3話(2)
私の文章の拙さも相まってある程度ライトなグロになっているとは思いますが、一部グロ表現があるので苦手な方はお気をつけください。
時は、一時間ほど前に巻き戻る。
とあるビルの屋上。
二人の男が対峙していた。
いや、対峙ではないか。
なぜなら、片方の男は刀を持ち。
もう片方の青年は、武器である狙撃銃を、もう片付けてしまっていたのだから。
……これだけの至近距離で、狙撃銃が役に立つことなど万一にもあり得ないが。
「よぉ、あんちゃん……そないな物騒なもん持って、何しとるん?」
剥宮竜地はそう言って、青年に近づいて行く。
「…………チッ」
青年は舌打ちする。青年は即座に、自分がこの男に敵わないことを悟ったからだ。
だから、二人の間にあるのは対立ではない。
そもそも、対等じゃないのだ。
「ひゃひゃ。ま、実は、一部始終は見とったんやけどなぁ……お仲間さんがやられてもーて、残念やったなぁ」
「あいつは失敗したから死んだ。それだけだ」
「だったら、失敗したあんちゃんも死ぬいうことやんなぁ?」
「…………だったらなんだ。殺すなら早く殺せ」
「ひゃひゃ! ま、そうかっかなさんなや……意味もなく殺しはせんよ。そういう分別も損得勘定も分かっとる方やで。せやから―――自分と取引せんか?」
「……取引だと?」
「せや。……あんちゃんの逃したあの二人組、自分が代わりに殺したる。報酬は出来高でええ。ま、五十万くらいで……どや?」
その取引は、青年にとって十分納得できるものだった。
死を覚悟していた分、拍子抜けするほどでもある。
それが、剥宮竜地の手管なのだが。
「……分かった。だが、お前一人に任せられるわけではない。ボスに作戦の失敗を伝えれば、新たな殺し屋が雇われるだろうからな……悠長にやっている暇はない。それでもいいか?」
「ひゃひゃ! そんぐらいの縛りでちょうどええわ……一番乗りで、終わらせてもらうで。……よっしゃ、それで決まりやな。で、こっからは質問なんやけど」
「何だ?」
「あの通りから人がいなくなったんは、あんちゃんの能力ってことでええんか?」
「ああ、間違いない。私の、『絶対量』の能力だよ」
「へぇ。あんちゃん、『識別名』なん?」
「ボスによれば、『識別名’』と言うらしいが……まあ些末な差異だ。お前には関係ない」
剥宮はその単語に特に触れず、矢継ぎ早に問う。
「じゃあ、なんで一回狙撃ミスった後に能力を消したん?」
「消したんじゃなく、消されたんだ……おそらく、あの少年によってな」
「なるほど、能力を無効化する能力、っちゅーことか……ひゃひゃ、そりゃおもろいなぁ」
剥宮は笑いながら、そう言った。
青年はその様子を訝しげに眺め、口を開く。
「一発目の狙撃を避けるということは、ある程度の実力者かもしれない……気をつけろ」
「それくらい、狙撃手のいる方角と狙撃のタイミングが分かっとればそう苦労せんよ。あとは勘やけど。問題なんは、その方角を知るっちゅーことを、アドリブでやってのけたってことや……ひゃひゃ」
狙撃のタイミングは、自分が狙撃手だと考えてどのタイミングが成功率が高いのかを考えていけば自ずと分かる。
だが、いきなり戦闘に入り、敵が何人かも分からない状態で狙撃手の位置を予測するのは並大抵ではない。
「ま、もしくは殺意でも感じ取れる変人か……どちらにせよ、久々に楽しめそうやなぁ……ひゃひゃ」
そう言うと、質問は終わったとでも言うように、剥宮は青年に背を向ける。
「ほな、早速行ってくるわ……二時間後ぐらいに、そこに電話してくれや」
青年の手元に、ひらひらと紙が落ちる。安っぽいコピー紙の端を無造作に破ったような、出来合いの名刺だった。
そこには、剥宮竜地という名と、電話番号と、そして、こう書いてあった。
『識別名』 ——————『十戒裁断』。
一時間後。
剥宮竜地は、見えない布に包まれるような、絡みつく違和感を覚えていた。
