おむかえ
とにかく探検どころじゃなくなって、ぼくたちは相談を始めた。
ぼくたちだってここにはそんなにお金を持ってきているわけじゃない。それに二時間も電車に乗れるくらいのお金をすぐに用意できるわけでもない。
だれかの家の人に相談しないと、ということはすんなり決まったんだけど、問題はだれに相談するかだ。
エダの家は、お店をやってることもあっていそがしいし、お金のことにはすごく厳しいらしい。トモキのおばさんは、最近トモキが友だちを連れてくるといい顔をしないそうだ。受験の準備があるのに、って。
ということは、ぼくの母さんがいちばんいいということになる。ぼくの母さんだっておこづかいの使い道は口うるさく言うし、「遊んでないで勉強しなさいよ」ってお小言をもらうこともしょっちゅうだ。でも、がんばってたのめば許してくれるような気もする。
「……わかった。じゃあ母さんに言ってみるよ」
「ありがとう、ユートくん」
サッコちゃんが安心したように笑った。
「なら、残念だけど、きょうは早く帰ったほうがいいかな。サッコちゃんの家も遠いんだし」
トモキのことばももっともだ。サッコちゃんは小さな声で「……やだなあ」って言ったけど。
入ってきたときと同じように窓から外に出る。まだ太陽はまぶしく光っていた。
「じゃあ、またな」
「うん」
「サッコちゃんも、また遊ぼうね」
「……うん!」
自転車を停めていた歩道に出て、手をふってエダやトモキと別れた。
「あの……。ごめんね、ユートくん」
ぼくのとなりを歩くサッコちゃんが、地面に目を落としたまま言う。
「し、しかたないよ。サッコちゃんだって帰れなくなったら大変だし」
サッコちゃんはよく見てないとわからないくらいに、小さくうなずいた。
サッコちゃんはとぼとぼと足を動かす。ぼくもそれに合わせてゆっくり、ゆっくり自転車をおす。
帰ってきたぼくたちを見て、母さんはしばらくことばも出ないくらいにびっくりしたみたいだった。
「ええと、……サヤコちゃん、久しぶりね。とにかく上がってちょうだい。その、そんなによごれて、どこに行ってきたの、ユートも」
なんとなく正直に言ったらおこられそうな気がして、「ちょっと、が、学校に行ってたんだ。ほら、サッコちゃんもなつかしいかなって思って」
「そうなんです」とサッコちゃんも合わせてくれた。
母さんは「あら、そう?」と首をかしげたけど、それ以上はなにも言わなかった。
家に上がって麦茶を飲む。コップを半分くらい空けてサッコちゃんのほうを見た。サッコちゃんは話を切り出しにくいみたいでもじもじしている。
「あ、あの、母さん」
おなかがぎゅっと、熱いような痛いような気がして、気持ち悪い。胸がどきどきする。でも、サッコちゃんのほうが、もっときんちょうしているだろう。
「なあに?」
ぼくは母さんに、サッコちゃんから聞いたことを説明した。母さんは最後までぼくの話を聞いて、「ほんとうなの、サッコちゃん?」とたずねた。その声がおこっていなくて、ぼくはほっと息をついた。
「はい。……ごめんなさい」とサッコちゃんは泣きそうな声で言った。
母さんは「そうね……」とゆっくりつぶやいて、考えた。とちゅうで「お茶のおかわりはいる?」とサッコちゃんに聞いた。サッコちゃんはくちびるをかんで首を横にふった。
「とりあえず、おうちの人にれんらくしないとね。電話番号はわかる?」
「はい……」
サッコちゃんが言う数字を、母さんは書き留める。
「電話する間、ユートは部屋にいてくれる?」と母さんはぼくの目を見つめた。ぼくは母さんを見上げて、こくりとうなずいた。
部屋でマンガをめくってみたけれど、内容なんてちっとも頭に入ってこない。
とつぜんドアからコンコン、という音がした。ぼくはぎょっとして顔を上げた。
「ユートくん、入っていい?」
サッコちゃんの声だ。ノックしてくれたんだとようやく気づいた。母さんも父さんも、ぼくの部屋にはノックもせずに勝手に入ってくるから。
