ロイドの首級
蒼天を望める円形の闘技場は、ぐるりと周囲をギャラリーが囲んでいる。軍や学校運営を担う王侯貴族の賓客、近くから物見遊山で訪れた観客、既に試合を終えたか、あるいはこれから試合をする控えの学生。会場は外へひらけているはずなのに、渦巻く熱気はやけに籠もっている。
独特の緊張感の中、渡された真剣の柄を握って確認して、ロイドは最後の試合のために中央のアリーナへと進み出る。
観客の歓声が耳に入らない。
向こうから歩いてくる彼のエメラルドの瞳を睨んだ。
去年、初めて経験した円卓試合で、ロイドを下した少年――エヴァ、と大抵は皆気安く呼ぶ。現クラブスート組首位の『キングオブクラブ』だ。
次席であるロイドが勝てなかった相手だった。
もう500回目になる。一年で124回、二年で375回、今日で丁度500回目。彼と手合わせをする回数であり、499回はロイドが負かされ続けてきた回数だった。
呪われでもしたかと思うほど、身体の芯が強張る。硬い表情のロイドとは裏腹に、彼はいつも通り飄逸とした風情が崩れない。うっそりと微笑む彼の顔を見て、ロイドは唇を噛んだ。
──ひどい、かお。
彼の唇がそう動いたのを見て、ロイドは眉根を寄せた。腹立たしいことに、肩の力が抜ける。
本当に嫌だ。彼にだけはそんな風に助けられたくない。他の誰でもなく、彼だからこそそうだ。
立ち止まり、相対する。すらりと腰のサーベルを抜き、両手で垂直に構える。
「「――我らが主の御名の下、道に背かず、是を振るいせしめんことを」」
簡素化された宣誓をそれぞれ述べ上げた。
ビューグルの音が耳をつんざく。構えの合図だ。
互いに剣を構えたのを確認して、審判が声を張り上げる。その瞬間、同時に動いた。
懐かしい、ちょうど一年前に一度経験した熱気の渦の中心で、ロイドはサーベルの刃を打ち鳴らした。
仕方がないわね、と微笑む母が想像できる。
父は次頑張れば良いと苦笑して、生意気な弟妹は兄様弱い、とからかう。
分かっている。順位に重きを置かれない。一番にならなければいけない理由がない。エヴァに負けたことで、誰かがひどく傷付くことはない。
――自分以外は。
これほど悔しいと思う自分以外は、誰も傷付かないことだ。
分かっている。今よりさらに強くなればいいだけの、簡単なことだ。けれどそれがうまくいかない。
そう思って俯いていると。
「……まだここか」
授業中以外には珍しく息切れした、自分の王がそう呟いた。
アリーナへ続く廊下から角をひとつ曲がっただけの場所だ。ここにいるということは、決勝が終わった後、わざわざ闘技場の真裏から走ってきたのだろう。微かに滲む汗を拭って、すぐにいつもの余裕ありげな顔つきに戻る。
ロイドはこらえた声で恨みがましく言う。
「……笑いに来たのか」
座り込んだまま顔を上げず、冷ややかな声を出した。
負けた相手のところにわざわざ来て、いつものように飄々と、余裕げな微笑で『また殺した』と言いに来たのかと尋ねた。
その方が楽だ。けれど。
「そうして欲しいってんなら言うけどなぁ」
こんな時に限って、そんな風に一歩引いた態度を取るところが気に入らない。もっと無神経だったなら、屈辱を塗り重ねられたと思わない。――こんな風にロイドの内心を見透かしている男だからこそ、余計につらい。
顔を跳ね上げて、ぼろぼろ涙を落とす双眸で睨んだ。
「こんな、時に……来て、お前に何が分かるって、いうんだ。何しに来たんだよ!」
「もうハートスートの試合始まっとるから、会場戻った方が良いと思うが。 そこじゃ次のやつが泣けん」
「何の心配をしてるんだよ……ッ」
