第二章 ポーション騒動 その2
ダンジョンに通い始めてサザキたちの懐事情は一気に改善した。
一回ダンジョンに行くだけで銀貨5枚以上の収入になるのだ。
ルーキーとしては破格の収入だが、質のいい装備や道具など使い道はいくらでもあり生活の中ではせいぜい食事がちょっと豪華になったくらいの変化ではあった。
それでも目ざとく変化に気が付く人はいるようだ。
事の発端は3度目のダンジョン探索で手に入れたポーションをギルドに売りに行った時だ。
「どうかした?」
顔をしかめるサザキの様子にルーネイが声を掛ける。
「いや、どうにも誰かに見られている気がして」
「なにそれ。ワイバーンのサザキ様にファンでもできましたか」
ルーネイの言葉にその場は笑い話となった訳だが、ダンジョンにまで追ってくるほどの熱心なファンが居るわけは無い。
「心当たりはあるか?」
ダンジョンの中でサザキの強化された五感は後をつけてくる複数の気配を捉えていた。
今はまだ遠巻きに後をつけるだけだがこのままで終わるとも思えない。
「たぶんだけど、最近わたしたちが中級ポーションを続けて売っていたから魔力溜を見つけたと勘違いしているんだと思う」
「魔力溜?」
「不自然に魔力が集まって他より濃度が高くなる場所がたまにあるの。そういった所だと上層でも中層の採集品が取れたりするのよ」
「その理屈だと魔物も中層クラスになるんじゃないのか」
「その通り。けど、中層に行くよりよほど安全よ。それにそれすら稼ぎにするのが冒険者だから」
「どうしたものかねぇ」
接触を避けてひたすら距離を取る追っ手に疑問を抱いていたが、魔力溜を見つけておこぼれにありつこうというものらしい。
自分たちが襲われる可能性も考えていたサザキは襲われる可能性が低いと分かりほっと安堵した。
「教えられるなら教えてしまいたいけどね」
トラブルが避けられるなら魔力溜の場所を教えるくらい構わないのだが。
「在りもしないものを教えることなんて出来ないわ」
「だよなぁ。どうしようか」
「ポーションの事は変に嗅ぎまわられたくないわよ」
ルーネイはポーションの製造に関してだけは徹底した秘密主義を通していた。得た金の一部で中級の霊草を買って偽装するほどの徹底ぶりだ。
魔力溜はあると勘違いしてくれていた方が彼女としては都合がいい。
「なら魔物を押し付けて撒くか」
今は見失わないぎりぎりの距離で付いてきている。ここで戦闘が発生すれば確実に撒くことができるだろう。
「それがいいわ」
基本的にサザキたちは戦闘を避ける。戦力が低い事は自分たちでも分かっているし、下層の魔物を倒すより中級ポーションを作ったほうが儲かるからだ。
これまでの事から追ってくる者たちよりサザキの方が気配を察知する能力は勝っていると思えたのでサザキはあえて魔物の近くを屈みながら慎重に歩みを進めてた。
ルーネイも同じように後をついてくる。そんな状態で辺りの草をむしったり、引き返したりを繰り返して採集をしていたかのように偽装をしておく。
魔物との戦闘を行わせようという狙いだ。
それが終わり場所を離れると追い打ちとばかりに魔物から距離が空いたところ、ちょうど追っ手が魔物の近くにいるタイミングで相手があわてるように歩く速度を速めてダンジョンを進んだ。
「うまくいった?」
サザキの言われるままに動いていたルーネイはどこかサザキの気配が緩んだのを感じて事が終わったのだと察した。
「たぶんな」
しばらく歩みを進めてみても誰かが追ってくる様子は無い。
戦闘が起こったかは分からないが、撒けたのは間違いないようであった。
時刻は夕時、冒険者ギルドはクエストの報告などで訪れた冒険者があふれていた。そんな中ルーネイとポーションを売りに来たサザキは冒険者たちに取り囲まれていた。
「おうおう、そこにいるのは今や飛ぶ竜を落とす勢いのワイバーンのサザキさんではありませんか」
酒臭い息を吐きながら絡んできたのはサザキと同じ年くらいの冒険者。しかしサザキより二回りほど体格が良く、腰に担いでいるのはよほどの筋力が無ければとても扱えない大型の斧だ。
「最近金回りがいいそうじゃねぇか。ちょっと俺たちに分けてくれねぇかな」
