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秘密基地

 おどろいたことに、二日後にエダとトモキはまた家にやって来た。

「ユートー、あそぼー」って言って。

 ウトさま、すごい。大サービスだ。

 この日はぼくの家でボードゲームをして遊んだ。タイルを自由に並べかえられるすごろくみたいなゲームをずっとやっていた。

 母さんはジュースと一個ずつ小分けになったチョコレートを出してくれた。食べカスなんかでゲームをよごすと父さんのきげんがすごく悪くなるから、おやつのチョイスの理由は、きっとそれだ。

「エダもトモキも、野球やじゅくはないの?」

 軽い気持ちでそう聞くと、二人は「うーん……」と頭をかいた。

「本当はあるんだけどさ……、たまにはいいじゃんか」

「そうそう。ぼくらもたまには遊びたいし」

 トモキはエダのことばにうなずき、コマを動かした。

 なんか、変なこと聞いちゃったな。

「……ごめん」

「別にいいよ」

 それからは知らんぷりをするように、そのことからは目をそむけて遊び続けた。


 エダとトモキは二、三日おきにぼくを遊びにさそうようになった。野球やじゅくをサボるのはよくないとは思っていたけど、ふたりが楽しそうでなにも言いだせなかった。それにぼくだって二人が遊んでくれるならわざわざ余計なことはしたくない。

 そう、ウトさまがぼくのお願いをかなえてくれたんだ。だからなにも気にせずに遊んでていいんだ。

 ときどきサッコちゃんも電車に乗ってやってきた。ぼくかエダかトモキが、歩いているサッコちゃんを見かけて、それで合流するのがいつものパターンだった。

 二回目にサッコちゃんが来たとき、ちょっと心配して「サッコちゃん、きょうは帰り、だいじょうぶ?」って聞いたら、「うん」って明るく笑ってくれた。

「でも、ここに来てるのは秘密なんだ。みんなもないしょにしててね」

「しーっ」って言うように口の前に人さし指を立てるサッコちゃん。

 この夏、ぼくたちはそれぞれに、秘密を持っていた。


 遊ぶのはたいていぼくの家か、あのボロボロの建物だった。一度、あの二つのとびらを開けてみたけど、木の板とかこわれた机がろうかをふさいでいて、とても通れなかった。

 ぼくたちは窓をくぐってすぐの、がらんとした灰色の部屋を「秘密基地」にすることにした。

 遠足で使うようなビニールシートをしいて、家からそれぞれマンガやオモチャを持ち寄った。

 トモキは「家だと母さんがうるさいから」って、プラモデルやゲーム機なんかも秘密基地に置いていった。

 サッコちゃんはこまごましたレターセットとかシールとかを持ってきた。クラスの女の子たちも似たようなものをこっそり学校に持ってきて、休み時間にこうかんしてる。けれど、サッコちゃんが持ってくるのは、だれかにあげたことも使ったこともない、新品のものばかりだった。

 エダはバットを持ってきた。クラブには行かなくても、ときどきすぶりをしていないと落ちつかないらしい。

 それから、道ばたや秘密基地の中に落ちていた、いろんな面白そうなものも集めた。ガラスのかけら、ライター、台風で折れた大きな枝、鳥の羽根。


 秘密基地に出入りしているうちにホコリっぽさもなくなって、ちょっと風通しもよくなった気がする。遊び道具もそろって、ぼくたちはほとんど毎日、秘密基地に入りびたった。

 八月も十日を過ぎると、そろそろ二学期の姿が見えてくるような気がする。

 サッコちゃんは秘密基地のビニールシートに座って細長いチューブ入りのゼリーを食べながら「やだなあ、学校始まるの」とつぶやいた。エダとトモキはまだ来ていなかった。

「そうだね」

 ぼくはすいとうの麦茶を飲んで答える。

「ユートくんたちと同じ学校のままだったらよかったのに」

 ビニールシートの上でひざをかかえるサッコちゃんの顔は、とてもさびしそうだった。


 ぼくはもう一回麦茶をごくっと飲んで口をひらいた。

「ねえ、サッコちゃん……。ウトさまって覚えてる?」

 サッコちゃんはぼくを見て目をぱちくりさせた。

「なんだっけ、それ。聞いたことはある気がするけど……」

 ぼくはサッコちゃんにウトさまのことを説明した。飼育小屋のことを話しはじめてすぐに、サッコちゃんは「ああ、わかった!」とさけんだ。

「でもそれ、ただの迷信でしょ?」

 ちょっとあやしいモノを見る目がぼくに向けられた。

「ううん、ホントだよ。だって……、ぼくもウトさまに願いごとをかなえてもらったんだもん」

「え、なになに?」

 ウトさまへのお願いはだれにも言っちゃいけないってことを忘れていたわけじゃなかった。でも、もう願いはかなえてもらったんだし、サッコちゃんにもないしょにしてもらえばいいやって、そう思っていた。

「あのね……、エダとトモキとサッコちゃんと、またいっしょに遊べますように、って」


 サッコちゃんはぼくの顔を見つめてじっとしていた。考えごとをしているみたいで、何回かまばたきするのが見えた。

「そうなんだ……」

 まもなくエダとトモキがやってきて、その話はそれきりになった。

 秘密基地にカーテンを付けるというのが、モッカのところぼくたちが実行中の作戦だった。「モッカのところ」ってことばは、トモキに教えてもらった。

 拾った布きれ、おかしの空き箱、ティッシュ、なんでもセロテープでくっつけて、大きく四角くする。

 いちばん体が大きくて運動神経もいいエダがそれを窓にくっつけようとした。けれどもホコリまみれの窓にはセロテープがくっつかなくて、あれこれ工夫しているうちに夕方になっていた。

「じゃあ、またね」

「うん!」

 外は少し色あせたような、黄色っぽい色になっていた。

 手をふってそれぞれの家へ、サッコちゃんは駅へ帰っていく。

 それを最後に、サッコちゃんは消えてしまった。

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