夢の中のとびら
サッコちゃんがいなくなったことを最初に聞いたのは、ぼくだった。
「ユート、サヤコちゃんと最近遊んだ?」
スイミングから帰ったぼくに、母さんはそう聞いた。
「ううん、遊んでないよ!」
サッコちゃんがこっちに来ていることは秘密にしていたから、ぼくはとっさに答えた。
「あら、そう……?」
母さんはまゆを寄せてぼくを見た。ばれないかとドキドキしたけど、目をそらすのがこわくて、じっと母さんの顔を見上げていた。
「そうよね、前に遊びに来たからってねえ……」
「どうしたの?」
母さんは落ちつかない様子で目をあちこちに動かして、口を開いた。
「サヤコちゃん、きのうから家に帰ってないみたいなのよ」
ぼくとエダとトモキは秘密基地で話し合った。
ふたりは事情を知らないみたいだったから、ぼくが母さんから聞いた話を伝えた。トモキみたいにうまく話せたかもわからないし、ふたりからの質問で、ぼくも知らないことがたくさんあるって気づいた。
「それで……、どうすんだよ」
「サッコちゃん、おとといはいつもと何も変わらなかったよね」
「帰るとちゅうに事故にあったとか……?」
自分で言って、背中がゾクッとした。
「母さんに言ったほうがよかったのかな……」
「そうだね」
トモキのことばはちょっとつき放すみたいに聞こえた。後ろめたい思いに、ぼくはひざをぎゅっとちぢめて下を向いた。
「でも、もうしかたないよ。サッコちゃんが無事に見つかるのを待とう」
「……だな、ここでクヨクヨしててもしょうがない。な?」
エダが元気づけようとしてくれたのか、ぼくの背中をバシンッとたたいた。強すぎて息がつまった。
「う、うん……」
ぼくは顔をしかめて返事をした。
それから遊ぶ気にもなれなくて、ぼくたちはそのまま秘密基地でぼんやりとしていた。
エダはひたすらすぶりをしていた。
「あっ」
その声のちょっと後にガシャーンッ、とひどい音がした。なにかがぶつかり合ったみたいだ。
「エダ、なに!?」
「いや、ちょっとすっぽぬけて……。わりいわりい」
エダが小走りで二つ並んだとびらに近づいた。バットがゆかに転がっている。エダがとつぜん足を止めてふり返った。
「もしかして、サッコ……、この中に入ってたりしないよな」
ぼくたちは少しそれを考えて、同時に「まさか」って首をふった。
「サッコちゃんがひとりでそんなことするはずないよ」
「そうだよ。それにあの時も、秘密基地を出たところで別れたじゃないか。ぼくたちがいなくなってからまた入るなんて、考えにくいね」
エダはちょっと不満げだったけど、「そうかあ……」とだけ言った。
それからも重苦しい空気はなんとなく続いた。ぼくは見るともなしにマンガをめくっていた。
頭の中身は、マンガのストーリーよりもサッコちゃんのことでいっぱいだった。
「あっ!」
いきなりひらめいたことがあって、大声を出していた。
「こんどはユート? なんなのさ」
トモキのあきれたような声。ぼくは「なんでもないよ」と答えた。
もしかしてサッコちゃんはウトさまにお願いをしたんじゃないだろうか。なにをお願いしたのかはわからないけど、そのせいでサッコちゃんは消えてしまったんじゃないだろうか。
「おい、ユート。どうしたんだよ」
「なんでもないったら。マンガに虫がはさまってて、びっくりしただけだよ」
ぼくはバサバサと音を立ててマンガをふった。
「なんだよ」
ぼくは考えた。ウトさまにお願いをしたことは、秘密にしなくちゃいけない。サッコちゃんがもしお願いをしたなら、ぼくがそれをバラすのはよくない。
それにこのことを説明するなら、ぼくの願いごとをエダとトモキにも言わなくちゃいけない。サッコちゃんには教えちゃったけど、やっぱりできるだけかくしておきたかったし、あれを二人に言うのは、なんだかやたらとはずかしい。
夕方になって、ぼくたちはそれぞれの家に帰った。
夕飯を食べながら「ねえ、サッコちゃん……」とぼくが切り出すと母さんは悲しそうに首をふった。
「まだ、帰ってないみたい。そうよね、ユートも心配よね」
しずんだその声を聞くと、おとといサッコちゃんがこっちに来ていたことは言い出せなかった。ことばがゴトッと音を立てておなかの中に落ちたみたいだった。
食欲もほとんどないままにぼくは部屋にもどった。
考えごとがぐるぐると頭をかき回す。
どうしよう、言わないといけないのに。でも言ったらおこられるかな。なんでかくしてたの、なんであの時うそをついたの、って。
頭がぐちゃぐちゃで、おなかもぎゅうっと痛くなって、ぼくは長い間ねむれずにねがえりをうっていた。
その夜、ぼくは夢を見た。
秘密基地の灰色のゆかの真ん中に、ひとりぼっちでサッコちゃんが立っている。ぼくからはその背中しか見えない。
サッコちゃんは二つのとびらの前で、どっちに行こうか迷っているみたいだ。
左側の、大きなとびらが開いた。とびらの向こうからやって来たのは、あの、ウサギの頭をして白いローブを着たウトさまだった。
ウトさまの赤い目がサッコちゃんに下りる。何もなかったかのように、ウトさまはサッコちゃんに背を向けて、もと来たとびらに入っていった。
サッコちゃんは、ウトさまを追いかけるように、ぽっかりと開いた暗いとびらの中へ歩いていった。