入学式
随分とお久し振りです
「おー、体育館人多い」
「まあ新入生だけでも沢山いるって聞いたよ」
天井を見上げ、それから周りを見ながら呟いたカイトに紫吹も同じく周りを見ながら呟いた。
紫吹達の通う空前学園は人数がとても多い為、設備もそれこそ山の様に必要である。体育館も人数に合わせて大きく作られている。
ぞろぞろと入口から新入生が話しながら入ってくる。小学校から上がってきたばかりの子供達は、静まる様子を見せず初めて会う相手と話したり、友達と笑っていたりとずっと落ち着きが無い。
その様子を見て、紫吹は椅子に座りながら小さく息を漏らした。カイトは隣で足をぶらつかせ鼻歌を歌っている。
「騒がしいよなあ」
「まー、しゃーないよねー」
あっはは、と笑っているカイトにぎし、とパイプ椅子の背もたれに寄り掛かった。
やがて校長が現れ、話を始める。五十代半ばの女性が柔らかい笑顔と声で祝いの言葉を述べていく。そして校長が去ると、次いで杖をついた老人が出てきて壇上に立った。理事長と言われたその老人を見た後、紫吹は隣でいつの間にか眠っているカイトを見て知らず、溜め息をついた。
「貴方達は本日よりこの中等部へ入学なさいました、そしてこれから沢山のことを学ぶでしょう。その中で辛く困難な道や、苦しく険しい道に出会うことでしょう。しかしそこから逃げずに貴方達は戦うのです、それが何より自分と、そして友人、家族の為となるでしょう」
厳かな声を響かせ話し最後、全体を見下ろして口を開いた。白い髭がもそりと動く。
「人生は一冊の本と同じ、それぞれの世界で、───主人公となりなさい」
礼、と号令がかかる中、紫吹は理事長をずっと見ていた。理事長はゆっくりと歩きながらステージの袖に消えて行った。
入学式が終わり、教室に行き担任を待つ。
カイトがちょいちょい、と肘をつついて来た。
「ねえ紫吹は何か部活入るの?」
「いや…別にまだ分かんないかなあ」
そっかあ、とカイトが言うと、がらりと扉が開いて小さな人影が入って来た。
「はいはーい、皆さん席に着いてますかー?着いてますね、じゃあはい、先生でーすよー」
幼い声と共に入って来たのは、水色の髪をハーフツインテールにした白衣を着た紫吹達よりも小さな背丈の女の子だった。それを見て、紫吹もカイトも、いや、クラス全員の口がぽかんと半開きになった。
「ちっせえな」
「あ、それ言って良かったの」
ぼそっと呟いた紫吹の言葉が聞こえたのか、先生らしき人は教壇まで行き、にっこり笑って口を開いた。
「はいでは、今日から皆さんの担任の先生と相成ります。神田うららと申します、どうぞ宜しくお願いしますねー、ちっさいとか言った子は誰かなあ?」
黒板に背伸びをしながら白いチョークで書いていた神田は最後に振り返り、また違った笑顔を見せた。
「え、怖」
「見かけによらないって奴だね」
「いや、感心されてもさ」
困った様に溜め息をついていたが、神田が自己紹介と言った瞬間一層深くなった。
自己紹介を終え、山程渡されたプリントや書類などをバッグに収めながら家に帰ることを考えていると、カイトがひょこっと顔を覗かせた。
「ねえ紫吹、お父さんお母さんは?私今居ないんだけどさ」
「ん?あー、居ないよ。今日叔父さんが迎えに来る筈だけど」
何でもなさげに呟くと、カイトはそっかー、と返した。教室を出る。
「そっちは?」
「うちは親が日本にすらいないからねえ、ぼっちっちなんだあ」
からから笑うカイトと昇降口に向かうと、黒い車が停まっており、中から人が降りてきた。
「おー、紫吹帰ろうかい。あれ、もう友達出来たのかい?」
「んー、まあ」
降りてきたのは、無精髭を生やしたぼさついた頭の三十路過ぎぐらいの男性だった。カイトを見て意外そうに目を見張り小さく笑った。
「あ、この人な。叔父さん」
「どうも、雲行ですー。紫吹を宜しくー」
「あ、どもども。城ヶ崎カイトですー」
カイトがぺこりと頭を下げてそのままばいばーい、と帰ろうとするので紫吹は声を掛けた。
「カイト、」
「ん?どったの?」
「途中まで一緒帰るか?一人危ないだろうし」
紫吹の問いにカイトがぽかんとした。
「いいの?」
「おお、叔父ちゃんに送ってもらうし」
頭を掻く紫吹にカイトはぱっと表情を明るくして紫吹の手を取った。
「うんっ!!一緒帰ろ!!」
「お、おう…」
目を白黒させる紫吹だったが、カイトが嬉しそうだったので何も言わない事にした。
車を走らせること数分、カイトの家は紫吹の家より学校に近かった。
車を降りて、カイトが紫吹に手を振った。紫吹もつられて振り返す。
「紫吹ー、ばいばーい。また明日ねー」
「ん、ばいばい」
カイトが家に入っていったのを確認すると車はまた走り出した。
「紫吹、友達出来たねえ」
「うん、」
若干笑った紫吹に雲行もふふ、と笑った。