背後に居た男がなれなれしく肩に手を回しくる。軽いその様子とは裏腹に回された手からはずっしりと体重が掛けられサザキが逃げないようにと抑え込んできていた。
「お嬢ちゃんもかまわねぇよな」
そう言ってルーネイにまで手を回そうとした男は、しかしサザキに殺気のこもった目を向けられすごすごと手を引っ込めた。
ギルド内で急にはじめられたこの騒動を、まるでサザキを逃がさないように取り囲んでいる冒険者たちはにやにやと笑みを浮かべて、遠巻きに見ているものは驚いたり、興味深そうに事態の推移を伺っている。
辺りの音が計ったようにぴたりとやみ、まるでサザキの答えを待つかのように静寂が訪れる。
周到に用意された罠からサザキが抜け出す術はすでに無かった。
「分かった。分かりましたよ」
サザキは抵抗を諦めて両手を上げ降参の意を示す。
「それとボーダン。手を離せ。お前に抱き着かれているとぞっとする」
「俺も男なんかに抱き着きたかねぇさ」
もたれかかってきていた男、ボーダンはサザキが押しのける前にひらりと身を離した。
「今日はワイバーン様の奢りだとよ」
サザキに最初に声を掛けてきた男、オグノがそう言うと周りを囲んでいた者たちだけではなく辺りで様子を伺っていた冒険者たちからまで歓声が上がった。
「いったいどんだけいるんだよ」
「二つ名持ちがちっせえ事言うんじゃねぇよ」
げらげらと笑いながら悪戯の成功をよろこぶオグノにサザキは悪態付くも、負け犬の遠吠えは勝者を喜ばすだけであった。
「それにしても今回はずいぶん大規模だな」
結局参加人数は40人ほどまで増えていき、会場となった店はほとんど貸切の様相になっていた。
飲み会の主催者に祭り上げられたサザキは嫌というほど乾杯を重ねさせられたあとにようやく解放され、カウンターにもたれてオグノと並んでいた。
「話題のワイバーン様だからな。あやかりたい奴も多いんだろうよ」
オグノはグラスを豪快に傾けながら答えてくる。
「茶化すなよ」
「茶化してなんかいねえよ」
その表情は赤みがかっているとはいえ素面かと思うほど目は鋭い。
酒がひたすら好きで、たまに有り金をすべて酒にしてしまい二次職だというのにギルドの大部屋に転がり込んで来るのがオグノだ。けれど酒癖が悪いわけでは無く酔った様子を見せずにひたすら飲み続けるのだ。
ちなみに相方のボーダンは酒では無く女にひたすら入れ込んでギルドに転がり込んでくる。金を使う対象は違うものの、行動の似ている二人は気が合うのか結構長くパーティは続いているらしい。
「どんな方法であれお前は結果を残している。ホブゴブリンとやりあえて、話題の薬師を口説き落として、お前は正にルーキーの憧れなのさ」
「見る目が無い奴ばかりだな」
サザキのその言葉にオグノはそうでもないさと答えた。
「最近死ぬ奴が多くてな」
「そうなのか?」
初めて聞く話であった。この世界の事を知らないサザキは時々耳に入る冒険者が死んだという報告をそんなものかと思って聞き流していた。
「俺も詳しくは知らねぇが、前の戦争から50年しか経ってないのに最近魔物が増えているらしい」
「物騒な話だな」
「ああ、せっかく前の戦争では大勝したってのにな」
そこまで話すとオグノはグラスに残っていたエールを飲みほして追加を注文した。
「ま、そんなわけで戦い慣れてないルーキーの被害が特に多いんだよ。だからこそ今成功しているルーキーのお前さんにあやかりたいってわけだ」
白けた話をしちまったなというとオグノは運ばれてきたグラスを手に、喧嘩を始めた冒険者の仲裁へと向かっていった。
改めて店内を見回すと酔っぱらっている奴らより何かを熱心に話し込んでいる奴らの方が多い。
さすがにそんな状況を知ってしまうとオグノの言葉ではないが覚めてしまった。
仕方なくルーネイを探していると店の隅で一人うつむいている。
「どうかしたのか?」
グラスに注がれたワインはほとんど減っておらず、食べ物にも手を付けた様子は無い。
「どうしたじゃないわよ。ここの支払いどうするのよ」
「支払いがどうしたんだ?」
「だから、足りないのよ」
