表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

5話

 「おーい、京華ー、なんか106号室の人からうるさいって苦情が……ってええ⁉︎ 何これ⁉︎ 何が起きたんだっていうかこの女の子だれ⁉︎」

 「……あー、能波か。ならちょうど良かった」

 能波要のうなみかなめ。このアパートの管理人であり、闇医者の彼は、驚きまくっていた。

 アリサはとりあえずといった感じでそそくさと隠れる。

 「あ、京華……ってなにその傷⁉︎ 指ないじゃん‼︎」

 「ちょっと落ち着け」

 能波は玖桐に駆け寄り、左手を手に取る。

 「うわぁ、綺麗に切断されてる……これ、誰にやられたの?」

 玖桐は右手で、床に伏している剥宮を指差す。

 「あの倒れてるやつ」

 「え、こっちもぱっくり割れてるんだけど⁉︎ うわぁ……っていうか竜地くんじゃん‼︎」

 「え、知り合いなの?」

 「お客様だよ! え、こっち死にかけじゃん早く直さなきゃ!」

 「え、ちょっと待て、普通は親友でお得意様のぼくからじゃないか……? っていうかさっきぼく、そいつに殺されかけたんだけど……痛いんだけど……」

 「死にかけ優先‼︎ あと殺されかけたは嘘‼︎」

 能波はそう言って、スマホを取り出す。その画面には、剥宮の全身がくまなく写された写真が映っている。

 能波はそれと剥宮の傷口や切断された肉を交互に凝視して、何回か繰り返した後に傷口に触れる。

 「よし」

 そう呟いて、能波の目つきが変わる。

 そして、瞬きも終わらないうちに。

  肩口から足までが、元に戻っていた。

 切断されていた肉は、そのままで。

 「完璧ー」

 「ほんとにそれチートみたいな能力だよな……」

 「京華のも大概だと思うけどね。それに、これはこれで面倒なんだよ。じゃ、京華のも直すよ」

 そう言って能波は玖桐の方に近づき、スマホを操りながら左手に触れる。

 「よよいのよい」

 変な掛け声とともに、玖桐の指は元通りになっていた。

 「なんかぼくの方は適当じゃないか?」

 「だって軽傷だし?」

 「片方の指全部なかったんだけど……」

 「いつもと比べたら軽傷でしょ。ていうか京華は怪我し過ぎなんだよ」

 能波はそう言って、手近にあった机に触れる。

 「っていうか、そいつ起きたらぼくのこと殺しに来ないかな。心配なんだけど」

 切断されて真っ二つになった机は、片方が元の形に戻り、もう片方はただのゴミになる。

 「その心配はいらないよ。流石にこの状況じゃあ殺す気にはならないだろうし、それに、そういうことするような人じゃないしね。ていうか、京華なら返り討ちにするでしょ」

 「まあそれはそうだけど……。こいつって殺し屋?」

 「うーん、殺し屋っていうのはちょっと違うかな。喧嘩屋、みたいな? 強いやつと闘いたいって感じの戦闘狂だよ。だから、殺しの依頼とかよりは、ただ単に場を荒らしてくれみたいな依頼のが多いらしいね。本命の殺しを成功させるための前座って言ったらしょぼく聞こえるけど、まあそれだけ生命力が強いってことだよね。前座ってことは、知名度は高いわけだし。……で、そんな彼はなんでここにいるの?」

