第一章 ようこそ異世界へ その2
呆けている佐崎を一瞥すると彼女は机の上の陶器から木で作られたコップに中の液体を移し、それを片手にベッドに腰掛けた。
「 」
コップに一度口を付けた後、改めて何かを言ってくる。
が、返しようが無い。
そんな佐崎の様子をだんまりを決め込んでいるとでも思ったのだろう、彼女の表情に苛立ちがこもる。
「すいません、貴方の言葉が分からない。I can not speak your language 」
相手の機嫌を伺う日本人の性である。
先ほどまではどうやってコミュニケーションを取ろうか、言語体系はどんなものかなどといった考えが頭の中を駆け回っていたのに相手が機嫌を損ねたと思うとなりふり構わずジェスチャーを交えてまくしたてる。
もっとも手は縛られていたので奇怪に体をうねらせただけなのだが。
通じただろうかと悩んでいると、彼女が奇妙な動きをする。
自分の額に手を当て何かをつぶやく。
そして佐崎の額にも手を伸ばしてくる。
とっさに避けようとするも、背は壁についており引いた頭を壁で打っただけだった。
あっけなく彼女の手は自分の額に届き、そして彼女が何かつぶやくと一瞬三半規管が揺さぶられるような感覚があった。
しかしそれ以上のことは無く、彼女もすぐに手をはなした。
「言葉は通じる?」
次に彼女が発した言葉は日本語だった。
「魔法?」
「テレパスすら使えないって、どこの田舎者よ」
「すいません」
反射的に謝ってしまう。
「ダンジョン目当てにいろんな人が集まるからこの町では必須だよ」
異世界もの定番の魔法ではあるが、この世界ではかなりポピュラーな魔法のようだ。
「すいません、私はどうしてここにいるんでしょうか?」
言葉が通じるようになり、また相手も話ができそうだ。
となると必要なのは情報収集。質問はあえてぼやけたものにする。
「路地で寝ていたあんたを見つけて、一晩泊めてやったんだよ。
逆に聞きたいね、何であんなところにいたのさ」
どうやら彼女は単に道端で寝ていた自分を助けてくれたようだ。
「その時周りにおかしなところとかありませんでしたか?」
彼女は切羽詰って尋ねる佐崎の様子を訝しみながらも特におかしな様子は無かったと教えてくれた。
それと、自分については故郷から出てきたはいいが、無一文になり路地で寝てしまったと説明した。
「人それぞれ事情はあるからな」
いろいろと突っ込みどころはあったが、彼女はそう言って追及してこなかった。
「助けてもらってありがとうございます。ところで何で腕が縛られているんですか?」
言葉が通じるようになって普通に話はしていたが腕はまだ縛られたままだ。
「ああ、悪い悪い。さすがにそのままは不用心だからな」
そう言うとあっさりとほどいてくれた。
もっとも彼女自身特に危ないと思っていなかったらしい。
そんなに治安がいいのかと聞くと、見ず知らずの男をほいほい泊められる様な治安ではないのだが、佐崎の服が上質なのを見て貴族や豪商なら恩を売ろうと考えたらしい。
「それに、お前全然体鍛えてないだろう。襲おうとしても余裕で返り討ちだよ」
笑って言われてしまった。
「ところで、街にはなんの用事だい?まさか冒険者になりに来たわけではないだろ」
「いや、そのまさかでして」
話しながら齟齬が出ないように設定を決めていく。
故郷から身一つで冒険者になりに来た、テンプレ過ぎだが、その分演技しやすいだろう。
「本気かい?ステータスは?」
「ステータス?」
この世界でのステータスとはなんだろうと思いながら反射的に言葉を返すと、言葉に反応したのか頭に情報が浮かんでくる。
名前、クラス、Lv、能力値、スキルと並んでいる。
名前はそのまま、クラスは無し、レベルは当然のように1、そして能力値は高いとも思えない数字が続く。
最後にスキルだが、見て固まった。
たった一つあったスキルが『異世界の理』どういった能力かは分からないが、名前から自分に関連する特殊なものだろう。
状況が分かるまで伏せていようと決める。
「体力18、魔力3、筋力19、器用23、 敏捷20、知能28、精神、31」怪しまれないようにステータスをそのまま早口で告げる。
それを聞いた彼女は腕を抱えて唸ってしまった。
「あー、聞いておいてなんだけど冒険者になるなら自分のステータスやスキルは簡単に教えるものじゃないよ」
彼女が気まずそうに続ける。
「それと、はっきり言うとあんたのステータスじゃ冒険者は厳しい」
「そんなにですか」
「基本になる力と体力が低い。知能と精神はそれなりだけど、失った者じゃそれを活かせない。わたしじゃ研究者になるくらいしか思いつかないよ」
「失った者?」
「魔力をほとんど持たない人の事よ。あんたの所じゃちがう呼び方?」
適当にうなずいておく。
実は言ってしまった後にステータスが異常に高い可能性に思いついたのだが、杞憂だったようだ。それどころか低いらしい。
チートがほしいとまでは言わないが、楽に生きられるくらいの能力はほしかったのだが、『異世界の理』に期待するしかないだろう。
「心配してくれてありがとうございます。けど、それ以外に生きていくすべがないので」
「そっか。けどそれにしては身なりとか言葉づかいが良すぎない?」
「もともとステータスが低かったんで、親が貴族にでも拾ってもらえればと一張羅をくれたんです」
「なるほどね。ま、実際には貴族様なんて会うこと自体がそうそうないけどね」
「だから冒険者になることにしたんです」
「そっか。ならすぐにでも仕事を始めるんだろ。ギルドまで案内してやるよ」
そう言うと、近くに散らばっていた服を着込みあっという間に用意を済ませてしまう。
あわててカバンをつかむと扉の所から彼女が声をかけてくる。
「そういえば名前聞いてなかったね。あたしはモモノ。これでも一つ星冒険者さ」
「サザキです。駆け出しの新米冒険者です」