あついひ
目が覚めて、ぼくは朝ごはんをかきこむと秘密基地へ走った。
まだ十時にもなっていないっていうのに、アスファルトがゆらゆらして見えるくらいに暑かった。
おどろいたことにエダもトモキも来ていて、ぼくたちはさびたシャッターの前で顔を見合わせた。
「……サッコちゃんが」
ぼくがそう言っただけで、ふたりともわかってくれたみたいだ。
「やってみる価値はあるよね」
「だからきのうオレが言っただろ」
ごめん、とトモキとふたりで頭を下げる。
「入るのはオレがいちばん先だからな」
エダはえらそうに胸を張った。
いつものようにこわれた窓から中に入る。エダが秘密基地に置いていたバットを手に取った。
もしかしたら、これでウトさまもやっつけられるかもしれない。そうしてサッコちゃんを連れて帰るんだ。
まるでゲームやマンガみたいだ。エダがゆうかんな戦士で、トモキがかしこい魔法使い。ぼくは……、ぼくはなんだろう? 勇者だったらカッコいいけど、きっとちがうな。お調子者の遊び人かな。父さんもボードゲームをいっぱい持ってるからきっと遊び人だ。
そんなことを考えていたから、「開けるぞ」っていうエダのことばにはっとした。
とびらの向こうはやっぱり木切れや机や、そのほか色々なものが積み上げられていた。
「まずはこれを、どかさないとな」
冷静に考えれば、いくら子どもだからって、こんなところを通って行けるはずがない。でもぼくたちはこの先に行かなくちゃいけないって、不思議とそう思いこんでいた。
できるだけ上のほうから物をどけていく。
「軍手を持ってくればよかったかな」
トモキはそう言いながらも素手のままでザラザラの板を運んだ。
重いし、トゲがささるし、とにかく大変だったけど、ぼくたちはひたすら作業を続けた。
ようやく見通しがよくなってきたころには、シャツはあせびっしょりだった。
「二人とも、いったん休まない? もうお昼だし」
トモキは顔を真っ赤にしている。
「うん、そうだね。ねえ、エダ……」
ぼくもビニールシートにこしを下ろした。
エダはガシャン、となにかのパイプをゆかに投げ捨てた。
「だらしねえなあ」
それからズンズンとこっちに歩いてくる。
「ちょっとは休まないとネッチューショーになるよ。続きはまた、お昼を食べてきてからにしよう」
トモキはたまに母さんみたいなことを言う。でもトモキが言うなら、ってなんとなく思ってしまう。
エダもそれは同じみたいで、「おう」って短く返事をした。
家に帰ると母さんがぼくを見て目を見開いた。
「どこに行ってたの? ホコリまみれじゃない。すり傷もそんなに作って」
そこを動いちゃだめよ、と言われたから、ぼくはげんかんでじっとしていた。
母さんがぬれタオルを持ってきた。
「はい、これで足をふいて。すぐにおふろ場に行ってシャワーを浴びなさい」
「ええー」ってぼくは言ったけど、母さんが「はやく!」っておこったから、しぶしぶ言うことを聞いた。
これで時間を取られたら秘密基地におくれちゃう。
水がキズにしみて、ぼくは顔をしかめながら体を洗った。
ぼくがシャワーを浴びている間に、母さんは新しい服を出してくれていた。
「昼ごはんは簡単なものでいいわね?」
だめ、とは言えないオーラが母さんから出ている。こくこくとうなずくと、レンジでチンしたたこ焼きが出てきた。
中までしっかりあつあつになっていて、ミニトマトと麦茶で口を冷やしながら食べた。
「ねえ母さん、軍手ってある?」
「軍手? なにに使うの?」
「えーっと……、エ、エダの家で工作するんだ」
最近なんだか、母さんにウソをついてばっかりな気がする。
「軍手ね、確かしまってあったと思うけど……」
母さんはそうじ道具の入っているたなを開けた。
「あったあった。エダくんの家にあんまりめいわくかけるんじゃないわよ」
「……はあい」
軍手をリュックの中にしまう。
「そうだ、あとこれも持っていきなさい」
母さんはカステラの箱をぼくに差し出した。お中元で届いたやつだ。
「えー、いいよ」
重くなるから断ったけど、母さんは「ちゃんとエダくんのお母さんにわたすのよ」って言うだけだった。
