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エダとトモキ

 二、三日がたって、スイミングスクールに向かうとちゅう、野球をしているエダを見かけた。

「六年! もっとシャキッと動け!」

 きびしい声が飛んで、フェンスの外から見てるぼくもびっくりしてしまった。グラウンドのあちこちから「はい!」にも「えい!」にも聞こえるような返事があがる。

「そんなんじゃ中学の部活についていけないぞ!」

 またグラウンドから元気のいい声。

 エダはぼくに気付きもせずに、グラウンドのはじへ走る。

 ぼくはプールバッグをかつぎ直して、スイミングスクールに足を進めた。


 今やっているのは、平泳ぎの練習だ。足をカエルみたいに動かして、って言われるけど、ぼくはカエルを見たことがない。逆に、ふうん、カエルってこんな感じで泳ぐんだなって思いながら、ほかの子の泳ぎを見ている。

 三つくらいとなりのレーンでは、低学年の子が笛に合わせて顔を水につけたり、もぐったりしている。夏休みから通いはじめた子が多いみたいで、がやがやとにぎやかだ。

 ひよこみたいに黄色い水泳キャップがぴょこぴょこと動く。

 フォームを何度も注意されているぼくには、水遊びみたいでちょっとうらやましい。


 帰りは母さんがむかえに来てくれる。ぼくと同じくらいの子はみんな一人で帰ってるから、ちょっとはずかしい。一回「来なくていいよ」って言ったんだけど、「日も暮れてるんだし、何かあったらどうするの」って、聞いてくれなかった。

 スイミングスクールの入り口では、紙パックのイチゴオレとかカフェオレが売られている。一度でいいからそれを飲むのが、スイミングを始めて以来のぼくの夢だ。母さんは「麦茶があるんだからいいでしょ」って、わかってくれない。プール終わりにみんなが飲んでるのが、すごくおいしそうに見えるのに。


 母さんの車から外を見ていると、大きなカバンを持って歩いているトモキを見つけた。

「あ、トモキだ」

 ぼくが言うと、「あら、ほんと」と母さんがゆっくり車を停めた。

「トモキくん」

 母さんの声にトモキはびっくりしたようにこっちを向く。

「ああ、ユートのおばさん。こんばんは」

「じゅくの帰り? 家まで送ろうか」

「え、でも……」

 トモキはちょっとえんりょしている。

「ユートも久しぶりにトモキくんと話したいんじゃない? ほら、後ろに乗って」

 母さんはちょっと強引だ。トモキは「じゃあ、おねがいします」とドアを開けた。


「じゅくって、週に何回あるの?」

 トモキはカバンをどさっと席に置いた。

「んー、今は週五回」

「そんなに?」

 なんでもないように答えるトモキに、びっくりしてしまった。

「夏休みだから。ふだんの学校よりは短いけどね」

「そっか……」

 シャツから見えるトモキのうではちっとも日焼けしていないみたいだった。

「たまにはまた、いっしょに遊びたいな」

「うーん、ぼくも遊びたいんだけど。じゅくの宿題もあるからね」

 トモキはため息をついた。それは重たくて、なんていうか、母さんがいつも「幸せがにげるわよ」って言うのがわかるような気がした。

「いっそのこと二学期が始まれば、昼休みにまた遊べるんだけど。あーあ、早く夏休み、終わらないかな」

 そのことばを聞いてびっくりしてしまった。ちょっとたいくつではあるけれど、夏休みが終わってほしいなんて、ぼくは思ったことすらない。


 トモキを家の前まで送って、母さんはハンドルをにぎりながらつぶやいた。

「トモキくん、たいへんそうね」

「うん……」

 ぬるい水がかみから垂れてくるような、居心地の悪い感じがした。


 その日の晩ごはんのとき、なんとなくキイちゃんから聞いた話をしてみた。

「学校の飼育小屋、なくなるんだって」

「あら、あの学校、飼育小屋なんてあったの?」

「校舎の裏にあるやつだろう? 父さんが子どものころはウサギがいたんだけどな」

「そうだったんだ。その時にもウトさまの話ってあった?」

「なんだ、それは?」

 ぼくは父さんにウトさまのことを説明した。母さんはちょっと笑って、「女の子が好きそうな話よね」と言った。

 ぼくの話を聞くと、父さんはなつかしそうに飼育小屋のウサギのことを話してくれた。目の赤い白ウサギだったけど、土にまみれて茶色っぽくなってたこと。小屋の近くに生えている長い草をちぎって差し出すと、食べる様子が面白かったこと。

「今はそんなことになってたんだな。父さんのときにもウサギじゃなくて、願いをかなえてくれるそんなのがいればよかったのにな」

 父さんは笑って、焼いた油あげをむしゃむしゃ食べた。

「そうかあ、あれ取りこわされるのか」

「いつなくなっちゃうんだろう」

「そんなうわさがあるなら、夏休み中じゃないか? 子どもたちが入らないようにするためなんだろう」

「そっか……」

「お願いごとがあるんなら、今のうちにしといたらどうだ?」

 父さんは笑う。母さんは「もう、そんなことけしかけないでよ」とちょっとおこったように父さんに言った。

「べ、べつにぼくはウトさまなんて、信じてないよ」

 ちょっと前にキイちゃんに言ったみたいなことばをもう一度言った。


 ごはんを食べて、テレビを見て、おふろに入って。ベッドにうつぶせに転がってマンガを開く。母さんは目が悪くなるって文句を言うけど、こうやって読むのは、なんとなくやめられない。

 ふと、ウトさまの話を思い出した。ひとり一回だけの願いごと。飼育小屋がなくなるなら、この夏が最後のチャンスだ。

 本気で信じてるわけじゃないけど、ぼくはウトさまへのお願いごとを考えはじめた。

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