「いっ、いいよ!」
ドアが開いてサッコちゃんが歩いてきた。まだ心配そうな顔をしている。
「サッコちゃん……。どう?」
「お母さんがむかえに来てくれるって。それまで、ユートくんちで待たせてもらうね」
「うん」
サッコちゃんにまた元気になってもらうためには、どうすればいいんだろう。
「……そうだ、ちょっと待ってて」
ぼくは父さんの部屋から、ボードゲームの大きな箱を取ってきた。牧場のウシやニワトリを動かして、牛乳と卵を集めるゲームだ。ボードの絵も、動かすコマも、絵本みたいでかわいい。これならサッコちゃんも気に入ってくれるんじゃないかな。
母さんが「ごはんよー」って呼ぶまで、ぼくたちはそのゲームで遊んでいた。サッコちゃんはわざとボードの上をヒヨコだらけにしていた。
「ニワトリにしないと卵がとれないよ」ってぼくが言っても、「だってヒヨコのほうがかわいいんだもん」って、気にしなかった。
サッコちゃんがちょっと元気になったみたいで、ぼくも笑顔になれた。
夕飯はサラダと、ミートボールスパゲッティと、ほうれん草の入ったスープだった。母さん、サッコちゃんがいるからってはりきったみたい。
サッコちゃんはちょっとえんりょしていたけど、「おうちに着くころにはおそくなるでしょう? 食べていって」という母さんのことばにイスに座った。
ごはんを食べて麦茶を飲んで、テレビを見ていると父さんが帰ってきた。
「おや、いつの間にかうちに子どもが増えてるな」
「サヤコちゃんよ。ほら、前にユートと仲良くしてくれてた」
「なるほど、ユートもスミに置けないな」
父さんはおかしそうに笑った。なんとなく「つきあってんのかよー」ってひやかしてくる同級生みたいで、「そんなんじゃないよ」って言い返した。
アニメのエンディングが流れるころに、サッコちゃんのおばさんが家のチャイムを鳴らした。
「すみません、うちのサヤコが!」
ぺこぺこ頭を下げて、「ほら、早く」とサッコちゃんを急かす。
「いえいえ、ユートも久しぶりにサヤコちゃんに会えてうれしそうでしたし。サヤコちゃん、今度はちゃんとおうちの人に言ってから来ないとだめよ。荷物はそれで全部?」
「はい……」
サッコちゃんはポシェットのひもをぎゅっとにぎりしめてスニーカーをはいた。
「じゃあ、またね」
ぼくがげんかんで見送ると、サッコちゃんは「うん、バイバイ」って笑って手をふってくれた。
ドアを閉めて、母さんがふうっとため息をつく。
「ああ、びっくりしちゃった。ひとりでここまで来るなんてねえ」
「もう来年には中学生なんだ。その気になれば、どこまででも行けるさ」
「大きくなったと思ったけど、余計に目がはなせないわ」
ユートも出かけるときには行き先を言ってからにしなさいよ、と母さんがぼくに話題を向ける。
「はーい」
「あと、おふろでしっかり体を洗いなさいよ。サヤコちゃんもいたから言わなかったけど、真っ黒じゃない」
「はあい……」
母さんが口うるさいモードに入っちゃったみたいだ。これ以上なにか言われないうちに、ぼくは「おふろ入ってくる」とさっさと自分の部屋に退散した。
ベッドに入って今日のことを思い出した。エダとトモキ、それにサッコちゃん。とちゅうで終わっちゃったけど、あのボロボロの建物の探検も、とってもワクワクした。あんなふうにみんなで遊んだのは何年ぶりかな。
そう考えて、はっとウトさまにお願いをしたことを思いだした。
――エダとトモキとサッコちゃんと、昔みたいにまた遊べますように――
うわさは本当だったんだ。あのウサギの頭は不気味だったけど、ウトさまがお願いをかなえてくれたんだ。
とつぜん胸がドキドキしてきた。でもそれと同時に、ちょっとさびしくなった。
じゃあぼくはこれでお願いを使い切っちゃったんだ。もしかしたらもっといいお願いを考えついたかもしれないな。
でも、ううん、きょうが楽しかったから、それでいいや。