3話(1)
「あんちゃん、ちーっとばかしぼうっとし過ぎなんとちゃう? 防犯意識も足らへんなぁ、セキュリティ甘々やで。窓の戸締りはしっかりせなあかんな。そいでもって一番あかんのが、敵を見逃すってとこやなぁ——————ここには、ハイエナがわんさかおるんやから。ちょっとでも血ぃ匂わせたらアウトやで、ひゃひゃひゃ」
「戸締りも何も、綺麗に切り取ってんじゃねーか……」
玖桐が、ベランダ———窓のある方を見ると。
ガラスが、四角く切り取られていた。
これ以上ないくらい、綺麗な断面で。
「どっちも一緒や———外で元気に刀を振っとるやつを、見逃しよるんやから」
刀。
二十代ぐらいの男が構えているのは、日本刀だ。
よくある床の間に飾られていそうな。
しかし、一つ異なる点を挙げるとすれば。
(刀身が長い……人の背丈ぐらいはあるんじゃないか? ……あれを、外で振り回していたっていうのか?)
玖桐たちが食事していた居間からベランダまでは、数メートルの距離がある。それに、玖桐はベランダを左に座っていた。さらに窓は遮光カーテンで閉じられているため、人影という点では気づけないのも当たり前だ。
とはいえ、日本刀で窓を切断する音にも気づかない、などということはあり得るのか。
それに、ベランダは普通のアパートにあるような小さいものだ。刀を振り回せるような環境ではない。
つまり。
(何らかの超能力で、窓を切断した……?)
推測ではあるものの、その可能性が高い。
だが、そうやってちんたらと熟考をしている暇は、玖桐にはない。
今、玖桐は襲撃されているのだ。
超能力を持ち、尚且つその超能力を把握できていない状態で。
玖桐にとってはこれ以上なく不利な対面だ。
(だからこそ、集中するんだ……総てを見逃すな、総てを把握しろ、総てを見極めろ……!)
そうすれば、勝てる。
「ひゃひゃ、そうかっかすんなや、あんちゃん。大丈夫、自分が用事あんのはそっちの嬢ちゃんの方やから……おとなしく渡してくれたら、あんちゃんはさっと殺したる」
「なんだよ、依頼でも受けたのか?」
「せや。スナイパーのおっさんにな。正確に言えば、依頼を強引にとってきたって感じやけど……ま、どっちにせよ自分が一番のりやからなぁ……後続には悪いんやけど、あんちゃん——————死んでくれや」
構えられた刀が、上段に振り上げられる。
「死ねって言われて死ぬ奴がいるかよ……死んで欲しいんなら、殺してみろ」
玖桐はアリサを手で後ろに下がるよう促す。
「余所見する暇はないんちゃうかぁあ⁉︎」
振り下ろされる刀は、予想以上の長さだった。
目の前で見据えて、初めて分かる。普通の刀ではないだろう。一メートル半はある刀身は、おそらく特注品だ。
玖桐は咄嗟に後ろに回避する。
間には卓袱台。
振り下ろされた刀はそのまま机を分断し。
そして、そのまま。
「——————⁉︎」
刀は、床に突き刺さっていた。
いや、突き刺さっているというよりは、そこで切るのを止めた、と言った方が正しい。そして、その正誤にはかけ離れた差異がある。
床をも切り裂く、その斬れ味。
刀だけでは、そんな芸当は不可能だ。
異能でも、ない限りは。
「スナイパーの言ってたとおり、反射神経はそれなりやなぁ……ま、一振りでぱっかり割れてしもても呆気ないからなぁ……ひゃひゃ。……あ、せやったせやった。まだ自分、名乗っとらんかったわ。奇襲ばっかに気を取られて流儀を忘れるとはなぁ。しもたしもた。——————自分の名は剥宮竜地。剥がれる宮に地に這う竜で剥宮竜地や。以後宜しくなぁ。ま、以後も何も、あんちゃんには死ぬ以外の道は無いけどなぁ」
「……確かに、名前は大事だな。あんたの流儀、気に入ったよ」
玖桐は、額に汗を浮かべながらそう応える。
「そら嬉しいわ。だってなぁ……名前知っとる方が、ぎょうさん恨めるもんなぁ。死ぬ時も、死んでからも、その先も、ずうっとその名前を恨めるもんなぁ。なぁ、そう考えたらぞくぞくせぇへん? あんちゃんも、ここで自分に殺されてから、自分を———剥宮竜地いう名を、ずっと恨み続けるんや……ひゃひゃひゃひゃひゃ! なぁ、だからなぁ——————自分は、これから死ぬ奴にしか名乗らんのやわ」
