第二章 パーティ結成 その3
連れられてきた宿で、サザキは自分の泊まる部屋に荷物を置くなり落ち着く暇も無く隣の部屋ルーネイの部屋を訪ねていた。
「あまりじろじろ見るんじゃないわよ」
恥ずかしげにそう言いながら招き入れられた部屋は、じろじろと見るというか、見れたものでは無かった。
「片付けられない女か」
テレビで見たそんなフレーズが口につく。
「なっ!!失礼なこと言わないで」
反論するルーネイだったが目の前の惨状を前にすると説得力は無い。
一言でいえば実験室、それも大学生が3,4日泊まり込んだ後のだ。
実験器具と思しきものや薬草などが至る所に散乱している。
「事実だろ」
その一言でルーネイは唸って黙り込むしかなかった。
「そんなことより、さっきの事だが」
ギルドでマジックカウンターを使ったサザキは、その結果を見たルーネイによって説明も無く宿まで連れてこられたのだ。
「そうね。その話で呼んだんだからね」
片付けから話題が変わると見るやルーネイは勢いを取り戻し話し始める。
「聞きたいんだけど、サザキってもしかして失った者?」
「ああ、魔力が少ないって意味ならその通りだ」
記憶の中から単語を拾い上げる。異世界に来て初日の事はインパクトが在ったためそれこそ会話の一言一言まで鮮明に覚えている。
「やっぱりかぁ」
ルーネイは腰かけたベッドの上でどうしたものかと頭をひねった。
癖なのかゆらゆらと揺れる頭を追いながらサザキは次の言葉をまつ。
ちなみにサザキは立ったままだ。
「属性っていうのはその人の持つ魔力の、タイプみたいなものをどの精霊が気にいるかで決まるの。だから魔力が極端に少ないとどの精霊にも気にいられない、というか気付いてもらえないことがあるわけ」
「つまり俺は魔法が使えないと」
かなりショックな事実だった。魔法が使えるかもとはしゃいでしまっていた恥ずかしさも合わせて気分はどん底まで落ちる。
「それに属性以前に魔力が無いでしょ」
ルーネイはそう言うが、サザキはわずかだが魔力は上がっていたので将来的にはと希望をもっていたのだ。
「これでも結構伸びたからいけると思ったんだよ」
「そうなの?大人になると魔力が手に入る人も居るっていうからそれなのかも。だとしたらまだ希望はあるかも」
「ほんとうか!?なら試せることはやっておきたいな」
「じゃあまずはこれからね」
そう言ってルーネイが大きな一冊の本を渡してくる。
「魔法の基礎が書かれているからまずそれを思い描けるまで理解しなさい」
そう言うとルーネイは役目は終わったとばかりに本日採ってきた薬草などをさわり始めた。
「あの、ルーネイさん」
「なに?」
ルーネイはサザキの問いかけに面を上げることなく、手元での作業を続ける。
「よろしければ字の読み方から教えてくれないかな」
「……」
面を上げたルーネイの物言わぬ視線にひたすら恐縮するしかないサザキであった。
こうして午後は調薬をしているルーネイの傍らで読み書きを教わりながらの読書となった。すぐに詰まったのが文字と音の違いだ。この世界の文字は音と対になるのだがテレパスでは日本語になってしまい音が分からないのだ。
読み書きの勉強はほどなく言語の勉強になったのであった。
最近めっきり気温が上がり、その場にいるだけでじっとりと汗がにじみ出るようになってきた。
サザキは慣れ親しんだ森の中、汗を吸ってずっしりと重くなったクロスアーマーに辟易しつつもマントで頭を覆い神経を集中させていた。
勇猛なる炎の精霊サラマンダーよ
その力の一欠を我に貸し与えん
我、炎を従え戦場を駈けん
我が前に立ちふさがりしものを焼き払え
ファイアーアロー!!
