だれも、だれとも
エダとトモキは病院に運ばれていった。ぼくはどうしていたか、覚えていない。気づいたときには知らないところだった。ひんやりしたカベとゆか。窓のないろうか。
暗い通路を母さんが走ってきた。
「ユート! あんた、あんたは……っ」
母さんはぼくのかたをがしっとつかんで、ひざからぐったりとへたりこんでしまった。
知らない人に色々なことを聞かれた。頭の中にまだけむりのにおいが残っていて、ぼーっとする。
ひみつにしないといけないことがあったんだっけ? でもいいや。あれ、ぼくは今、なにをしゃべっているんだろう。
気づくとまた車の中にいた。となりに母さんが座っている。母さんは気分でも悪いみたいに、じっとうずくまってだまっていた。
家に着くと、母さんは電気もつけずに部屋に入ってしまった。
ぼくは電灯のスイッチを入れて、イスに座って、父さんが帰ってくるまでずっとぼんやりしていた。
父さんはお弁当を買って帰ってきた。
「……お前、自分がやったこと、わかってるのか」
ぼくはなんて言えばいいのかわからなかった。ただ、「エダと、トモキは……?」ってたずねた。
父さんは深いため息をついて、「とにかく、食べろ」とだけ言った。
ぼくははしを動かして、もそもそとしょっぱい焼き魚を食べた。
警察の人から、何度も何度も話を聞かれた。ぼくたちがサッコちゃんと遊んでいたのを知られてからは、サッコちゃんのことも。
ずっとけむりにおおわれているような気分だったけど、母さんやほかの大人から少しずつ、少しずつ色々なことを教えてもらった。
トモキはなんともなかったみたいだ。けむりを吸ったかも、ということでひと晩だけ病院にとまったらしい。
けれどもエダは、やけどがひどくてずっと入院することになった。もしかしたら目が見えなくなるかもしれない、良くてももう野球はできないという話だった。
秘密基地の建物に人が住んでいたあとがあるとわかってからは、また大さわぎになった。だれかを見なかったかとか、秘密基地に置いていた物が消えていたりはしなかったかとか、警察署に呼ばれてそんな質問にたくさん答えた。
秘密基地にかくれていた「だれか」はあの火事のときには中にはいなかったらしい。その人はもどってくることもなく、身元もわからず、消えてしまったそうだ。
それを知った母さんは、「どうしてサヤコちゃんをそんな所に連れて行ったの!」とぼくをしかった。エダもトモキも、それにぼくも秘密基地には出入りしてたのに、どうして母さんがサッコちゃんのことだけ言うのかわからなかった。
学校にも呼ばれた。担任のイシダ先生と学年主任のヒロサキ先生と校長先生と、母さんとぼくとで、がらんとした教室の中で話をした。母さんは何度も何度もぺこぺこと頭を下げていた。
ぼくは全然気持ちがついて行かなくて、ただ「ごめんなさい」「ごめんなさい」とくり返した。
二学期が始まるまで外に出るのを禁止された。
母さんの車で警察署に行くときのほかは、ずっとリビングか自分の部屋で過ごした。
しばらくの間はテレビを付けることもあったけど、母さんのつかれてじっとりとした視線に、すぐに消した。
なんであなたはテレビを見ているの? あんなにひどいことをしでかしたのに。エダくんの目は、見えなくなってしまうかもしれないのに。
そんなことばが聞こえてくるようだった。
一度だけ、エダのおみまいに連れて行ってもらえた。病院にはトモキとトモキのおばさんも来ていた。
母さんとおばさんは何も言わずにおたがいにおじぎをした。
「……やあ、ユート」
「……ひさしぶり」
ぼくもトモキもそれきりだまりこんだ。言いたいことはたくさんあったけど、何が言っていいことで、何が悪いことなのか全然わからなかった。
病室に入る。エダはベッドの上に座っていた。まだ顔には大きなガーゼがはられている。
エダはぼくたちの方を向いて、ぎゅうっと目を細くした。
「……トモキ? ユート?」
「……エダ」
その顔は、ぼくたちが知ってるエダの顔じゃないように見えた。ガーゼでかくれているからじゃない。
「お前ら、だいじょうぶだったかよ?」
ぼくたちは「うん」ってうなずいた。どう考えても、だいじょうぶじゃないのはエダのほうなのに。
「そっか」
エダもこくっと首を動かした。その様子を見て気づいた。今のエダにはまつげもまゆげもないんだ。焼けちゃったんだ。
自分でもひどいことだと思うけど、そんなエダがどうしても気味が悪く見えてしまって、にげだしたかった。
「夏休みが終わるまでに退院できるかはわかんないけどさ、トモキも、ユートも、また遊ぼうな」
また遊ぼう。それを聞いてぼくの体はこおりついた。
また遊ぼう。また遊べますように。エダとトモキとサッコちゃんと、昔みたいにまた遊べますように。
ぼくだ。ぼくのせいだ。ぼくがあんなお願いごとをしたから。ぼくが願いごとを人に言ったから。
「エダ……。ぼく、ぼくが……」
ごめんなさい、と言う前にぼくはうええっとはいていた。
「ユート!」
だれかがぼくを呼ぶ。ピロピロした音の「エリーゼのために」が聞こえる。ぼくは病室のゆかにしゃがみこんで、ぼろぼろ泣いた。
看護師さんに服をふいてもらって、水をもらって、お医者さんからの質問に答えた。
そのままエダには会えずにぼくは家に帰された。
「だいじょうぶ? 夕飯までねてなさい」
母さんが優しくしてくれるのは久しぶりだった。
言われた通りに横になったけど、目をつぶると気持ち悪い赤色がいっぱいに広がった。
ぼくはもう、なにもしちゃいけないような気がした。なるべくなにも考えないようにして、動かないようにして、ただ時が経つのを待つんだ。
ねむってもいけない。ねむると、ウトさまが近づいてくるから。このままうずくまって小さくなってじっとしていたら、いつかは消えられるんじゃないかって、そう思っていた。
ふと顔を上げると、母さんや父さんがウサギみたいに赤い目でぼくを見ている。ごめんなさい。ぜんぶ、ぼくのせいだ。ぼくのせいだ。