剥宮は、そう言って笑った。
ひゃひゃひゃ、と。至極楽しそうに。
「へぇ、そういうことかよ。じゃあ、ぼくはぼくの流儀に従って、名乗らせてもらおうか——————玖桐京華。それがぼくの名前だ。……あ、でも覚える必要はないよ、どうせ死ぬんだし。だから、ぼくの名前を覚えていいのは——————味方だけだ」
そう言って、玖桐は笑った。
愉快に、皮肉げに。
玖桐は、挑発したのだった。
そして予想通り、剥宮はそれに乗る。
「く、ひゃひゃひゃ‼︎ ほんまおもろいなぁ、あんちゃんはぁ! ——————けどなぁ、そういう奴ほど、血が滾るんいうやろぉ、がなぁ‼︎」
握られた刀が、縦横無尽に空間を切り裂く。
全てを切断する刀。それは道を妨げる障害を全て切り捨て、さながら独裁者のように場を支配する。
玖桐は斬撃を間一髪で避けながら、思考を巡らす。
(まずは、剥宮の異能が何なのか、だ。何でもかんでも切断するような刀に防戦なんて無意味。だから、攻めながら掴んでいくしかない……ヒントを、勝ちにつながる情報を!)
玖桐はコンバットナイフを左手に持ち、構える。
「ひゃひゃ! それで防ごうっちゅう腹積りかぁ⁉︎」
「防ぐんじゃなくて、攻めるんだよ……勝つ為に」
「ひゃひゃひゃひゃ‼︎ ほんっと、ジョークの好きな奴やなぁ‼︎」
剥宮は上段から刀を振り下ろす。
玖桐はそれを右に避け、コンバットナイフで刀の地を叩いた。
がきぃいいいん、という金属音と共に、左手に握っていたコンバットナイフが縦に真っ二つになり。
その勢いのまま突っ込んだ左手が、刀の地で切断される。
「ぐがぁああっ‼︎」
小指から親指までが、手から離れ地に落ちる。玖桐は痛みを堪えながら、後ろに飛び退く。
「なんや、できる奴なんかと思うとったら、ただの馬鹿かいな。……スナイパーから異能を取り消す能力を使うっちゅーて聞いとったけど使わんと指切られとるし……ひゃひゃ、警戒して損したわ」
剥宮はそう言って、じりじりと近づいていく。
玖桐も間合いを取ろうと後ろに下がるが、壁に阻まれる。
狭い室内、圧倒的なリーチの差、失った左手の五指。
剥宮は勝利を確信して、凄惨な笑みを浮かべている。
が。
玖桐の思考は、終わっていない。
終わるはずがない。
勝負は、どちらかが負けるまで終わらないのだから。
(刀の地でも切断はできる……けど、ナイフを当ててから少し時間差があった……つまり、刀身自体に切断できる能力が付加されているわけじゃなく、刀身を介して、接触する物体を切断する……そして刀身に接触した物体を切断するというよりは、接触する刀身の場所に切断する能力を付与するって感じか……。だから、刃ではなく地で受けた時は一瞬のタイムラグがあった。……っそれに、切断ってのも違うな。指が地に触れたとき、地によって切られたっていう感覚はなかった……そうじゃなく、地に触れて、先に五指が切断されてからその間を刀身が通った。それに、ベランダのときも……。——————やっぱりそうだ。刀身自体がキーじゃない。刀身は能力を介す、能力補助のための武器、そして能力の本質を悟らせないためのブラフ……! つまり、本当の能力は——————)
思考は終了する。
情報は把握した。
能力は把握した。
状況は把握した。
その時点で、この先は。
反撃の、時間だ。
中二病と言います。読んでくださりありがとうございます。自分で決めた期限をどんどん破ってますが、次は頑張る!次回は玖桐くんの反撃回です、よければよろしくお願いします。
今後、(ネタがあれば)あとがきに色々な異能の紹介をしていこうと思います。中二病要素満載ですが興味のある方はどうぞ。
『絶対量』
スナイパーの異能力。一定空間内に存在する人数を調節できる。対象を定めてその人物以外を空間外に追い出すことも可能。物理的な調節というよりは、心理的作用でに空間内外へ移動させるイメージ。
1話では、アリサと玖桐以外の人間を空間外へ移動させたが、玖桐の『識別阻害』により能力が作用しなくなった。