こんな時に、と忌々しく思いながら怒鳴ると、不意を突いて腕を掴まれた。
強く引っ張り上げられて立ち上がる。頭からばさりと何か被せられ、一瞬視界を奪われた。
「なに……」
「笑いに来るわけがないだろうに」
視界が悪い。何事かと思ったが、彼の軍服の上着が頭から被せられている。
顔を上げようとすると、軍服を深く引っ張られて、視界を塞がれた。
「な、に!」
「こけないよう足元だけ見てろ」
珍しく強い語調できっぱりと命じられて、ロイドは唇を噛んで俯いた。普段ゆったりとした話し口を使う彼の、早口で言い捨てるような物言いに驚いて、思わず言葉が出なくなった。手首を引っ張られて、大きな歩幅で歩く彼に精一杯付いていく。
擦れ違う学生達とは、上着が遮って視線が合わない。安心しながらも、ますます息が苦しくなる。涙は一向に止まらない。
うまく言葉が出なかった。
エヴァはきっと誤解をしているのだ。……いや、前は誤解ではなかった。けれど、考えが変わったことがある。
ロイドの家は地方貴族で、ローランドという領地を授かる男爵の家柄だ。ロイドはその家の長男で、いつかその爵位と地位を継いで、ローランド男爵を名乗ることになるだろう。
こうして士官学校で騎士を目指すのは、その時に騎士の戦績という箔がつくと、そんな安易な理由でしかない。
騎士として死ぬ覚悟もなければ、そこで大成しようという志もない。周りにはそんな人間がたくさんいるし、疑問にも思わなかった。よくある王侯貴族のステータスで、恥ずべきことでなく、むしろ胸を張れる立派なことだ。けれど、少し違った。
エヴァは大商家オーデリー家の次男で、嫡男が他にいる。家を継がない立場であるため、士官学校で優秀な成績を修めて騎士団を目指す。……それが駄目だったから、他の道があるなどと、そんな気楽な立場ではない。自分の将来は自分だけのもので、彼の家はなにも彼に与えてくれない。本気で騎士を志し、そのために命を使う。
エヴァが自分を笑うのは当然だ。ここに至る覚悟がそもそも違う。同じ場所に立てるだけの本気もなかった。なのに、自分がいつか、そんな彼らに守られる側に回ることを考えもしなかった。
だから、勝って証明をしたかった。
「……こんなんじゃ、またお前、に」
それなのに、うまくいかなかったことがもどかしい。歯噛みするほど悔しくて、どうしようもなくて涙が出てくる。
前にいるエヴァは小さな声を聞き取ったらしい。しかし、やはりどこか冷たく聞こえる早口で問い返してくる。
「なに」
怖かった。いつも品定めするような目で見下ろしてくる彼に、自分は怯えていた。
黙ったままの彼の目が、命を捧げられるだけの価値があるのかと容赦なく尋ねてくる。半端な覚悟でここにきたくせに、同じ戦場に立つつもりなのかと非難してくる。
恐れながらも、それでも憧れずにいられなかった。
「……俺、分かってるんだ。お前が俺に冷たいって。 弱いくせにって思って俺のこと見るのも、当然だと思う。一度も勝てたことがないから」
図星だったのだろう。手首を掴むエヴァの手に力が籠る。けれど、そのことに今さら傷付きはしなかった。
去年の今頃彼に負けて以来、彼のすぐ下で周りを見ていて気付くことがたくさんあった。
下位に留まったのはほとんど、半端な気持ちで入ってきた王侯貴族の子息ばかりだった。エヴァの気持ちも分かった。そのやりきれなさが、一番身近な自分に向くのも理解できた。
なにも言わないエヴァへ、ロイドはぼそぼそと話を続ける。
「貴族のお遊びみたいに思うだろ。 箔付けに来たんだろうって、そう思われて仕方ないし、最初、俺もそんなこと考えてた。でも」
