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エインヘリャル物語 〜橘啓吾 列伝〜  作者: 真面目 雲水
第一章 転生した剣客
14/61

サンテリという少年 前編

本日は二つに分けて投稿いたします

こちらは一つ目です


 春を待たずして陽気な風がオーストレームの里を通り抜けている。心なしか、表通りを歩くものもどこか浮かれているようであった。

 しかし、そういうことに気を使うほどの余裕が今のサンテリにはない。


 最初の頃ほどの当惑や焦燥感こそなくなったものの、精霊から伝わる危機感は一向に収まる気配がない。


 粘りつくような暗い存在。

 そして必死で逃げる大切な二人の親友。


 嫌なヴィジョンを振り払うようにサンテリは足を速めた。

 向かうのは“知恵の館”である。最後に二人と分かれたところに行けば何かわかるかもしれない、と思い定めていた。


 北庄の表通りをサンテリは急ぐ。


 里長の館は通りの端の方、北門に近い辺りに面している。

 知恵の館に向かおうとすると、まず里でも古参の家系や武人たちが住まう住居が軒を連ねるところを過ぎ、倉庫を兼ねる櫓や見張り塔の界隈に出る。

 三丈さんじょうほどもあろうかという立派な木造の見張り塔の南側には里の戦士たちが己の技量をみがく稽古場がつながっている。

 今も掛け声やら物音やらが騒々しく表にまで聞こえてきており、まさに気炎万丈きえんばんじょうの有様であった。


(ヨウシアさんがいれば……)


 思わず、サンテリの足運びが鈍る。


 エリアス兄妹の父ヨウシアはアルトゥーリと並び立つほどの傑物である。

 の出身者でありながら今や里の戦士たちを束ねる存在であり、平時は稽古場で教導しているのだ。

 性別や年齢で区別せず、本業の余暇で学びに来る農夫や商人にも親切であるからその評判も中々のものである。

 彼の手助けがあれば、とサンテリが思ったのも無理な話ではない。


 だが、サンテリはかぶりを振って足を速めた。


 なんの確実性もない話を、しかも自分のような子供が持って行っても仕方がない、と考え直したのである。

 ヨウシアならば信じてくれるかもしれないが彼にも立場がある。

 何より、その時間すら惜しまねばならないとサンテリに精霊がささやいていた。


 稽古場を過ぎたサンテリの足がシガル川にかかる橋へと差し掛かった。


 シガル川は里の南部を走るリーウス川の上流から分かれた支流である。これを境に北庄を越えることになり、橋の向こうは里の中央部、知恵の館までもう少しであった。




「気が抜けたって帰ってったけど? それがどうかしたの」


 どこかに出かけたのかヘンリクのいない館の奥で出会ったラッセはいつもと違うサンテリの様子に驚いた様子こそ見せたものの、兄妹の居場所を聞かれると吐き捨てるようにそう答えただけであった。


「そっか、ありがとう」

「……用事がないなら、俺はもう行くから」

「え、あ……」

「ったく、あいつ目を離したすきにどこ行ったんだか」

「あいつ?」

「ッチ、お前には関係ねえよ。じゃあな」

「う、うん」


 端的な受け答えを残し去っていくラッセにサンテリは頷くことしかできなかった。

 なんとなく釈然としないものを感じながら、しかしゆっくりと考える時間も無い。


 当てが外れたサンテリはこれからどうするか考えなければいけなかった。

 二人が家に帰ったのならば追うしかない。

 ひょっとするとヨウシアかエミリアのどちらかが帰っているかもしれない。ならば何かしら事情を知っているのも道理である。


 けれど、サンテリは動けなかった。

 なぜかすっきりしないものを感じるのである。

 知らず知らずのうちに目をつむって腕を組み、右手で鼻の頭を掻いていたサンテリに精霊が語りかける。


『何かを取り落としている』

『何かが間違っている』

『待たなければならない』

 

