16・ど根性大根の正体
美容室のダンジョンに、ど根性大根が生えてしまった。
階段の途中なので、うっかりつまづきそうになる。抜こうとしても、ど根性と言うだけあってびくともしない。
柿のはなうたに聞いてみると、大根ではないかもしれないという。木になる果物と違い、根菜というのは腹の底がわからないものらしい。
「とにかく抜かないと。このまま大きくなられちゃ営業妨害だわ」
マアトはシャベルを持ってきて、周りの床を掘ろうとした。しかしどんなに頑張っても、表面が少し削れるだけだった。
いっそ階段を崩してしまおうかとも思ったが、そんな水野のようなことができるわけもない。
「やっぱり地道に引っ張るしかないわね」
そこへタイガがやってきた。いつものように軽装で帽子をかぶり、清掃用具をいくつも背負っている。今日は午後から出勤の予定だったが、少し早く来てくれたらしい。
「ちょうど良かったわ。タイガも手伝って」
「何それ。大根?」
タイガはそばに寄り、大根をじっと見た。愛用のポケット図鑑を出し、ページをめくる。
「それは北極海で採れるハリボテ大根かもしれない。放っておくとゾウアザラシになるんだって」
「その図鑑、合ってたためしがないじゃない」
「うん。とりあえず抜こうか」
タイガはトイレ掃除用のラバーカップを持っていた。大根にかぶせると、ちょうどすっぽり覆うことができる。カップの柄をタイガが引っ張り、その背中をマアトが引っ張った。
ついにスポンと音がして、二人は尻もちをついた。ラバーカップにくっついて抜けてきたのは、白いワンピースを着た女性だった。
「ロージアさん!」
薔薇の精霊ロージアは、マアトの裁縫仲間だ。いつも手製のドレスや帽子を身につけているが、今日はなぜか大根をかぶっている。
「いたたたた……何それ! トイレのスッポンじゃない!」
「だ、だってまさか人が埋まってるとは」
タイガはラバーカップをしまい、ロージアの頭を眺める。マアトもつい、眼が釘付けになってしまった。大根の帽子のように見えるが、そうではない。頭から大根が生えているのだ。
「八百屋のダンジョンで買い物してたら、いつの間にか寄生野菜がついてたみたいなの。八百屋を出たところで農家のおじさんにつかまって、ここに植えられちゃったのよ」
寄生野菜のことは、マアトも少し知っていた。八百屋の娘のミカンちゃんが、トマトや茄子を髪にたくさんぶら下げていたことがある。
「それにしてもひどいわね。こんなところに埋めるなんて」
「農家の人には私が大根に見えるみたいなの。外に出たらきっとまた捕まっちゃうわ」
ロージアはため息をつく。綺麗な顔が、大根のおかげでなんだか滑稽だ。しかし笑いごとではない。何度も埋められているうちに、大根として育ち始めてしまったら大変だ。
「あたしたちで何とかしましょう!」
「俺、シール剥がし持ってるよ」
シール剥がし、電工ペンチ、両刃ノコギリ、パイプカッター、清掃員とは思えないほどのレパートリーだ。水野と仕事をするにはそれくらいの備えが必要なのだという。
しかし、どれを使っても大根は取れなかった。それどころか、切れ目を入れることすらできない。
「ちょっと休憩ね」
マアトは疲れ切って椅子に座った。その時、開いたままのヘアカタログのページが目に入った。八十年代に流行ったアイドル風のポニーテールだ。毛先や前髪をカールさせ、花のようなシルエットになっている。
「わあ、懐かしい。パイナップルみたい」
ロージアはカタログを覗き込んだ。大根がだめでパイナップルはいいなんて、と思いかけ、マアトははっとした。
「これだわ! この髪型なら大根が隠れるじゃない」
「確かにそうね。でもなんだか恥ずかしいわ」
「大根よりは恥ずかしくないでしょ」
ロージアの髪はちょうど肩より長く伸びてきたところだ。ふわふわのポニーテールもきっと似合うだろう。
まずは髪をよく梳かし、霧吹きで湿らせた。その途端、大根がぴくっと動いた。
気のせいかと思い、もうひと吹き、ふた吹きすると、今度はにょきっと伸びた。ハリボテ大根だ、とタイガが叫んだ。
「ゾウアザラシになるぞ!」
「なるわけないでしょう!」
見る間に大根は伸びていき、根元まですっかり顔を出すと、ぱかんと二つに割れて落ちた。
「あっ……」
ロージアは頭に手を当てた。大根がなくなったつむじの上には、薔薇の花が生えていた。鋭い棘を持つ、真っ白な薔薇だ。大根を押し上げ、棘で割って出てきたのだ。
「ど、ど根性薔薇……」
マアトは思わずつぶやき、タイガとロージアも黙ってうなずいた。頭が揺れても、薔薇の花びらは一枚も落ちなかった。
突然生えてきた薔薇のおかげで、ロージアの髪はうまい具合にまとまった。大根が生えていた跡を隠して高く結い上げ、棘を落とした薔薇でぐるりと巻いて飾ったのだ。八十年代のアイドルよりは、少し大人びたスタイルだ。
「良かったわ。ちょうど頭に生えてきて」
薔薇の精霊は気まぐれに薔薇を咲かせる。自分でもコントロールできず、毎日生え替わったかと思えば何か月も咲かなかったり、眼から咲いたり鼻から伸びたり、なかなか思うようにはいかないらしい。
「いつもは布の染料にしちゃうの。でも、この薔薇は長持ちするといいな」
「大丈夫よ。大根より強いんだから」
その大根はタイガがやすりで削り、雪のような大根おろしにしてくれた。めんつゆに入れ、茹でた蕎麦を浸して食べるとほんのり辛く、体の内側から根性が湧いてくるようだった。
「今年の夏はかごバッグを編もうかしら」
「いいわね。あたしはお客様用のコースターを三十個作るわ」
まったく根性のいる趣味よね、とマアトとロージアは顔を見合わせて笑った。