(……なんでこいつは、異能を使ってこないんや? ……異能を無効化する異能———そないな便利なもんがあるなら、出し惜しみせんと使うたらええのに……こいつは、なんもせんと刀に突っ込んできおった。自分の指を捨ててまで……そうまでして、何がしたかったんや? それとも……能力が、使えへんのか)
手応えの無さ。
通りで遠目から見ていたときよりも、明らかに弱い。
まるで、戦闘を避けているかのように。
かと思えば、ナイフで自滅とも思える特攻を仕掛けてくる。
(……読めへんなぁ……ここまで読めん相手は、分からん相手は初めてやで……ま、期待し過ぎ、っちゅーオチなんかもしれんけどなぁ)
そう考えて、剥宮は思考を中断する。
目の前の標的を、殺す為に。
「いやぁ、びびったわぁ……いきなり突っ込んで来おるとは思われへんかったで。びっくりこいたわぁ、ひゃひゃ。……でもあんちゃん、…………もうそろそろ、終わりやなぁ」
剥宮は、近づく。
死を、間合いを、刀身に収めるため。
「あぁ……そろそろ、終わりだ」
玖桐は、答える。
「ひゃひゃ……諦めのええ奴やなぁ……後ろにかわええ嬢ちゃんがおるっちゅーのに」
「あぁ……そうだ、そろそろ終わる。……だから、その前に終わらせるんだよ」
その目は、決して諦めてなどいない。
五指を失った手から、血を吐き出しながら。
玖桐は、言う。
「ひゃひゃひゃ! ……なんや、あんちゃん、その手ぇで……手負いの手ぇで、自分を殺すつもりなん? せやったら、飛んだエンターテイナーやなぁ……笑わせてくれるやんか、ひゃひゃひゃ!」
「ぼくがエンターテイナーなら、あんたは飛んだペテン師だな」
「…………何を言うとるん?」
「最初の一振り。……机を切断して、床を切る途中で止まったとき、ぼくは、あんたの能力を読み間違えた。……なんでも切れる刀。そういう能力だと思ってたけど……実際は違う。あんたはあれ以降、刀を全部振り切っていた。あんとき以外、切る途中で止めてないんだ」
「……せやから、なんなんや?」
違和感。違和感。違和感。
追い詰められているのは、玖桐のはず。なのに。
これでは、まるで——————逆ではないか。
「だから、なんでも切断する能力じゃない。じゃあ、あんたの能力は何なのか……それを確認するために、わざと突っ込んで、直に能力を体感した。まぁ、もしあんたがぼくより反射神経があったなら、今頃ぼくは死んでるだろうけど、そうはならなかったから結果オーライかな。……で、直に触って分かったのは、刀にナイフが触れてから切断されるまでに僅かなタイムラグがあったこと。そして、ぼくの指が刀に触れた瞬間に、全部の指が吹っ飛んだこと。……要は、切ってるように見せかけて、実際は触れた瞬間に切断していた。というか、分断していた。それに、タイムラグについては、接触点をあんたが認識してから能力が発動するまでのタイムラグと考えれば合点がいく……ってことはだ。あんたの武器は、多分刀である必要はない。というか、武器の必要もないんじゃないか? 例えば、指で触れるだけでも能力を発動できる……とか」
「……ひゃひゃ、まさか見抜かれるとはなぁ……敵にばれたのは、これが初めてやで。……殺し屋は、手の内を隠さなあかんからなぁ。……あんちゃんの言う通りや。自分の異能は、『指先もしくは指先の触れる一つの物体の任意に決めた部分に接触した物体を分断する』異能ってな感じや。実際は、一つの物体言うても刀やらナイフやら、切れるもんやないとイメージが追っ付かんけどなぁ。ま、そこらへんは脳が老いとるせいやな」
剥宮は、心底驚いていた。
玖桐の、その観察眼に。
凡庸な、無策に異能を振り回すような輩の能力を看破するのは容易い。
だが、剥宮は殺し屋であり、能力を看破されるのを避けるために、わざと似て非なる異能を、異なる異能を装っているのだ。
だが、玖桐はそれを見抜いた。
自分の指を犠牲にしてまで。
そして同時に、違和感は、疑問は加速する。
そうまでして異能を知る必要は何なのか。
(……知らないと、無効化できへんのか? ……だとしても、あの指でどうするっちゅうんや?)