いずれそういう人間に仕えなければいけないエヴァの屈辱が分かった。今同じ場所でへらへらと遊んでいる連中に頭を下げ、命を懸ける。そう思うと彼が怒るのも当然で、むしろ、それにしてはずいぶんと優しい扱いを受けたと思った。
本気で騎士を志しているのは、なにもエヴァだけではなかった。
「オデットとかルースとか、その、差別とかじゃなくて単純に女が同じ場所で同じ目標持ってて、びっくりした。 し、ルースは騎士の家だし、オデットは庶民っていうか、戦争で真っ先に割りを食う方だし、なんか……初めてそういうの見て、違ったの分かって」
なのに、オデットもルースも何も言わなかった。遊んでいるとも非難しなかったし、冷たい態度を取られたこともない。けれど、自分は無意識に彼女たちの尊厳を踏み躙ってきてしまった。
だからこそこんなにも悔しく思う。
「たしかに俺は騎士として戦って死んだりできないんだと思う。それはエヴァが思ってる通りで、半端な気持ちで入ってきたのも本当で、お前が思ってたことなにも間違ってなくて、でも――だからこそ」
家のしがらみがある。彼らのように命を懸けて戦って、国のために死ぬことはできないし、騎士としての名声を得ても、最後は貴族としての名前に変わってしまう。騎士として残るものはなにもない。
けれど覚悟はできる。エヴァやオデット、ルースと同じだ。将来を見据えた覚悟。
「認めて欲しいと思ったんだ。お前にちゃんと、主人でも良いって思われる人間にならなくちゃって、オデットとか、ルースとかにも。だからそう思って――お前より強くならないと、俺はいつまでも貴族の坊ちゃんのままで――でも、駄目で」
貴族になるための覚悟ならできる。他人の命を背負い、守っていく地位に就くために、彼等よりも強くあるべきだった。
だから、勝ちたいと本気で思っていた。けれど。
「ヨハンみたく、将来どこにでも行くって言いながら、一番でいるような実力もないし。悔しいんだけど、負けたからもう何言ってもしょうがないし、お前が怒っても当然だし、だからなにっていうか、それだけなんだけど」
エヴァはなにも言わない。そのことに情けなくなって、また涙が溢れてきた。彼の歩幅に合わせて足早に歩きながらも、今にもへたり込みそうな虚脱感に襲われる。
認めて欲しかった。それだけなのに。
「もう――何が言いたいのかも、自分で分かんなくなってきた――」
「ロイド」
唐突に名前を呼ばれて竦み上がりそうになりながら、ロイドは返事をする。
「なに」
「ちょっと違う」
顔を上げると、後ろ頭を掻きながらエヴァは振り返らない。しかし、急に思い込んできたものを否定されて、考えがまとまらない。困惑していると、エヴァは歯切れ悪くぼそぼそと続けた。
「いや、まったく違うというのでもないんだが――あー、ミディアにも言われた通りだ。限界だな。もう隠せない。言いたかないんだが」
その後もぶつぶつと「言わなきゃならんとは思ってたんだが」だの「言い出しづらくて」だのと言い訳がましくて要領を得ない話が続く。
そのうちイライラしてきて、ロイドは声を張り上げた。
「なんだよ煮え切らないな!!」
「分かってる」
ぐっと言葉に詰まった。なにを、とか、どれが、とか、そんな疑問が喉元に支えて出てこなかった。黙っていると、エヴァはいつのも調子で飄々と言う。
「お前が言ったことも本当で、お前が騎士になるつもりじゃなくて貴族だってことも、今は相応に頑張ってることもそりゃもう分かってる。だからオデットもルースも俺も、遊んでいるとかまったく思っとらんし、ちゃんと認めてる」
――認めてる?
