26・おしゃれなおにぎり
美容室のダンジョンに、おにぎりがやってきた。のりの代わりにチェック柄の布を巻き、細い手足を生やしている。
「髪を切ってほしいニギ」
また厄介なのが来たわ、とマアトは思う。本物のおにぎりなら食べてしまうのだが、これはおにぎりにそっくりなモンスターなのだ。とにかく元気で、暴れ出したら大変なことになる。
「切ってほしいニギ! 切ってほしいニギ!」
「はいはい、わかったわよ」
マアトはおにぎりの頭に緑豆もやしを突き立て、それをハサミで切り整えた。しかしおにぎりはふくれっ面をしている。
「もやしは好きじゃないニギ」
「だって鮭やタラコじゃ髪の毛にならないでしょ」
「食べ物で間に合わせようとするのは怠慢ニギ。もっと頭を使うニギよ」
マアトはむっとしたが、確かにその通りだ。
「こんなのはどうかしら」
お弁当についていたビニールの笹を短く切り、おにぎりの頭に飾る。冠のようになったが、おにぎりは不服そうな顔だ。
「まだ食べ物から離れてないニギね」
「イメージってものがあるじゃない。おにぎりに花なんて挿したら変だもの」
花と聞いた途端、おにぎりは小さな目を輝かせた。花でできた髪の毛こそ自分にふさわしいと言う。
下手なこと言うんじゃなかったわ、と後悔しながらマアトは花壇の花を摘んできた。赤いチューリップに紫のパンジー、黄色いクロッカスを挿してみたが、おにぎりは気に入らない。固い、香りがよくないなどと言っては投げ捨ててしまう。
「もう! だいたいおにぎりに髪を生やすのが無理なのよ」
「ニギはただのおにぎりじゃないと言ってるニギ」
そういえば、いくらさわっても手がべたつかないし、形が崩れたりもしない。ということは、人間と同じウィッグが使えるのではないか。
「これがあるわ! ちょっと付けてみて」
新作の猫ウィッグをいくつか出してきて並べる。どれも茶色い巻き毛だが、ショート、ロング、セミロングがある。スタイルも外ハネ、内巻き、シャギー入りなど好みに合わせて選べるようになっている。
「お客さんから提供してもらった猫の毛で作ってるの。うちの店の売りなのよ」
「猫が美容室に来るなんて贅沢ニギね。どれどれ」
おにぎりがロングヘアのウィッグをかぶると、全身がすっぽり覆われてしまった。そのまま歩くと、まるで髪の毛だけが散歩しているように見える。
「なかなかいい付け心地ニギ」
「そうは見えないけど」
「包まれてる安心感、これこそ髪の毛の醍醐味ニギ」
そこまで気に入ったなら仕方ない。巨大なウィッグをおにぎりサイズにカットするのも美容師の仕事だ。
「この長さがいいニギよ」
「でも前が見えないでしょ。座って」
マアトはおにぎりを左手のひらに乗せ、右手でハサミを持ってウィッグを梳いていった。顔が完全に出るようにして、両サイドも切って腕が出るようにした。引きずっても傷まないよう、毛先を軽くする。てっぺん近くを結わえ、白い紐で蝶結びにする。
髪の毛というよりポンチョのようだが、どうにかおにぎりの体にフィットするものが出来上がった。そして、髪を切ってほしいという当初の希望も叶えられた。
「髪ニギ! 髪ニギ! ニギの髪ができたニギニギ!」
おにぎりは喜んで鏡の前に飛び出し、くるくると回った。ウィッグが空気を含んで膨らみ、籠のようになる。
「満足したなら良かったわ」
「髪ニギ! 髪ニギ!」
おにぎりはますます興奮し、床に飛び降りて転げ回った。
「あっ、ちょっと、今日はまだ掃除してない……!」
ふわふわの猫ウィッグが、あっという間にほこりまみれになっていく。マアトはおにぎりを捕まえようとしたが、高速で転げ回っているので追いつけない。
そこへ、タイガがやってきた。今日の掃除当番だが、午前中に託児所のダンジョンと老人ホームのダンジョンを回ると言っていたので、おそらく掃除以外のこともさせられていたのだろう。
「ごめんごめん、遅くなっちゃった。床掃除からでいいよね?」
タイガはリュックから棒を取り出し、左右に引っ張って伸ばした。好きな長さにできる上、先端が付け替え可能で箒にもモップにもラバーカップにもなる優れものだ。
「あっ、ちょうどいいところに」
タイガはおにぎりが転がってくるのを見つけ、さっと棒を構えた。近づいてきたところを狙い、頭のてっぺんにざくりと棒を差し込んだ。
「いいモップだね。新しく買ったの?」
「タイガ、それは」
「よーし、念入りに掃除するぞ!」
ウィッグの下でおにぎりが怒りに震えているのを感じながら、マアトは黙っていた。
床が綺麗になるならそれに越したことはない。タイガに引きずられていくおにぎりを見て、後で替えのウィッグを用意してあげようと思った。