そこらの一般人とは違う。
相手は、『殺し屋』だ。
手負いで倒せるほど、柔ではない。
「へぇ、やっぱ当たりか。……にしても、なかなか強そうだね。もしかして、『識別名』だったりするのか?」
「ひゃひゃひゃ、ご名答。『十戒裁断』いうふうに呼ばれとるけど……正直、ほぼ答えみたいなもんやけどなぁ。まぁでも、これは名前と違って自分から敵にはは言わへんから、あんまし問題はあらへんか。ひゃひゃ。それに…………たとえばれてしもても、強いのは変わらへんからなぁ」
そう言って、剥宮は左手を柄から離し、手近にあった目覚まし時計に触れる。
一瞬。
瞬きも終わらないうちに、時計は真っ二つに割れる。
「多分やけど、あんまし痛くないんちゃうかなぁ……真っ二つになってしもても」
玖桐の数メートル先には、絶対的な死がある。
触れただけで、真っ二つになってしまう、能力。
「じゃ、そろそろ幕引きと行こか……電話もそろそろやし」
そう言って、剥宮は刀を構え直す。
そして、
「幕引きも何も、もう全部終わってるけど」
そして、鮮血が舞い上がる。
「あ、…………?」
バランスを崩した剥宮は、そのまま横に倒れる。
「ぎぃああぁぁぁああああぁぁぁああああああぁぁあああぁあああっぁぁあああ⁉︎」
一拍遅れた叫び声が、無様に響く。
「あんたの敗因は、その場から動かなかったこと、ぼくに能力を見抜かれたこと、ぼくに能力を教えたこと。そして——————ぼくの能力を、知ろうとしなかったことだ」
血、血、血。
赤黒いそれが、剥宮の足元から肩口にかけて覗く断面から、とめどなく流れる。
(……………………何が、起きた?)
混濁する思考の中で、剥宮は混乱する。
「スナイパーから、ぼくの能力の断片は聞いてたんだろうけど、まあ流石に、それだけじゃ見抜けないか……冥土の土産で教えてあげるよ。ぼくの能力は、『把握した敵の能力を使える』能力。『識別名』は、『識別阻害』。だから、あんたの能力を使わせてもらった」
「……どう、やって」
ほぼ飛びかけの意識を無理やり押しとどめて、剥宮は聞く。
「あんたの踏んでたそれだよ——————ぼくの指。さっきあんたに聞いたじゃないか……指先で触れるだけでも、能力を発動できるのか、って」
潰れて原型を失った小指。
それを、果たして、指と呼んでいいのか。
そもそも、その小指は体と切り離されているのに。
「そこは、あんたの老いた脳とぼくの脳のイメージの差だよ。あんたにはできないかもしれないけど、ぼくにとってあれは紛れもない能力発動の対象だ」
「ひゃ、ひゃ…………こりゃ、完敗やな……」
剥宮の能力が看破された時点で、勝敗はほぼ決まっていた。
いや、そもそも、あの特攻さえも、勝ち筋を予期した上での行動だったのかもしれない。
どちらにせよ、玖桐の方が一枚上手だった、ということだ。
「後ろに可愛い嬢ちゃんがいるのに、負けるわけないだろ?」
そして、剥宮の意識は途切れた。
ここまで読んでいただきありがとうございます、中二病です。後書きを考えていたら2日ほど投稿日が遅れました(嘘です)。次回も宜しくお願いします。
ここから先は設定の補完というか軽い説明になります。飛ばしてもらっても構いません。
『十戒裁断』
殺し屋、剥宮竜地の能力。詳しい説明は本文にて。簡単に言えば、『指先で触れた物体を分断する』能力。剥宮は手に持った刀やナイフなどであれば能力を付加できる。『識別阻害』によって玖桐が使用した時は、分断された指にも能力を付加できた。これは、能力者の『拡張領域』の差によるもの。
ちなみに、十戒はモーゼの十戒や石板の話から、裁断は罪を『断』つということで。クロスセクションは断面などの意味があります。良い識別名が思い付かないです……。
『拡張領域』についても後々物語に絡んできますので、そのときにまた説明できたらいいなぁと思ってます。
では、とても長くなってしまいましたが、よければ来週の次話も宜しくお願いします。