5・猫のアフロヘア
犬派か猫派か、といわれると、マアトは迷ってしまう。どちらも飼ったことがないからだ。
犬がいいよ、と友達のタイガは言う。可愛いし頭もいいし、芸を仕込むのが楽しいのだという。犬が出てくるテレビ番組をここぞとばかりにたくさん見せられ、確かにそうだと思う。ほわほわのポメラニアンやマルチーズが一生懸命ボールを追いかけている姿は、たまらなく可愛い。
そんな話をした翌日、美容室に猫がやってきた。茶色い長い毛の猫で、首に小さな鈴をつけている。その鈴が転がったのかと思うような声で、こんにちは、と猫は言った。
「まるまりと言います。とっても素敵な美容室があると聞いて、隣町から歩いてきたの」
「まあ!」
決めた、猫派になろう、とマアトは思った。
「疲れたでしょう。入って」
まるまりはマアトの後について、店内に入ってきた。毛糸玉がころころ歩いているようで、マアトは自然と笑顔になってしまう。
「お水、出しましょうか。それともミルクがいい? お魚は置いてなくって、ごめんね」
「あのー、ここって美容室じゃないの?」
そうだったわ、とマアトは思う。猫じゃらしを探しにいこうか、ネズミのおもちゃを作ろうか、そこまで考えていたのだ。
「えーと、まるまりさん、どんな髪型にしましょうか」
「はい! アフロにしてください!」
がくっ、と膝の力が抜けた。動物の毛を刈るだけでも不慣れだというのに、これまた無理難題だ。
「ど、どうしてまた……」
「私、ポメラニアンになりたいの。ふわふわくるくるの毛に、リボンなんてつけてみたいの」
「だってあなたは猫でしょう」
そうなの、とまるまりは尻尾を下げてうつむいた。鈴の音が悲しげに鳴る。
「犬と猫って、そんなに違うものかしら。私はポメラニアンにはなれないのかしら」
ガラスのような目、柔らかな毛、丸くて優美な体のライン。マアトはまるまりをじっと見て、うなずいた。
「あたし、あなたをポメラニアンと同じくらい……ううん、もっとステキにして見せる!」
狼のローヤが来た時に、動物用のシャンプーも買いそろえてあった。ぬるま湯で注意深く洗い、タオルとドライヤーで乾かす間、まるまりはじっと耐えていた。猫は濡れるのが苦手だというのに。
一番小さな櫛を使い、毛の生えている方向へ丁寧にとかしていく。本当に美しい毛並みだ。最高級のマフラーよりも指通りがよく、マアトはうっとりした。
「これをアフロにするなんて……」
「してください! お願いします!」
そうなれば、心を鬼にするしかない。
マアトはコテを取り出し、百八十度に設定する。両手にムースを付け、まるまりの体に塗りたくる。
「さあ、巻くわよ!」
熱くなったコテに、まるまりの毛を巻き付けていく。五秒数えて引き抜き、すぐに次の束を巻く。時々角度を変え、耳元や首回りはポメラニアンのように外側に跳ねさせた。
「あ、熱い……」
まるまりは時々声を上げたが、辛抱強く座っていた。猫の毛は柔らかいので、高い温度で強めに巻かなければボリュームが出ないのだ。絡まらないよう、地肌に触れないよう、気をつけながらひと巻き、またひと巻きと続けていく。
「どうしてポメラニアンになりたいの?」
「それは、ふわふわの、くるくるで、いたたたたっ」
何度も毛を焦がしかけたが、どうにか全身を巻き終わった。まるまりは鏡を見て、丸い目をさらに丸くした。
「あ、あの、これじゃポメラニアンじゃなくてプードル……!」
「まあまあ、焦らないで」
ちりちりに縮れた毛に、もう一度ブラシをかけていく。しかし、すぐに櫛が引っかかってしまう。おかしいと思って触ると、毛が針金のように固くなっている。
「げっ。まさか……」
マアトはムースの容器をもう一度手に取って見た。
やっぱりだ。間違えて、一番強い薬剤を使ってしまった。トレンディドラマに出てくる女性の前髪をトサカのように立たせたり、男性の髪をカッチリ固めたりするのに使う、スーパーハードなムースだ。
「どうしたの?」
「だっ、大丈夫。すぐにふわふわにしますから!」
作りかけの毛糸の帽子が、戸棚に入っていたはずだ。タイガにあげようと思っていたものだが、急いでほどいて編み直し、耳と尻尾を出す穴を作ってまるまりにかぶせる。ピンクのリボンも縫い付け、形を整えた。
「い、いかがでしょうか?」
「あら……? ちょっと色が違うみたい」
「は、はい。ポメラニアンは明るい色の子が多いので、薄茶色の毛糸……いえ、カラーリングにしてみました!」
まるまりは鏡を覗き込み、横の毛や背中もチェックした。帽子がほとんど全身を覆い尽くしていたので、気づかなかったようだ。
「ありがとう! 彼もきっと喜ぶわ」
「えっ。彼?」
「私の彼、ポメラニアンなの。ちょうど迎えに来る頃よ」
地上へ出てみると、本当にポメラニアンの彼が来ていた。思わず顔をうずめたくなる毛並みに、とび色の瞳が輝き、鼻の形もしっぽの跳ね具合も完璧に整っている。絵に描いたような美男子、いや美男犬だ。
「お待たせ、ジョニー。今日の収録はどうだった?」
「ああ、うまくいったよ。どうしたんだ、その帽子は」
「帽子じゃないわ、ジョニーとおそろいのポメラニアンカットにしてもらったの。似合うかな?」
ジョニーはちらっとマアトを見上げた。マアトは激しく首を振り、後で骨つき肉あげるから、と口の動きだけで言った。
ジョニーは優雅な仕草でまるまりに向き直り、可愛いよ、と言った。
「本当かしら。ジョニーはいつもそう言うから」
「本当だよ! まるまりはいつも可愛いから!」
つんと鼻を上に向けて歩いていくまるまりを、ジョニーは慌てて追いかける。その姿を見て、マアトは思い出す。
「あの犬、テレビに出てた……!」
タイガと一緒に見た番組で、ボールを追いかけていたポメラニアンだ。番組のタイトルを飾る、まさにスター犬だ。
「なるほど、そういうわけだったのね」
仲良く歩いていく二匹を見て、マアトはほっと息をつく。何はともあれ、丸く収まって良かった。そして、まるまりがポメラニアンに憧れるのと同じくらい、ジョニーもまるまりに夢中なのがわかり、嬉しくなった。
「犬も猫も、それほど変わらないんじゃないかしらね」
ジョニーには骨つき肉を、まるまりには無料でもう一度シャンプーを、明日にでもサービスしようと思った。それで今日の失敗はチャラだ。