日本語では無い異世界の言語がサザキの口から流れるように紡がれる。
森の中を駆けてきた風が一時でも暑さから解放してやろうと涼を運んでくるが、サザキは邪魔だといわんばかりに無視を決め込み掲げた腕の先を凝視したまま固まっている。
「だから無理だって」
事前に言っても意味が無い事が分かっていたので失敗したところでルーネイは木陰から出てきてサザキに声を掛けた。
「属性が無いのに魔法が使えるわけないでしょ」
サザキが魔法を学び始めてから基本を理解する程度の時間は経っていた。
異世界の言語はまだ片言で、渡された本は半分も読めない。けれどルーネイに教わったので内容だけはすべて理解していた。
魔法に必要なのは想像力だ。どのような現象をどうやって起こすのかという想像力。そのため本は前半に世界の創生と神、精霊について書かれていた。
「精霊に気に入られもせずに魔法が使えると思うなんて傲慢にもほどがあるわ。信仰が足り無いのよ」
木陰に戻っていったルーネイの言葉が重くのしかかる。
「信仰か」
魔法の教えで必ず出てくるのが信仰だ。精霊を敬い力を貸していただくことで魔法は使う事が出来るのだという。
確かにサザキに信仰は無い。元の世界でも神なんて信じていなかった。
この世界では実際超常的なものがいるので神が居るのかもしれないが、存在を認めてもそれが信仰対象に出来るとは思っていなかった。
そういう意味では精霊から力を借りるという最初の一歩でつまずいていて属性も手に入らないのかもしれない。
「魔力はあるんだけどな」
サザキのステータスはレベルが26になり魔力は10に上がっていた。
使えてこそいないが魔力があることは確かなのだ。
何かの拍子に属性が付かないかと始めた訓練だが、最初は半信半疑ながら興味を持っていたルーネイには、連日の失敗を経て今では気が済むまでやればいいと放っておかれるようになっていた。
「やっぱり科学の申し子にファンタジーの信仰は無理か」
実際に神様なり精霊なりに会って話すことが出来ればまた違うのかもしれないが、見たことのないものを心の底から信じるには科学というものが大きすぎて無理なのだ。
「ある意味で科学信奉だな」
自虐的に発したはずのその言葉は、しかしサザキに一つの光明を残した。
信仰が、いや、心の底から信じて想像することが魔法の条件だというのなら、サザキが魔法を使うとするなら科学的なアプローチではないかという事だ。
科学的に考えて魔法とは何か。
魔法とは、呪文に対応した4つのプロセスから成り立つ。
まず召喚、精霊に願い火や水を呼び出す。
次に把握、呼び出した事象を自分の管理下に置く。
そして指示、事象で何をしたいのかを指定する。
最後が実行、いわゆる魔法名をキーワードに指定した事象を発現させる。
このプロセスを科学的に捉えてみると、……全く分からなかった。
召喚は空間を繋いで事象を呼び出している?ワープとか科学で解明されてませんし。掌握ってなに?名前でも書けばいいの?
唯一予想が出来たのが指示の一部分。火や水を球や矢の形にして打ち出すその一点。すべての属性に共通してあるこの項目は当然属性に関係なく出来るはずである。そしてものの形を作ったり、移動をさせるために必要なものは科学で証明されている。
それは干渉するためのエネルギー、そう力だ。
つまりその力こそ魔力では無いかという訳だ。
予想した部分はまず正解だろうと確信をしつつ、それでもほかの大部分がわからない状態で魔法が使えるのかと疑いはあったが思いついたからには試さずにはいられなかった。
魔法のプロセスを科学的に置き換えて開始する。
召喚、落ちていた石を手に取る。
把握、我、大いなる大地の……呪文を唱えかけてやめた。
代わりに石を強く握り込み石の固さが、表面の凹凸が、ひんやりとした温度が掌から伝わってくる。これでいい、文字通り把握した。
指定、飛ばす方角へ手を向ける。
ここで初めて想像する。手に持った石に魔力という力を加えて打ち出すそのイメージ。
最後は実行、必要ないかともおもったが発動のスイッチとしてあったほうがいいだろうと唱えることにする。想像を補完するためにこれから起こることを的確に表す言葉がいいだろう。