 「そこにいる美少女を誘拐しに来たんだってさ……誰かしらの依頼で」

 そう言って指差す先には、物陰に隠れるアリサの姿。

 能波を警戒していたらしい。

 能波は特に気にせず近づいて、尋ねる。

 「お名前は?」

 「…………アリサ」

 「へー、アリサちゃんっていうんだ。えーっと、僕は能波要。アパートの管理人で、お医者さんだよ。よろしくね」

 そう言って、馴れ馴れしい笑顔を向けながら手を差し出す。

 アリサはそれに押されて、おずおずと握手した。

 「……よろしく」

 「怪我したらなんでも直してあげるから、今度全身の写真撮らせてね!」

 「……?」

 ある意味危険な発言だが、アリサは首を傾げ、言葉の意味を玖桐に求めた。

 「能波の能力だよ。見たまんま、想像したまんまに直す、というか作る。大雑把に言えばそんな感じ。『想像補完サプリメント』、だっけ?」

 「そうそう。でも、直すためには元の形が分かってないとだめだからね。だから、写真を撮らせてもらってるんだ。……で、なんで京華は女の子を連れ込んでるの?」

 にやにやしながら能波は問いかける。

 「人助けだよ、人助け。なんか狙われてるらしいからさ」

 「へぇ……なんていうか、京華らしいね」

 能波は笑う。

 玖桐京華という人間を見つめながら。

 玖桐京華の、人間性を見つめながら。

 憂いや同情の入り混じった、濁った笑み。

 「また、自分探しかい?」

 「……別に。ただ、助けたいから助けた。それだけだよ。他に理由はない」

 「気まぐれで人助けがしたいなら、やめといた方がいいよ。京華には合ってない。……なんて、僕が言っても君は聞かないけどさ。そういうところが京華らしいんだよねぇ。…………でも、いつか後悔するよ。その生き方は」

 「後悔しない生き方なんてないだろ。むしろ、気まぐれでもやろうとしたことを辞めることの方が、よっぽど後悔する」

 「後悔して、それで済んだらいいんだけどね。まあ、僕は京華の生き方をねじ曲げる気はさらさらないけどさ。でも、自分の本質を忘れたら、いつか捻じ曲がっちゃうと思うよ。…………自分探しなんて、最初から分かってるでしょ、自分がどこにあるかは」

 「だからぼくは——————」

 「あの」

 アリサのか細い声が、二人の間を遮る。

 アリサは、二人の目を見て言う。

 「……起きた」

 アリサの後ろで、剥宮が上体を起こしてぐーっと背伸びをしていた。

 「おはようさん。ひゃひゃ、まさか寝とる間に助けられてもうたとはなぁ。笑うしかないやろ、こんなん。ひゃひゃひゃ!」

 「あ、竜地くん、怪我の方はどう? 一応直しといたんだけど」

 能波は玖桐との会話を中断し、剥宮に話しかける。

 「あー、全然痛くないわ。いつも通り完璧やで。ていうかなんや、能波ちゃん、そのあんちゃんと知り合いやったん?」

 「そんなところ」

 「じゃ、なんで自分を助けたんや?」

 「助けたのは能波だよ。ぼくじゃない」

 「……ひゃひゃ。ほんなら、質問を変えるわ……なんで、自分を殺さへんの?」

 剥宮は問う。

 その目は玖桐は試すかのように、鋭い。

 「理由なんてない。殺すタイミングを見失っただけだよ……能波が来てなかったら殺してたし、能波が来ても殺してたかもしれない。……そもそも、能波が来てなかったら出血多量でどっちみち死んでる。だから、たまたまだ」

 「……ひゃひゃ。甘いなぁ」

 剥宮は、そう言って立ち上がる。

 脇に落ちていたままだった刀を手にして。

 「自分が今ここでサドンデス言うたら、あんちゃんはどうするん?」

 殺気が、一瞬にして満ちる。

 空気が軋み、乱れる。

 しかし、玖桐は怯まない。

 「殺されたいなら言えばいい。どちらにしろ、勝負はもう終わってる」

 「……ひゃひゃひゃ。ま、ええか……負けたのは自分やしなぁ。……じゃ、二つ情報を教えたる」

 そう言って、剥宮は二本指を立てた。

 一つ。中指を折る。

 「こっから、兄ちゃんのとこに殺し屋が来る。言うたら自分は前座や。……前座で全部終わらせたろ思て乗り込んだわけやけど、結局前座らしい幕引きやな。ひゃひゃ。せやから、油断はせん方がええ。何人雇うたのかも分からへんしなぁ」