 やっぱりこれは、とサンテリが目を開けた。

 その時であった。

 サンテリの前に、のそりと本棚から人影が出てきたのである。


「イスモ……?」


 大柄な体を庇うようにして現れたのは確かにラッセの弟イスモであった。

 サンテリの目が丸々と見開かれた。

 この朴訥な少年が一人で行動しているのは珍しいことである。


 イスモは動じる様子もない。

 もっさりとした動作で頭を下げると徐ろに口を開いた。


「……ごめ、ん」

「あ、いや……。急に、どうしたんだい」

「聞いてほしい、ことが、ある」

「?」

「……エリアス、クリ、スタ。いつもの、場所に行くって、言って、いた」


 これ以上ないと思われたサンテリの眼がことさらに大きく開く。

 ラッセの言葉に矛盾する内容もさることながら、寡黙極まりないイスモがこれほど喋るのをサンテリはほとんど見たことがない。


「あ、ありがとう! 助かるよイスモ!」

「……」


 イスモがのそりと頭を下げる。

 その手を取って感謝を告げたサンテリは、館を飛び出そうとして、できなかった。

 イスモの両手がしっかりとサンテリのそれを捕まえて離さなかったのである。


 サンテリは不思議そうな表情を浮かべたものの、その手を振りほどこうとはしなかった。

 その手に、悪意を感じなかったのである。

 何より彼の手は、まるで叱られるのを恐れる子供のように震えていた。


「……兄さん、を、怒らない、で」

「イスモ?」

「兄さん、仕返しの、つもり。でも、ダメ。ダメだって、精霊、が、言ってる」

「君は……」


 あまりのことにサンテリは愕然がくぜんとした。

 イスモの発言はすなわち、彼が精霊との感応ができることを意味していたからだ。

 当然、何の訓練もしていないはずの少年ができるはずもない。

 それでもサンテリは彼が嘘をついているようには思えなかったのである。


「おね、がい」

「だ、大丈夫だよ。このことは僕とイスモとの秘密にするから」


 深々と頭を下げるイスモに忘我から戻ってきたサンテリは、慌ててそう告げた。

 と同時に、せっかくならば彼もまた養父に学んだ方がいいのではないかと思い始めていた。


 どうにもこの危うげな少年をこのままにしておいてはいけないような気がして仕方がないのである。

 その時のサンテリの印象を説明するには、そうとしか言いようがなかった。


「ねえイスモ。よかったら君も一緒に父上の……」


 しかしサンテリの言葉を最後まで聞くこともなくイスモは首を左右に振った。

 微笑みを浮かべながら、けれど決然として申し出を断ったのである。

 その瞳には悲しみと諦念がこびりついたような深い色が光っていて、サンテリは我知らず圧倒されていた。


「たぶんラッセと一緒に学ぶこともできると思うけど……」

「いい、大丈夫」

「……そっか」


 寂しげに笑うイスモにサンテリは言葉を濁すしかできなかった。


「あり、がとう」


 そう言って踵を返した少年を、しかしサンテリはとっさに引き止めていた。

 何か言わなければ、そう思ううちに口から自然と言葉が転がり出ていた。


「あの、気が変わったら、いつでも声を掛けてくれたらいいから。君ならきっと強くなれると思うんだ」

「……」

「それと、さ。ありがとう、君のおかげだ」

「……うん」


 自然な笑みを浮かべて、今度こそ館を出て行くイスモをサンテリは見送った。

 心なしかその後ろ姿はいつもよりも小さく見える。


 寡黙に過ぎるとしか言いようもない少年が何を思って話しかけたのか、彼が何を背負っているのか、サンテリには想像しようもない。

 まるで木枯らしに吹きさらされた案山子のように、どうしようもない寂しさだけがサンテリの胸中をよぎる。


『急いで!』


 精霊の声が茫然としていたサンテリに喝を入れた。

 目を瞬かせて気を取り直したサンテリの目に光が戻った。


 少年は、自然と走り出していた。

 今はゆっくりと考えている時ではない。

 赴くままに動くべき時である。


 館を飛び出したサンテリの遠く向こうでイスモを叱っているラッセが見える。

 いつの間にか居なくなっていた弟を心配していたのか、その顔はホッとしているようにも見えた。


(落ち着いたら、イスモともっと話してみよう)


 内心でそう呟きながら、サンテリは駆けていく。



【脚注のようなもの】

丈……じょう。尺の十倍、約三メートル。なので三丈はおよそ九メートル。

気炎万丈……意気込みが他を圧倒するほど盛んなこと。ドゥエラワッシャァァアアイ!!

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