17・カリフラワー襲来
狼のローヤが、八百屋の娘を連れて美容室のダンジョンにやってきた。
八百屋の娘のミカンちゃんは、いつもなら店の手伝いに追われている時間だ。特にこの頃は、寄生野菜が大量発生して休む暇もないという話だった。
「どうしたの、おそろいで」
マアトは言い、吹き出しそうになった。
二人は本当におそろいだった。ローヤは耳の付け根から首まで、ミカンちゃんはおかっぱだった髪が全部、真っ白なもじゃもじゃ頭に変わっている。ちょっとやそっとの癖ではなく、三日三晩カーラーで巻いたように強烈だ。
ミカンちゃんは息を切らし、助けてください、と言った。
「寄生野菜が襲いかかってきたんです。警察を呼んだらこのワンちゃんが来て」
「ワンちゃんじゃありません。ボクはおまわりさんですから、一般市民を守るのは当たり前です。ひええ、来たっ!」
二人は階段を降り、ダンジョンの奥へ走っていく。その後ろから、巨大なカリフラワーがやってきた。あまりに大きくて木のように見えるが、確かにカリフラワーだ。ぴょんぴょんと跳ねて、白い花を散らしている。
「ずいぶん大きいわね」
マアトはカリフラワーをじっと見た。寄生野菜は人の頭や髪にくっつく厄介な存在だが、害はないはずだった。大きくなる前に取ってしまえば、普通に食材として利用できる。
「見たところ、大人しそうだけど……」
マアトが近づくと、カリフラワーが突然頭を下げた。身をかわそうとした時にはもう遅い。二口女のように花蕾をばっくりと開け、マアトの頭に噛み付いた。
「きゃー! 誰か、誰かー!」
マアトの声に、ローヤとミカンちゃんがそろそろと上がってきた。最初は心配そうに様子をうかがっていたが、ふいに大声で笑い出した。
「何がおかしいの! あたしの頭が、頭が……!」
「大丈夫です。こっちに来てください」
三人は散髪フロアへ降りていき、鏡を見た。マアトが真ん中に立ち、ローヤとミカンちゃんが両脇から覗く。鏡には、白いもじゃもじゃ頭が三つ並んで映っている。
「何これ! あ、あたしまで……!」
マアトの頭が一番大きかった。カリフラワーというよりはキノコ雲のように膨れ上がり、他の二人が身を寄せると、まるで傘の下に入っているようだ。
「なるほど……こんなふうに寄生するわけね」
マアトは肩を落とした。美容師がこんな髪型をしていては仕事にならない。何しろ頭が大きすぎて、前傾すれば前に、反り返れば後ろに倒れそうなのだ。
「大丈夫です。今は町中がみんなこの髪型だから」
ミカンちゃんが言った。何ですって、とマアトは勢いよく顔を上げ、さっそく転んだ。ローヤが申し訳なさそうにうつむく。
「カリフラワーはまだまだたくさんいるんです。ボクが捕まえたのは三束だけで、それも全部ただの木の枝だったんです」
「じゃあ、野放しってことじゃない!」
マアトはハサミとバリカンを持ち、階段を上っていった。ローヤは手錠を、ミカンちゃんは出刃包丁を持ってついてきたが、いまいち覇気がない。頭が重すぎて、カリフラワーを見つけても勝てる気がしないのだ。
ようやく地上にたどり着くと、さらに士気を失った。大小さまざまのカリフラワーが、人に混じって歩き回っている。街路樹に混じって立っている。車に混じって走っているし、ダンジョンに混じって口を開けていたりもする。
「うわあ、髪が!」
「なんと髪が……!」
噛み付かれた人たちは驚いているが、中には喜ぶ人もいる。どんなに薄毛でも、寄生された途端にふさふさのもじゃもじゃになるのだ。
戦っている人もいる。杖やバッグを振り回し、どうにかしてカリフラワーを追い払おうとするが、簡単に避けられてしまう。そして後ろから別のカリフラワーに噛み付かれ、特大のもじゃもじゃ頭になって倒れてしまう。
友達のタイガも戦っていた。帽子をすっぽりかぶっているので、まだ寄生されていない。噛み付こうとしたところを狙い、帽子からお湯を出して茹でてしまうという戦法をとっている。愛用の植物図鑑を片手に、なかなか善戦しているようだ。
「ねえ、もしかして」
マアトは手を叩いた。
「全部が全部、誰かに寄生しちゃえば騒ぎは収まるわよね。そうしたらみんな、あたしの美容室に来るんじゃないかしら」
「みんなじゃないと思うわ。根こそぎ刈り取ってほしい人はうちの八百屋に来ると思います」
ミカンちゃんは包丁を構えて言った。そんな人はほとんどいないはずなので、これから美容室はとんでもない忙しさになるだろう。真っ白なもじゃもじゃを一体どうやってアレンジすればいいのか、ストレートパーマは効くのか、マアトは頭を抱えた。といっても、抱えきれない大きさだ。
「このままじゃ無理だわ。二人とも、協力して!」
三人は転ばないように気をつけて、でも急いで散髪フロアへ戻っていった。そして入口をきっちり閉めておいた。美容室がカリフラワーの巣窟になってしまってはどうしようもないからだ。
まずはマアトが散髪椅子に座った。ローヤにカミソリをくわえさせ、ミカンちゃんにハサミを持たせ、少し粗切りをするように言った。二人は髪を切るのが初めてなので、不安そうにマアトの髪に触れ、いろいろな角度から確かめた後、ざっくりと根元から切った。
「あああー!」
マアトは鏡を覗き込んだ。左右に膨らんでいた部分が切り落とされ、ソフトクリームのような形になっている。可愛いわ、とミカンちゃんが言い、ローヤはカミソリをくわえたまま何度もうなずく。
仕方ない、とマアトは立ち上がった。どうにか動けるようになったので、今度は二人の髪を切ってあげる番だ。頭が重くては泥棒も捕まえられないし、野菜の仕入れもできないだろう。
「ちょいワルで渋めのおまわりさんみたいな髪型にしてくれますか?」
「どんなよ。無理だし」
マアトはローヤの毛を霧吹きで湿らせ、表面を丁寧に削いでいった。もじゃもじゃが一回り、二回りと縮んでいく。たんぽぽの綿毛のような形になると、体とのバランスも良くなった。
「これじゃ帽子がかぶれないんですけど」
「我慢して。これ以上切ったらハゲができちゃうのよ」
「ちょいワルなハゲってできませんか?」
「無理」
可愛い可愛い、とミカンちゃんがはしゃぐので、同じ髪型にしてあげた。こんもりと丸く形を整え、薄オレンジのヘアマニキュアで染めると、元のおかっぱ頭よりも華やかになった。
「嬉しい! ワンちゃんとおそろい」
「ワンちゃんじゃありません。かっこいいおまわりさんです」
「マアトさん、このワンちゃん飼っちゃだめですか?」
「だからボクは……!」
二人が話している間に、マアトはこっそり自分の髪を直した。とはいえ、ソフトクリームヘアも悪くない気がしていたので、高さを少し調整するだけにしておいた。
「さあ、そろそろお客さんが来る頃よ」
「ボクも手伝います!」
「私も!」
マアトたちはもう一度、鏡の前に並んで立った。これを見れば、カリフラワーヘアになったお客さんも少しは希望を持ってくれる、かもしれない。
「ブロッコリーじゃなくて良かったわ。あっちは緑だし、パサパサして扱いにくいものね」