 二つ。人差し指を折る。

 「そんでもって、もうそろそろ自分のとこに電話が来る……兄ちゃんを狙撃したスナイパーからや。成果報告やな。……何か伝えたいことがあるんやったら、聞いたるで」

 玖桐は口を開く。

 「だったら——————」

 


 夕刻。鮮血を思わせる空の届かない、暗闇。

 男は一枚の名刺を取り出す。

 名刺というには、余りに無様だが。

 高値の、それでいてコンパクトな腕時計を見る。

 秒針が頂点に達した瞬間、男は予め入力してあった番号に、電話をかける。

 数回のコール音の後、繋がれ、数秒の空白。

 「そうか。失敗したのだね」

 淡白に。

 それは、知り得ていた事実を再確認するかのようだった。

 『……あんた、誰だよ』

 そして、電話越しに、伝わる。

 互いに、気づいているということを。

 「君が聞きたいのは、私の名と私の正体、どちらかね?」

 『どっちもだ』

 「なるほど。では、答えてあげよう。……私の名は贖木あがなぎいびつ。『開発者イベンター』のトップだ」

 男は、贖木は言った。

 少年は笑った。

 楽しそうに。

 『——————ははははは‼︎ そうか、そうかい——————あんたが黒幕か。なら、手っ取り早いな。ちょうど宣戦布告してやろうと思ってたんだよ——————誰が来ても、ぶっ殺すってさ』

 「そうか。ならば、私からも伝えておこう——————既に次の手は打ってある、とね。私の『作品』を心待ちにするといい。……愉しむ余裕があるかは知らんがね」

 愉悦の混じった声は、くぐもって届く。

 冷たい殺気と共に。

 「アリサ=ステラリウムは、元気かね?」

 『なんなら、あんたを殺しにいく時に顔を見せてやってもいいけど?』

 「それは願ったり叶ったりだが……君は、まだ何も知らないようだね」

 少年は知らない。

 『アリサ=ステラリウム』が、悪魔と呼ばれる所以を。

 失った記憶の意味を。

 『何が?』

 「いや、いいさ……いずれ、全て分かる。全ては、彼女が教えてくれるさ。…………ああ、そう言えば、まだ君の名を聞いていなかったね」

 『……僕の名前を覚えていいのは味方だけだ。だから、あんたには『こっちの名』で名乗っとくよ——————『識別阻害アルタリティ』。それが、ぼくの『識別名』だ』

 少年は名乗る。

 ただ一人を示す、記号を。

 「……『識別阻害』。では、また会おう」

 『ああ。次会った時は、殺す』

 そして、通話は途切れた。

 「ふ、ははは」

 贖木の口から、笑みが零れる。

 「…………無知というのは滑稽なものだね」

 呟きは、空虚な響きと共に沁みる。

 研究者は、歪んだ思いを虚空に馳せる。

 愉悦に身を、浸しながら。

 


 少年は、何も知らない。知らぬままに、進む。

 正しさも、善悪も分からず、己の欲のまま。それはともすれば、知ることから逃げるかのように。

 少年はただ、前へ進む。

 その行き着く先が、深い闇だとしても。

 虚無だとしても。

 少年はそこに、自分を見出すのだろうか。

 

ここまで読んでいただきありがとうございます、中二病です。

次こそは一週間に一度更新を守ってみせる……。

よければ次回も宜しくお願いします。


ここからはおまけというか作者の自己満足です。よければどうぞ。


 『想像補完サプリメント

能波要の能力。対象の足りない部分を補完して直す。ただし、足りない部分を細部まで把握しなければならない。能波のスマホには客の全身を隈なく写した写真が保存してあり、治療のときはその写真と自身の医学的知識を元に直している。人間以外の物体にも発動可能。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