せめて口の中がパサパサにならないものならよかったんだけど。
自転車をこぐと、リュックごしにカステラの箱がゴツゴツ背中に当たった。
秘密基地のビニールシートの上にリュックを放り出す。ふたりが来る前に始めちゃおう。
軍手をはめて木の板を持ち上げる。ちょっとすべりそうだけど、トゲのささる心配はなくなった。
「ユート、もう来てたのか」
後ろからエダの声がしたけど、古い机をかかえていたところで、返事ができるような状態じゃなかった。
ゴトン、と机を置いて顔を上げる。
「じゃ、やるか。トモキが来る前に通れるようにしてやろうぜ」
エダはバットでつきくずすようにして、どんどんガレキをどけていった。
「ふたりとも、早いね」
そう言ってトモキが姿を現したときにはぼくたちはまだ作業中で、エダは残念そうに「ちぇっ」って舌打ちした。
ガレキの向こう側は、ろうかみたいだった。やっぱりカベぎわにものが積み重なっていて、通路はだいぶせまくなっている。
「……よし、行くぜ」
「うん」
足をふみ出しかけたぼくとトモキを、エダが止めた。
「おい、入るのはオレが先だって言っただろ。オレが呼ぶまで来るんじゃねえぞ」
ぼくたちは文句を言ったけど、最後にはエダの言うことが通った。体の大きなエダはおこるととてもこわい。
エダはバットを手に、暗いろうかに消えた。
「エダってば、えらそうに」
フンッとトモキが鼻を鳴らした。
「トモキ、カステラ食べる?」
ぼくがリュックから四角い箱を出すと、トモキはニヤッと笑った。
「エダにはないしょだね」
八切れくらいに切られたカステラをもぐもぐ食べる。体を動かした後だったから、しっかりあまいのがありがたかった。
「あー、なに食ってんだよ!」
エダの声にぼくたちはビクッと顔を上げた。
「母さんが持ってけって。エダも食べる?」
エダは走ってきて、カステラを立て続けに二つムシャムシャ食べた。
「どうだった?」
「暗くてよくわかんねえ。ライターってあったよな?」
「うん。もうぼくらも行っていいだろ?」
「なに言ってんだよ? ダメに決まってんだろ。カステラ食ってたくせに」
それを言われるとなにも言い返せない。
「……気をつけなよ」
トモキも同じだったようで、文句は言わずにライターをエダに手わたした。
「じゃ、行ってくるからな」
エダの背中が大きなとびらの先に消えた。ちゃっかりカステラをもう一切れ、手に持って。
ぼくたちはしかたなく、ビニールシートに座って待っていた。
「エダ、どこまで行ってるんだろ」
「さあね。ぼくも何か、おかしでも持ってくればよかった」
とつぜん、頭がはれつしそうなほどの何かがおし寄せた。音だった。バクハツだ。不思議とそう直観した。
ブワッと、とびらの向こうから熱い空気がおそいかかってきた。こげくさい。つんとした、イヤなにおい。
うわあああああっ! サイレンみたいだ。ちがう、人の声だ。火がこっちに走ってきた。エダ。あの火はエダだ。エダが燃えている。
トモキがなにかわめきながらエダの体をばしばしたたいた。
「ユートも! 火! 消して!」
ぼくはエダに近寄れなかった。
「あ、うわ、ああああっ!」
だれの声かももうわからない。ぼくはにげた。走って、走って、とちゅうで見つけたコンビニにかけこんで、さけんだ。
「助けて! エダ、エダが、死んじゃう!」
その場にいた大人のうでを引っぱって、秘密基地まで連れて行った。
秘密基地からは真っ黒なけむりが上がっていた。
「エダ! トモキ!」
窓に走ろうとするのを止められた。
「おい、危ないぞ!」
ぼくはかまわずにふたりの名前を呼び続けた。
「中にいるのか!? 入り口は!?」
ぼくは建物を回りこんで窓へと走った。窓からもけむりがもれていた。中は真っ白でなにも見えない。
足がすくんだ。エダとトモキが中にいるっていうのに、こわくて体が動かなかった。
やがてサイレンが耳に飛びこんできた。救急車と消防車の赤い光が、ぐるぐる、ぼくの頭をいっぱいにする。
秘密基地も、大人の顔も、ぜんぶぜんぶ、真っ赤になる。