21・ツノを隠せ!
美容室のダンジョンに、大きな帽子をかぶった少女がやってきた。つばの下から伸びる髪は長くさらさらとして、マアトはうっとりした。
「切るのがもったいないわ。でもいろいろアレンジするのも楽しいわね。まずは帽子を取って」
「あっ……!」
少女は押さえようとしたが、それよりも早くマアトが帽子を取ってしまった。あらわになった少女の額には、長くて太いツノが生えていた。
「あら。あなたモンスターだったのね」
「違います、人間です。マユといいます」
少女は沈んだ目をして、おそるおそる自分のツノをさわった。
「昨日、急に生えたんです」
「急に? ツノってそういうものなの?」
「ショートケーキを焼こうと思って、生クリームを泡立てていたんです。ツノが立つまで泡立てるっていうでしょう。早く早く、と念じていたら、生クリームではなく私に生えてしまって」
それは気の毒な話だ。マユが言うには、最初はクリームのように白くて柔らかいツノだったが、みるみるうちに成長し、長く上向きになり、今では人に向かってお辞儀もできないという。
「うーん。切れないかしら」
マアトはマユの額にハサミを当ててみたが、肌とツノの境目がいまいちわからない。試しにツノを握ってみると、ほとんど肌と同じ感触だ。
「いいですよ。切っちゃってください」
「だめよ。血が出たらどうするの」
「献血します。私、貴重なAB型なんです」
とんでもない話になってきた。昔は床屋が医者を兼ねていたというけれど、そんなエレジー先生のような理屈で荒療治をするわけにもいかない。
「私たちにお任せを!」
突然声がして、階段の下から誰かが上がってきた。薔薇の精霊ロージアと、柿のはなうただ。しばらく前から下の階が騒がしいと思っていたら、ちゃっかり二人で暮らしていたらしい。
「何やってるのよ。ここはあたしの店よ」
「私たち、すごくいいことを思いついたんです!」
ロージアははなうたを手のひらに乗せ、バレエのようなポーズをとった。はなうたもくるくる回り、カールしたヘタを輝かせた。
「はなうたさんのヘタが最近とてもよく伸びて、ウィッグがたくさん作れるようになったんです」
「そうそう。それで、ちょっと凝ったのをロージアさんがデザインしてくれて」
ね、と顔を見合わせる二人は楽しげで、どこか怪しくもある。しかし、マユはさっそく興味をひかれたようだ。
「ウィッグ……ですか」
「あっ、見ますか? こっちこっち」
ロージアたちは下の階へ戻っていく。マアトとマユも続いた。地下三階が散髪フロア、四階はパーマ、五階はカラーリングのフロアで、育毛剤を熟成しているのは六階だ。しかしそこも通り過ぎ、物置のような七階も過ぎて、八階まで降りてきた。
「い、いつの間にこんな……!」
マアトはフロアを見渡した。エッフェル塔そっくりのオブジェや、富士山の上に茄子がとまっている模型、逆立ちをしている涅槃像などが並んでいる。
「全部ウィッグですよ」
はなうたが言った。
「竹細工にしか見えないわ」
「ロージアさんが私のヘタで作ってくれたんです。かぶってみますか?」
「あ、あたしはいいわ。マユさんもやめたほうが……」
しかしマユは涅槃像のウィッグを指差し、これにします、と言った。ロージアは嬉しそうにウィッグを持ち上げ、これは一点ものなんですよ、と言う。
「手編みですからね。逆立ちする腕の力強さ、閉じた目の安らかさ、パンチパーマの質感、二つとして同じものはないわけです……よっこらしょっと」
身長の半分ほどもある涅槃像を、どうにかマユの頭に乗せた。ツノは綺麗に隠れたが、天から降ってきた涅槃像と頭から衝突したような格好になっている。
「これ買います。いくらですか」
「マユさん! もっとゆっくり考えなきゃだめよ」
「そうですかねえ」
マユは残念そうに涅槃像を外し、他のウィッグを見て回った。
はなうたのヘタは数か月の間に太く丈夫になったようで、竹細工どころか金属でできているように見えるものも多々ある。ロージアの力作だという『薔薇の鉄格子』は、うっかりかぶろうものなら首の骨が折れそうだ。
「もっと自然な感じのはないの?」
「ありますよ、ほら!」
ロージアは大きなヤシの木を持ってきた。小さなサルまで丁寧に作られている。マアトはため息をついた。
「あのねえ。あたしの美容室の地下を使ってるんだから、少しはコンセプトを合わせてくれても……」
「あっ、これ」
マユは床に落ちていた欠片を拾い、頭に当てた。それは、とロージアが慌てて駆け寄る。
「失敗作なの。ウミウシ王女の像を作ろうとしたら、途中で壊れてしまって……ティアラの部分しか残ってないの」
「そうそう、だからそんなのはやめて」
はなうたも止めたが、マユはティアラのウィッグを装着し、鏡を見た。マアトも覗き込む。
「ぴったりじゃない!」
「でも、ツノの先が出てしまいます」
床をよく見ると、他にも素材の切り落としがたくさんあった。マアトはそれを拾い集め、マユのツノに巻きつけていった。
「ほら、これでどう? 髪に馴染んでるし、ゴージャスじゃない?」
まるで体の一部のように、マユの頭にぴったりだった。実際に半分は体の一部なのだから、当たり前といえば当たり前だ。でもほどよい丸みが出て、とてもツノには見えない。編み込みで作った飾りのようだ。
「そんな小さくていいんですか?」
「ティアラなら、ピサの斜塔をイメージしたのがありますよ。ほら、絶妙にナナメってるでしょ」
はなうたとロージアは口々に言ったが、マユは鏡の前で微笑んでいた。お姫様みたいよ、とマアトが言うと、頬を染めてうなずいた。
「ありがとうございます。これで明日のお見合いにも安心して出られます」
「えっ! マユさんお見合いするの?」
マアトは慌ててヘアカタログを開いた。もっと華やかな髪型はないだろうか。ロージアの言う通り、ピサの斜塔を頭に乗せたほうがいいだろうか。
「相手は誰なの? 写真はもう見た?」
「まだ見てないんですけど……とても高貴な家柄のかただと聞いています」
マユは嬉しそうに、でも少し緊張した面持ちで言った。
「シラユリ帝国の山口閣下です」
えっ、とマアトは言い、固まった。
ロージアとはなうたも固まっている。
マユは心配そうに、三人の顔を順に見た。
「あの……やっぱり、私では相手にされないでしょうか」
マアトは黙って首を振った。まさか言えるわけがない。ティアラを脱いで白いブリーフをかぶり、真ん中の穴からツノを出せばいいなんて、言えるわけがなかった。