信じられないような思いで、ロイドはエヴァの後ろ姿を凝視した。一体いつからだろうか。自分があれだけこだわっていたことが無駄だったことに気付いて、頭を殴られたような衝撃が来た。
「……分かってたのかよ! 言わせといてお前!!」
思わず大声を上げる。すれ違う生徒が振り返るが、それどころではなかった。今まで一体自分はなにをこだわっていたのだろうと馬鹿馬鹿しくなってくる。
エヴァは振り返らなかった。いつもと同じ声音でけろりと答える。
「俺の家はなあ、無制限で放任主義だから、貴族が言ってる家がどうのってさっぱりわっかんねえんだよなあ。でもな、お前さんはそういうのを心の底から信頼して、ちゃあんと立場をまっとうしようとしてるだろ」
「そ、それが、なに」
「なんか地に足付いてんなあと思って、羨ましくて腹立っていじめたかった。そんだけ」
ロイドがエヴァのように次男の立場だったらと考えたこともある。自分で選べるものがあって、羨ましく思ったことも。
逆もまた同じで、エヴァもそれを考えて、羨ましくて、腹が立った。だからロイドが気に入らなくて、今まで散々笑顔で回りくどく嫌がらせをしてきた。
――それだけのことだと分かった瞬間、一気に力が抜けた。
「っはあああああああ!?」
「あーやっぱり怒った。そりゃそうだな。すまんなあ今まで」
「っふ、ざけんな!! ひとが、今まで散っ々、悩んで……もう、この日しかないって……なのに負けちまって、なのに……い、いじめたかっただけ!?」
「そう。そんだけ」
悪びれもせずに頷かれてしまい、怒りの言葉もなく両手で顔を覆った。
「切れたい……」
「良いぞ切れても」
「なんか……気が抜けてそれどころじゃ……」
いっそ座り込んでねちねちと嘆きたい。いままでの苦悩の労力を返してくれとか、それぐらいさらっと言ってくれとか、馬鹿じゃないのかとか、しょうもないとか。
黙って歩いていると、エヴァが急に立ち止まった。どこに着いたのだろうと顔を上げると、いつもたむろしている2年生の談話室の前だった。大抵知り合いしかいないし、特に今日は円卓試合へ出払っていて人がいないからだろう。
扉を開けながら、エヴァはやはり飄々と言う。
「あとお前さん、自分で思ってるほど弱かないぞ。俺と相性が悪いだけで」
思いもしない言葉に、ロイドは被った上着を軽く持ち上げながら目を瞬かせた。そして心の底から思った。
――嘘だ。
「それだけなら一勝ぐらいできるだろ」
「でなきゃ二年連続で二位に食い込めるか。去年の三位とか、十一位まで落ちたぞ」
「……そうだっけ?」
「お前さんは上しか見とらんからそんな調子なんだな」
呆れたような声音で言われたが、やはり実感がない。この男に負かされ続けているせいで、むきになって、それ以外があまり見えていない。総合して自分の実力がどの辺りか、というのを考えたことがなかった。
談話室に入ると、ぽつぽつと人がいた。めいめいが自分の好きな場所に散けて寛いでいるため、入ってきた人に関心がなさそうだった。
手を引かれて、いつも集まる窓際の長椅子に近付いてやっと、ルースが気付いたように顔を上げた。
「あらお二人さん、お疲れさま」
金髪に蜂蜜色の瞳をした、騎士家のお嬢様だという少女だ。この甘ったるい外見で、並み居る男を押し退けて今年はダイヤスートの主席に立ったのだから、やはり家柄を含めても元々持っているものが違うのだろう。
すでに試合が終わって、礼装として着ていた軍服の胸元も寛げている。だらしないというには悩ましい胸元だが、いちいち文句を言う気力もなかった。
ルースはロイドへ明るい声で言う。
「なんだか今年、気合い入ってたじゃない。惜しかったわよー三十五打目、入ってたら勝てたのに」
「……さん?」
急に言われたが、なんの話か分からない。試合の話だというのは分かっても、三十五打目がどれだったのか咄嗟に思い出せない。むしろ、そこまで仔細に覚えている彼女が異常だ。
「それに比べてエヴァったら持久力落ちてない? それとも集中力? よろけてたから、もしかしてって思ったのに」
「余計なこと言わんでくれんかね」
エヴァは困ったような顔でルースへ返す。ロイドは手を離されてそろそろと長椅子に座り込んだ。この二人は家同士が険悪らしいが、当人らはどうでも良いと一蹴していた。
ルースはエヴァの文句に大人しく口を噤み、代わりにエヴァの外套を被るロイドを覗き込んで、慰めというより賞賛の込められた言葉を寄越した。
「悔し泣き? 泣くと疲れるから、ほどほどにね。まだ年度末行事終わってないんだから、任命式もあるし、胸張んなさいよ」