『礫!!』
その言葉は日本語であった。
石を飛ばすその事象を一文字の漢字で表したそれが合理的で科学的に感じたから選んだのだ。
すっと血が引くような感覚を、そこからつながる体を循環する何かの存在をサザキは感じていた。血の流れを普段感じられないのと同じように、魔力の流れというものが一部が外に出たことでようやく分かるようになったのだ。
魔力によってエネルギーを与えられた石は、しかし飛ぶことはなくその場で砕けてしまった。
手の中で砕けた石を眺めながら考える。今の一回でだいたい半分の魔力を使っていた。つまり魔力が多すぎたのだ。
もう一度石を拾い上げて構える。魔力は全体の十分の一を注ぎ込む。
『礫!!』
ふっと視界から石が消えるのと目標にしていた木から破裂音が聞こえるのはほぼ同時であった。
「ちょっと、なにがあったの?」
音に驚いてルーネイが声を掛けてくる。
駆け寄ってこようとするルーネイを手で制する。
そこでちょっと驚かせてやろうと悪戯心が起こった。
「ちょっと今から魔法を試すから離れて見ていてくれ」
石を取って投げつけるのは見栄えが悪いと思った。風は見ることが出来ないし、水は近くにない。
消去法で選んだのが火の魔法。
起こし方がとても科学的な事も選んだ理由だ。
ものに魔力でエネルギーを与える事は出来たサザキだが、火の召喚など当然できない。そこで考えたのが元素への干渉。元素の運動を活発化させ高温を作り、疑似的に火の魔法にしようというのだ。
両手を前に突出し神経を集中させる。手の内側にある大気の元素に魔力を与えるのだ。
CG映像のように飛び回る複数の元素の動きが活発になるのをイメージして呪文を唱える。
『炎!!』
「サザキさん、お金がありません」
「はい」
魔法を教えてもらう条件で部屋の片づけなどをサザキがやっているため女の子の部屋という感じがしないルーネイの部屋。
ルーネイはベッドに腰掛け、サザキは床に正座させられていた。
「今回の事でいくらかかったか分かってるの」
「はい」
「いったいどうするのよ」
「精一杯働いて返させていただきたく思います」
サザキの唱えた魔法は正しく発動した。正しく、石ほどの質量を動かすエネルギーが元素という微細な質量へと注ぎ込まれたのだ。
やばいと思って途中で与える魔力を止めたのだが、それでも吹き荒れた熱風は汗を吸ったクロスアーマーが無ければ死んでいたと言われたほどだった。
全身大やけど。それが火の魔法を使おうとしたサザキの代償であった。
一方のルーネイもただでは済まなかった。
やばそうな雰囲気にとっさに木陰に隠れたもののそれでも素肌を晒していた所はやけどを負った。そんな状態で水の魔法で辺りの消化し、自滅して倒れたサザキを担いで街道まで連れ出し運よく通りかかった馬車に神殿まで運んでもらったのだ。
ルーネイの治療1日分で銀貨1枚、サザキの治療費3日入院で銀貨6枚、その他燃えてダメになった品々。治療費はサザキが払えるはずも無くルーネイがいざという時に持っていたお金をすべて使って払ってくれた。
「いっそ奴隷にでもして売り払おうかしら」
かなりやばい目つきで口にするルーネイに慌ててサザキが口を挟む。
「いやいや、確かに火の魔法は失敗だったけど物を飛ばすことは出来るようになったから。戦力として十分だしダンジョンもいけるよ」
「わたしの銀貨」
「当然返すから。きちんと返すから」
「……」
「ほら、パーティメンバーなんだから助け合わないと」
「でもまだ仮よね」
「そんなことは無い。もう実質的に組んでただろ。ギルドの人だってそう思っているって」
後に世界に名を広めるパーティの結成がリーダーだった男の泣き落としから始まった事は当人たち以外知ることのない事実であった。
ようやく見える形でのチート能力です。
といっても、信じることが出来たなら誰でも出来る事なので今はサザキしか
出来ないというだけです。
これからようやく冒険らしい冒険が始まる予定になりますので
今後とも楽しんでいただければと思います。