第二章 パーティ結成 その1
一日安静を言い渡されたサザキはベッドに横になりながら午後の陽気にうつらうつらとなっていた。
「見舞いに来たよ~。ワイバーンのサザキ君」
そんな穏やかな時間が訪問客によって打ち砕かれていく。騒々しく扉を開けたモモノは意地の悪い笑みを浮かべながら傍らの椅子に腰かけてくる。
「ゴブリンの討伐で大活躍だったそうじゃない」
「もう勘弁してくださいよ。からかいに来たんですか」
見舞いに来る人皆が同じ事を言ってくるので予想は出来ていた。
ワイバーンのサザキ、冗談のように付けられた二つ名がどうやら本当に広められているようで、そのあんまりな名前に頭を抱えるしかないのであった。
「いいじゃない。ワイバーンのサザキ、かっこいいと思うわよ」
「ホント勘弁してください」
ゴブリンの討伐は昨日の事だ。
後方部隊が奇襲を受けるというアクシデントはあったものの、結果だけ見れば大なり小なり怪我はあるが全員生きて帰ることが出来た。
ホブゴブリンに襲われたルーキーも全身打撲に骨折と重症ではあるが神殿で治療を受ければほどなく復帰できるらしい。
一方、自ら毒をあおるという珍事をやらかしたサザキはその後当然のように毒が回って倒れ込んだ。
ルーネイがすぐに手当てをしてくれたので大事には至らなかったが、それでも一晩ろくに動くことが出来ないほどであった。まったく弱い毒ではなかったのだ。
ギルド担ぎ込まれて戻ってきたサザキはそのままベッドに放り込まれ安静を言い渡されたのだが、なぜか討伐に参加した冒険者もぞろぞろと部屋に集まりそのまま打ち上げをしだしたのだ。
毒のせいでろくに動けず気分が悪いというのに隣で始められるどんちゃん騒ぎ、最初こそサザキに救われたと神妙に語っていたギルド員だが、酒が入るとあれは無いだろうとげらげらと笑いだす始末。
普段は自分の活躍を自慢話に酒を煽るのに、この日ばかりは全員がサザキの事を肴に酒を煽っていく。サザキは当然話せる状態ではないのでそれはもう好き勝手に言われた。
挙句今回の武勇伝は語り継がなくてはならないなど調子のいい奴が言いだし、勝手につけられた呼び名が「ワイバーンのサザキ」。
毒を吐くからワイバーンなのだろうが、言ってくる人は皆「ワイバーンの、ププッ、さざき」と間に要らないものをつけて呼んでくるのである。
悪夢のような一晩だった。
「どんな経緯であれ二つ名持ちの冒険者なんてすごいじゃない」
「口が笑ってますよ」
「いいじゃない。名前を憶えられての冒険者よ。ほらほらまだ休んでなさい」
モモノはサザキを強引に布団に押し付けるとそそくさと部屋から逃げ出していった。
本当にからかうだけで帰ってしまった。
「いろんな人が来るのね」
モモノと入れ違いでルーネイが部屋へ入ってくる。
昨日戻ってきてからは顔を隠す布もローブも外している。
もともと目元だけで美人だろうと思っていたが、それもそのはず容姿の整ったエルフの血が混じっているらしい。
赤みがかった金色の髪は性格を表すかのようにきつめに編み込まれており気の強そうな雰囲気と相まって辺りを威圧しそうなのだが、もともと髪に癖が強いらしく抑えきれていないところはぴょこぴょこと跳ね、そして実際に話すところころと変わる表情から受ける印象はどこか抜けていて愛嬌のある娘というものだ。
ルーネイは昨日からほぼつきっきりでサザキの世話をしてくれている。曰く、私が作った薬だから私が面倒を見るのが一番効率がいい、だそうだ。
「ギルドに入り浸っているからな」
午前中だけで10人近くが見舞いに来てくれた。昨日の討伐メンバーに普段大部屋で一緒になる人、顔見知りの冒険者。ミールシナさんも来てくれた。
大体がギルドに来たついでにからかい目的でやってくるのだが、それでもこの世界でこれだけの人と繋がりが出来ていたことに感慨深くもあった。
