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願いごと

 それからまた何日かすぎて、ぼくはクーラーのきいた部屋でゴロゴロしていた。

「ねっころがってるだけなら、宿題するか外で遊ぶかしなさいよ」

 母さんのお小言に「えー……」と声が出る。

「えー、じゃないでしょ。どっちにするの?」

「……じゃあ、外で遊んでくる」

「はい、行ってらっしゃい」

 勉強はしたくなくて出てみたけど、日差しがじりじりとささる。

 エダもトモキもさそえないし、どうしよう。自転車を走らせて、意味もなく学校へむかった。


 プールも開いていない今日の学校は、がらんとしている。いつもの学校のはずなのに、人がいないだけでまったく別の場所みたいだ。

 グラウンドにもだれもいない。太陽の光で砂が真っ白に見える。ぐるっと校舎を回って、気づけば飼育小屋の前にいた。

 辺りを見わたして、だれもいないことを確かめる。うん、本気で信じてるわけじゃない。ただのヒマつぶし。もうすぐなくなっちゃうのなら、ちょっと試してみてもいいかなって、そう思っただけだ。

 飼育小屋のとびらにカギはかかっていなかった。さびたかなあみをおし開けて中に入る。

 鉄と土と、あと何か、動物園みたいなにおいがする。もう長い間生き物はいないはずなのに。昔飼われていたウサギのにおいがまだ残っているんだろうか。


 小屋の入口からまんなかまでは固い地面がむきだしだ。きっとウトさまにお願いしたみんなが同じところを通ったからだろう。ぼくもその道をたどるように進んで、小屋のまんなかで立ち止まった。

「ウトさま、ウトさま。六年二組、八番の金森優斗です」

 ウトさまを呼びだして、お願いを聞いてもらう方法だ。もちろんぼくの声を聞く人はいなくて、なんだかすかすかした気分だった。このまま止めようかな、ってちょっと思ったけど、せっかくだから続けてみる。

「エダとトモキとサッコちゃんと、昔みたいにまた遊べますように。エダとトモキとサッコちゃんと、昔みたいにまた遊べますように。エダとトモキとサッコちゃんと、昔みたいにまた遊べますように。どうぞ、願いをかなえてください」

 三回願いごとを言って、「どうぞ、願いをかなえてください」と続ける。これでウトさまへのお願いは終わりだ。かなわないとは思うけれど、いっしょうけんめい考えた、うそじゃない気持ちだ。


 そろそろ帰って、すずしい部屋で牛乳を飲もうかな。ジュースは夕ごはんの前だからダメって言われるかな。

 そんなことを考えながらふり返って、心臓が止まりそうになるほどおどろいた。

 いつのまにか、ぼくの真後ろにだれかが立っていた。ゲームやマンガの「白まどうし」みたいな、地面に引きずる真っ白なローブを着ている。

 何気なくその顔へと視線を上げた。ぼくは思わず後ずさった。

 その人は大きなウサギのかぶりもので顔をすっかりかくしていた。遊園地のキャラクターみたいにふわふわしたかわいいやつじゃない。

 何を考えているのかわからない真っ赤な目はへんにはなれていて、しかもつり目に見える。口のまわりにはぼつぼつと毛穴が見えてそこから長いヒゲが何本も飛び出している。すこしくちびるをまくり上げたような口は笑っているのかもしれない。けれども白い前歯がのぞいていてどこかおっかない。そして、ひくい鼻はひくひくと絶えまなく動いている。かぶりもののはずなのに。

 

 ウサギの首が下に動いた。たぶんぼくを見たんだと思う。にげだしたかったけど、飼育小屋の入口はこのウサギ人間がふさいでいる。ぼくはウサギの顔を見つめたまま、ものも言えずにじっとしていた。

「カナモリ、ユートくんだね」

 いきなり名前をよばれてぎくっとした。ロボットみたいな声だ。

「だ……、だれ?」

 ねばつくつばを飲みこんで聞いた。

「キミたちからは、ウトさまとよばれている」

 ウサギの口は動かない。鼻だけがずっと、ふるえるようにひくひくしている。

「まさか本当にウトさまがいたなんて」という思いと、「ウトさまのふりをしているフシンシャかもしれない」という思いが、たがいちがいに重なる。

「『エダとトモキとサッコちゃんと、ムカシみたいにまたあそべますように』。ネガイはコレだね」

 ぼくはウトさまのことばにうなずいた。あせがジトッと首を下りていった。

「そのネガイに、コウカイはないね?」

 もう一度、今度はさっきよりもしっかりとうなずいた。

「カナモリ、ユートくん。キミのネガイを、かなえよう」

 ウトさまはキンキンするような声でそう言った。ぼくはちょっとぼうっとしながらもそれを聞いていた。


「でていってくれ。キミのネガイはもうきいた」

 白いローブがうでぐみをする。ウトさまはその場を動こうとしない。外に出るにはウトさまの横を通っていくしかなさそうだ。

 なんだか気味が悪くて、かなあみに背中をくっつけるようにしてカニ歩きで進んだ。絶対にウトさまから目をはなさないようにしていた。ウトさまはもうぼくのことなんか見えなくなったみたいに、うでを組んだままじっと動かなかった。

「わかっているね」

 とつぜんの声に、飛び上がりそうになった。そのはずみに、ひじの辺りにガリッと痛みが走った。どうやらかなあみでひっかいたみたいだ。

「キミのネガイとワタシのコトは、ダレにもいってはいけないよ」

「は、はい!」

 ウトさまはそれきりもう何も言わなかった。


 ほとんど息をつめてウトさまの真横をすりぬける。かぶりものの下から目だけがぎょろりとこちらを見ている。そのことに気づいたとき、背筋がぞくっとした。

 白ウサギのはなれた赤い目。そのおくからぼくを見つめている目も、真っ赤だった。

 ぼくは飼育小屋を出ると一目散に走って、自転車に飛び乗って、ひたすら家にむかって全力でこいだ。


「あら、おかえり」

 母さんののんきな声。

「どこに行ってたの?」

 ぼくは首をふって、「ばんそうこう、ある?」とだけ聞いた。

「ばんそうこう? 転んだの?」

「う、うん……」

 ウトさまのこと、願いごとをしたことをどこまで話してもいいのかわからなくて、ぼくはあいまいにうなずいた。


 なんとなくびくびくしていたけれど、ぼくの暮らしは数日間はなにも変わらなかった。

 マンガを読んだりテレビを見たりして、プール開放の日やスイミングスクールの日には水着やタオルや下着のかえを持って泳ぎに行って。

 エダやトモキ、そしてもちろんサッコちゃんともいっしょに遊ぶことはなかった。


 なんだ、やっぱりウトさまのうわさなんてウソだったんだ。あのとき会ったウサギ人間は、どこかのおとながぼくをからかっただけだったんだ。

 変化が起きたのは、ぼくがそう思いかけた矢先だった。

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