ルーネイは必死に訴えてきているのだがサザキは話を理解できず、それどころか涙ぐんで必死に訴えてくる姿って保護欲を掻き立てられるななんて考えていた。
「手持ちがないなら貸すぞ」
「どこにそんなお金あるっていうのよ」
「俺だっていくらかは持っているさ」
そう見栄をきったサザキだが、実はそれほど持っているわけでは無い。ダンジョンでの稼ぎはルーネイと折半だが、今までの収入はほぼやけどの時の治療費返済でルーネイに渡してしまっていた。
「払えるわけがないでしょ。一体いくら掛かると思ってるのよ」
収入を分けているのだからルーネイはサザキの大体の資金を把握していた。その額は持っていたとしても銀貨1枚がせいぜいでとてもここの支払いを出来る額では無い。
そんなことはサザキも分かっているはずなのでルーネイに借りるつもりだろう。
そのことはルーネイも問題とは思わない。
冒険者同士のつながりは重要なので大きな収入があった時などは奢ったり奢られたりが普通にある。
けれど今回はタイミングがまずかったのだ。
中級ポーションを作れたことと、継続的な収入の目途が付いたことで道具などを買い揃えてしまったのだ。
つまり今のルーネイは大したお金を持っていない。それを知らないサザキはルーネイに相談もせず勝手に奢ると決めてしまったのだ。
無銭飲食は当然犯罪になる。窃盗と同じに扱われる刑罰は軽いものでは無い。
少しでも安く、自分の手持ちで足りることを願いながら冒険者の様子を伺うルーネイの気も知らず冒険者たちは遠慮などする様子など無く食って飲んで騒いでいる。そんな状況では食べ物が喉を通るはずも無く、ルーネイは店の隅で消費されていく料理や酒にただ青ざめるしかなかったのだ。
「あなたのせいでわたしは人生めちゃくちゃに」
「っと、なんで泣いているんだよ」
さすがにルーネイが泣き出すと何事かと注目を集めて人が寄ってくる。しかも何を思ったかパーティらしい4人組の女性がルーネイをサザキから守るかのように立ちふさがってしまいルーネイに事情を聴く事すら出来ない。
「ちょっとあんた、この子に何してんのさ」
リーダーっぽい短髪の女性冒険者が前に出てサザキをにらんでくる。
「おいおい、痴話喧嘩か?」
「なんか人生だめにされたらしい」
「女に金の工面をさせてたんだってよ」
「責任取らなかったらしいぞ」
「さすがワイバーン、やることがえげつねぇ」
「まさに毒牙にかけてるってやつだな」
外野は外野で好き勝手に話を盛り上げている。
あっという間に女冒険者4人に責められるサザキとそれをはやし立てる外野という構造が出来てしまう。
「黙ってないでなんか言ったらどうなんだい。何泣かせるようなことしてんだよ」
リーダーっぽい短髪の女性冒険者が威圧してくる。
「俺こそ聞きたいよ。何でこんなことになってんだ」
サザキのその言葉をまともに取り合ってくれる人は居なかった。
「二人で銀銭2枚になります」
「じゃあこれで」
サザキは財布から2人分の支払になる銀銭2枚を取り出して店主へ渡した。隣ではルーネイが赤い目でふくれっ面をしている。
騒いでいた冒険者はすでにあらかた帰り飲み会はお開きとなっていた。あの後騒動を納めに来たオグノにルーネイ共々別室に放り込まれ事情聴取となったのだ。
落ち着いて話を聞けばルーネイの簡単な思い違いであった。ギルドで話されたサザキの奢りというのをそのまま受け止めてしまったのだ。
普通、こういう飲み会は「誰かの奢りという名目で行われる」だけであり払える範囲で各自お金を置いていくのだ。
元々は見ず知らずの冒険者を飲みに誘うのに祝いの席で奢りだからと始めたのが広がったらしい。冒険者として日が浅く、今まで薬師の師匠の元にいたルーネイはこの手の飲み会に参加したことが無くこのことを知らなかったのだ。
このことでルーネイは赤っ恥をかいたわけだが、気にすることは無かったので吹っ切れればとあえて帰り道にこのネタでサザキはからかったのだが、そういった気安いノリに慣れていなかったルーネイの機嫌を損ねることになった。
ルーネイのふくれっ面はなかなか治らずに、この後数日をサザキはルーネイのご機嫌を採ることに四苦八苦するのであった。




