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表舞台の少年

作者: 美雨


 第三音楽資料室から少年が出られたのは、藍色に染まった空に星が煌めき始めたころだった。少年は廊下の窓からその星空を見上げ、また弾けなかったと心の中で呟く。いつもより早く生徒会長としての仕事を終わらせ、息抜きに一人でバイオリンを弾こうと思い、己のファンから逃れるために向かったのは普段使われている教室から遠い場所にある第三音楽室。そこで偶然遭遇してしまった教師に楽譜の整理を頼まれてしまったのだ。優秀な生徒会長として学校生活を送っている少年は笑顔で引き受けなければならず、結果、本来の目的を果たすことなく音楽室を去ることとなった。

 少年はゆっくりとした動作で音楽室のすぐ横にある扉を開け、学生寮へと続いている小さな渡り廊下に足を踏み入れた。


「待って。もう少しだけ一緒に……」


 突然聞こえたソプラノの声にびくりと体を強張らせたが、直ぐにそれが下から聞こえたものだと気づく。興味本意で除いてみると、そこには少年の悩みの原因である一組のカップルがいた。彼氏である山梨隼人(やまなしはやと)が立ち上がり、歩き出そうとしたところを彼女の栗之宮ルナ(くりのみや)がベンチに座ったまま腰に抱きつき、止めている。その様子を見た少年は盛大に整った顔を歪め、溜め息をついた。栗之宮ルナには数ヶ月前まで好意を持っていたが、 今では視界にすら入れたくない存在になっている。恋は盲目とよく言うが、少年の場合、まさにその通りだった。一目惚れから始まり、一時期は両思いなのではないかと錯覚するほど接近したが、栗之宮ルナの裏の顔を何一つ見抜けなかったのだ。今思えば、なぜ栗之宮ルナに惚れてしまったのか分からない。

 彼女はなんの前触れもなく、ある日突然、山梨隼人と手を取り合って登校してきた。山梨隼人は何か大切なものを見るような表情で彼女に優しく微笑み、彼女はずっと欲しかったおもちゃを手に入れたような、勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「僕もずっとこうしていたいよ。ルナちゃん」


 山梨隼人は子供をあやすような口調で言い、栗之宮ルナの淡い金髪を優しく撫でた。

 何かがおかしい。少年がそう気づいたのはつい最近のこと。生徒会メンバーでありながら、山梨隼人と同じサッカー部に所属する友人からある情報を得たからだ。彼には思い人がいて、いつもその少女と共に行動し、栗之宮ルナに向けている表情を少女にもしていたらしい。それが今では少女を遠ざけ、嫌っている。

 少年は夕食の時間を過ぎているから寮に戻るよう声をかけようか迷ったが、見なかったことにしようと足早に渡り廊下を通りすぎた。あの二人がどうなろうと自分には関係ない。だが、少女はどうなる。

 音楽資料室での作業中、少女────白原梨子(しらはらりこ)が楽譜を返しにやって来たのだ。人がいるとは思っていなかったらしく、焦げ茶色の瞳を丸くさせ、驚いていた。そして直ぐに、少年が止める間も無く艶やかな黒髪をなびかせ走り去ってしまった。

 直接話したことはないが、少年は白原梨子がピアニストを目指していることを知っていた。出席したコンクールやパーティーで、何度か演奏を聞いたこともある。繊細でとても美しく、白原梨子の世界に引き込まれるような演奏だった。将来はもっと素晴らしい演奏をし、素敵なピアニストなるのだろうと思っていた。

 友人の情報によると、白原梨子こそが山梨隼人と良く一緒にいた、 少女であると言う。右手首に巻かれていた包帯はまさかと思うが、故意にやられたものなのだろうか。少年は白原梨子が山梨隼人を庇って怪我をしたと言う噂を耳にした。それも、ピアノが二度と弾けない怪我をした、と。何故、関係ないはずの栗之宮ルナが隣にいて、白原梨子が遠ざけられるのか少年には理解できなかった。


「俺は黙っていない。真実を暴くぞ。栗之宮ルナは俺が必ずこの学園から追放する」


 少年は傍観することを止め、真実を暴く決意をした。楽器は違えど、同じ音楽を愛するものとして、少女の力になりたいと思ったのだ。


 もう誰も本気を出した少年、桃園光輝(とうえんこうき)を止められる者はいない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 傲慢ヒロインへの逆襲が始まるのでしょうか? とりあえず梨子ちゃんが幸せになる結末を希望します!
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