6話
「これで終わりかな?」
夕刻。空の赤はより色濃くなっていた。
玖桐の服は、鮮血に塗れていた。
そして、瀕死状態の名も知らぬ少年が地に伏している。
「流石に、この格好でスーパーはまずいかなぁ……。ま、脱げばいいんだけど。臭いとかは大丈夫かな……」
「……大丈夫。気にならない」
「それ、血に鼻が慣れちゃってるだけじゃないのか?」
玖桐とアリサは、頽廃都市の隔離壁の内縁——————安全地帯と呼ばれる場所に来ていた。
安全地帯と言っても、先ほどから玖桐は襲われまくっているが。
要は、相対的に見れば安全、というだけのことである。
対比する場所は、安全など微塵も考慮していないが。
二人が向かっているのはスーパーだった。
食材が、殆ど無かったのだ。
「それに、お前結構食うしなぁ」
「……成長期」
「それどころじゃないって、あの量は」
玖桐は能波に余り物の食材がないか聞いたが、あの仕事場にはゼリー飲料しか置いてないらしい。偏食極まっている。
というわけで、お買い物だった。
まだスーパーに辿り着いてもいないのだが。
ちなみに、あの後剥宮はこれ以上関わらないと言って去り、能波は仕事があるからと言って仕事場に戻った。
玖桐はアリサを能波に預けようとしたものの、アリサが嫌がったため一緒に連れてきている。
正直なところ、どちらが安全かは微々たる差でしかない。妥協してアリサを連れていくか、見逃さずに無理やり預けるか。
玖桐は、前者だった。
それに、最初に絡まれた敵が余りに弱過ぎた、というのも理由の一つだ。
「しっかし、弱過ぎないか? そもそも、闘い慣れしてないような奴まで襲って来るし」
能力をあからさまに使ってくる、正面から突っ込んで来る、何より、足が震えている。
襲撃しているのはどっちだという話だ。
「何か理由があるんなら別だけど……分かり易いのは、ぼくに能力を使わせるため、だとか。でも、流石に弱過ぎるよなぁ……」
そもそも、玖桐は先ほどから能力を使っていない。
それほどまでに、弱過ぎる。
無駄死を承知の、捨て駒以下の扱い。
まるで、——————遊んでいるかのよう。
「贖木の言い方からして、もう少し骨のある『作品』とやらが来るはずなんだけど……」
「けーか」
考えに耽る玖桐の脳を、アリサの声が現実に引き戻す。
玖桐も、アリサの声が聞こえるとほぼ同時に、勘付く。
張り詰めた、空気の緊張感。
感じ慣れた、新鮮な殺気。
「おーけー。……何か、来るな」
先ほどまでの温い敵では無い。
それを瞬時に悟った玖桐は、気を引き締める。
コツン、コツン、という軽快な足音と共に、それは現れた。
「こんにちは、お兄さん。そして、久しぶり、アリサ=ステラリウム。——————わたしの名前は、科鳴うずめ。お兄さんを殺しに、そして、アリサ=ステラリウム、あなたを回収しに来ました」
丁寧な自己紹介と共に、10代後半であろう科鳴はニコリと微笑む。
感情のない笑み。
「……させると思うか?」
「だから、あなたを殺すんですよ——————玖桐京華さん」
「はっ、言うじゃんか。……で、『作品』とやらはあと何人いるわけ? そろそろ飽きて来たんだけど」
「それは、わたしにも分かりません。でも、わたしがあなたを殺せれば、それで終わりです」
自信、というよりは、単純に可能性を述べているだけのようだった。
しかし、その可能性を実現できるほどの実力は、あるということ。
「……確かに、今までの奴らとは違うっぽいけど。あいつらは、前座ってことかな」
「あの人たちは、いわば失敗作ですから」
「失敗作、ねぇ……」
失敗作。ならば、目の前の科鳴は、成功作なのか。
「最初からラスボスと闘わせるゲームなんてないでしょう? 弱い敵から始まり、徐々に強くなる。……要は、ゲームなんですよ」
「見た目とか喋り方の割にサブカルな例えだね」
「そういう年頃なので。娯楽には久しく触っていませんけれどね。
雑談はこれぐらいにして、そろそろ始めましょうか」
「ああ。始めよう」
始まる。
死を与え生を奪い合う、殺し合いが。
……では、ゲームのキャラクターのように名乗らせてもらいましょう。——————『再現象』。それがわたしの、『識別名’』です」
「じゃあ、ぼくも言っておくよ——————『識別阻害』。それがぼくの、『識別名』だ」
「では、ゲーム開始、ですね」
科鳴は瞬時に拳銃を構え、玖桐に向ける。
だが、それを予測していたかのように、玖桐は大きく横に跳躍する。科鳴は体勢を変えて照準を合わせようとするが、その一瞬のタイムラグに、玖桐は右手に持ったナイフを放った。
「——————っ⁉︎」
科鳴は咄嗟に拳銃の銃身で防ぐ。甲高い金属音が鳴り響き、ナイフが弾かれる。
その一瞬、科鳴の視界は奪われる。
目を開けた先には、玖桐の姿は無かった。
「ゲーム終了だ」
玖桐は、その隙に背後に回っていた。
科鳴の胸に、ナイフが突き刺さる。
鮮血。
迸る赤が、地面を濡らす。
心臓を貫かれた科鳴は、しかし笑っていた。
「がぁ、っ……、は、だから、言ったでしょう? ……ゲームはまだ、始まったばかり、ですよ?」
「……『再現象』。」
「……なるほどね。そういうことか」
玖桐は、呟いた。
「……その様子だと、気付いたみたいですね。わたしの能力に」
「ああ。……ほんと、性格悪い能力だよ」
目の前には、殺したはずの科鳴が立っている。
当然のように、傷もない。
まるで、何も起きていないかのように。
「……お兄さんは、RPGをやったこと、ありますか?」
科鳴が、唐突に尋ねる。
「小さい頃に触ったような気がするけど、それが?」
「RPGに、セーブってあるでしょう? ボス戦の前にセーブをして、死んだらそこからもう一度プレイできる。とても便利なシステム。——————それが、わたしの能力。『再現象』です」
「なるほど、ね」
殺しても、セーブ地点に戻るだけ。
だから、先程の攻撃は無効というわけだ。
科鳴は、玖桐を殺すまで何度も自分の死を無効にできる。
玖桐は思考する。
殺すことはできる。だが、『再現象』を打ち破らない限り、それは全て無意味となる。
勝利に繋がる道を、模索する。
状況を打開する方法を、思考する。
「あなたが死ぬまで、このゲームは終わらない。……では、始めましょうか——————何度でも」
試合開始のゴングは、不誠実に鳴り響く。
ここまで読んでいただきありがとうございます、中二病です。
いろいろあってだいぶ期間が空いてしまいました。また投稿ペース戻せるよう頑張ります!
よければ次回もよろしくお願いします。