ルースの言う通りだ。年度末は円卓試合に加え。任命式、修了式、終業式が立て続けにある。疲れ切った顔で立つわけにもいかない。
「ああ、そういやオデットも勝ったそうよ。そこらへんは顔ぶれ変わんないわね。ま、面倒が少ないけど」
ルースはもう四つあるクラスの、もう一人のクラス主席の名前を上げた。ダイヤ以外の一年期末の主席はエヴァ、ヨハンと、そして今名前が挙がったオデットだ。三つのクラスは、二年期末の今年も主席の変動がなかったらしい。
この連中は、とロイドがつくづくその偉才を思い知っていると。
「ってわけで、来年はよろしくね」
ぽんと軽く肩を叩かれた。見上げると、にっと歯を見せて笑う屈託のないルースの顔がある。なんの含みもなさそうな顔に、ロイドの悩みなど輪郭が滲んだ。
「……ほら見ろ、ルースなんてそんなもんだ」
エヴァもそう言う。ロイドのことを貴族だからと差別したりしない。オデットもヨハンもそれは同じだ。
なにより、エヴァが分かっていたなら、これ以上言っても意味がない。だからとロイドは諦めの境地でもうひとつ明かす。
「はあ……言ったっけ」
「なにがだ」
「お前がひどい嘘つきだって」
ルースが吹き出して笑った。エヴァは目を丸くして固まっている。どうしてそんなに大袈裟な反応をされるのか分からないが、ロイドは疲れてそこまで考える気力がなかった。
エヴァが戸惑ったように問い返してくる。
「なんだ、悪口か?」
「お前はしんどいくせに平気だっていうし、俺のこといじめたいぐらい気に入らないのに、わざわざ闘技場の裏まで迎えに来る」
悪口といえば悪口だけれど、本題はそうではない。ずっと思っていた、平気だと言いながら笑うのに、全然平気だったことがない。一人でいる時のエヴァはなんだか苦しそうだ。
「無理ばっかりして、嘘ばっかりついて、どうしようもない」
何を考えているのかと聞いても教えてくれない。話し掛けた途端に、笑顔の仮面を被ってしまう。そういう大人は周りに幾らでもいたけれど、隣でいつもそれではたまったものではない。
ぐす、と洟を啜り、涙の止まった目元を拭って、ロイドは溜め息交じりに言う。
「だから、認められて、そんで……その、本音が話して貰えるようになりたかっただけなんだ」
エヴァは形容し難い顔をしていた。隣でルースは腹を抱えて笑っているが、どうしてかは分からない。この二人は立場が似ているからか、ロイドの知らない話もしているようだった。
自分が知らない話だ。
「でも、お前は俺じゃ駄目なんだな」
それは自分に教えて貰えない。それだけの信用もないのだろう。模擬訓練の隊長役として立つエヴァの補佐を行う自分が、どうしてか一番信頼されていない。
「それが悔しい」
水色の瞳でじろりとエヴァを睨むが、彼は呆けたような顔をしている。視線を受けてやっとのこと少し我に返ったような目をして、しかしなかなか返事が返されない。
黙っていると、ぽつりと。
「愛の告白か」
そんな仕様もない冗談で誤魔化そうとするから腹が立つ。
「違う」
「照れるなあ」
「違うから」
まともに相手をする気力もなくなった。げんなりしながら冷たい声で否定していると、やっとのこと笑いの衝動が収まったのか、ルースが頬杖を突いて黙っている。
エヴァが何も言わないルースを一瞥する。
「なんだルース」
なにも言ってないでしょ――と言いたげな顔をして、しかしルースは口を噤んだ。
「……いいえ。なんでも」
呆れたような目鼻で、そう首を横に振る。緩い曲線を描く金の髪がふわふわと揺れた。
「ロイド、そこの男はちょっとこじらせてるから、ワリ食らいたくなきゃ放っときなさい」
と、そんな投げ出したような扱いをするルースを不思議に思いながらも、やはりそういうわけにはいかない。
なにをどういう風にこじらせているというのか分からないが、ワリを食おうが面倒だろうが放っておく気にはならない。
「べつに良いよ。俺んとこの王様だし」
「ですってよ」
エヴァは苦い顔をしていた。顔を背けて頭を掻きながら、沈黙の後、困ったような声を出す。
「弱るな」
そんな顔をするエヴァを、初めて見る気がした。自分の言葉で困っているのだろうか。
「お前を困らせるつもりじゃないんだけど」
というか、困らせるようなことを言ったつもりもない。
そう思って首を傾げるが、ますますエヴァは苦い顔するのだった。
「そういうところが、本当に」
ルースがまた吹き出して笑い出す理由も、エヴァがそんなに困る理由も、ロイドは何一つ分からないまま、ぼんやりとそのやりとりを眺めた。