたりはクリスタもさすがである。

 丸々と目を見開きながらもコクコクと首を上下に振って答えた。


 持つものもない二人はそのまま立ち上がると物音を立てないように細心の注意を払いながら暗闇を歩いた。


 束の間の休息に緩んでいた緊張の糸が急速に引きしぼられる。

 エリアスもクリスタも蒼白になった顔色を隠すいとまもなく、足裏で踏みしめる音すら惜しみながらじりじりと洞穴の奥へと進んでいく。


 それも、長くは続かなかった。

 等間隔に設けられた松明の光に二人の輪郭が緩やかに映し出されるとともに、オルクの視線は吸い寄せられるようにエルソスのそれと重なった。


「っ! 走れッ!」

「ゥウルジャァァアア!!」


 エリアスの切り裂くような叱咤と同時にオルクのおぞましい歓声が暗闇を揺らした。

 必死の形相を浮かべエリアスとクリスタが弾かれるように駆け出し、直後に拾った松明を握りしめたままオルクが追走した。


【脚注のようなもの】

五十間……一間が六尺、つまり約一メートル八十センチ。なので約九十メートル。

矯めつ眇めつ……眼を凝らしたり、片目を細めたり。転じてよくよく観察する時などを表現する。

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