ベッドの傍らまで寄ってきたルーネイは、用事があるのかと思ったが突っ立ったままでいる。
「座ったら?」
「そ、そうね」
言われていそいそと腰を掛けるがそれでも何か言うでもなくそわそわとしている。
「どうかしたか?」
仕方なくサザキから切り出すと目を泳がせながらも答えてくれた。
「知り合いが多いならなら私が組めそうなパーティとか知らない?」
「ああ、ずっと探していたな」
「なかなか無いのよ」
「あれだけ誘われていて断っていたんだし、相当厳しい条件なんでだろ。俺が知っているのなんてさっき居た人の一ツ星パーティがせいぜいだし、俺じゃ力になれないと思うぞ」
今回の兼で世話になったし、出来れば力になりたいが生憎と当てが無く答える顔は渋いものとなった。
「そんなこと無い」
がばっと身を乗り上げてルーネイが否定をしてくる。
「ただちょっと特殊で、ランクとか選り好みはしてない」
「あ、ああ。そうなんだ」
何か琴線にふれたのか、乗り出してくるルーネイにたじろぎつつもサザキは下手につつくのも怖かったのでそのまま話を続けていく。
「それでどういった条件なんだ?」
「条件は私が付いて行って採集活動が出来る事よ」
「それだけ?」
「そうよ」
「なんでそれで見つからないんだ」
言われた条件は、そもそも条件として挙げるようなものとも思えないものであった。
条件で無くルーネイ自身とパーティの相性が合わなくて断り続けているとも思えない。
「なんでって、そういうものでしょ」
一方のルーネイは当然でしょと言った様子である。
「そうなの?」
「そういえば私の事メイジと間違えていたわね」
あきれた顔をしたルーネイは、けれどきちんと説明をしてくれた。
「いい?まず薬師は当然薬を作ることでパーティを助けるけど、ダンジョンへは行かないのが普通よ。町でパーティのための薬を作ったり情報を集めたりのバックアップがメインになるの」
「なるほど」
「けれど、私はダンジョンに自分で潜りたいのよ」
「どうして?」
「自分で探したほうがよりいい素材が手に入るからよ」
「確かに難しいな」
探すのはルーネイという余計な荷物を抱えてダンジョンに潜れる実力がある冒険者。しかし冒険者は余裕があればよりダンジョンの深くへと潜るりたがるので自分の身を守ることもおぼつかないルーネイが加わるのは難しい。
「すまんが力になれそうにないな」
「ううん、ありがとう」
「良さそうなところがあったら教えるよ」
「よろしく」
スドーンたちに相談してみようと考えつつもどういった答えが返ってくるかも分からないのでこの場では伝えずにおくことにした。
それで話は終わったものだと思ったのだが、ルーネイは立ち去る様子はなくチラチラとこちらを覗ってくる。
「まだなにか…」
「サザキはさ…」
二人の声が重なり静寂が訪れる。
「どうぞ」
「あ、うん。サザキはソロでやっているよね」
「そうだな」
「何でソロなの?」
「何でと聞かれると、ルーネイと同じかな。仲間は欲しいけど条件がな」
「どんな条件?」
自分と同じ境遇の仲間と思われたのか興奮気味に聞いてくる。
「ひたすら安全重視。生活出来るだけの収入さえあれば名声も権力も興味が無い」
それを聞いたルーネイはうつむき気味に何かを考え込み表情をころころと変えていく。
「確かにそれだと普通の冒険者は嫌がるわね」
「そうなんだよな。だから誘うに誘えなくてね」
「それなら私と組めばいいのよ」
ルーネイがさもそれがベストな案だといわんばかりに笑顔を浮かべてきた。
「私が採集、サザキが見張りでやればきっとうまくいくわ」
「ちょっとまて、話が急すぎて分からん」
サザキは熱く語り出したルーネイを椅子に座りなおさせ改めて話をする。
「パーティのお誘いはうれしいが、一回落ち着いて話をしよう」
そう言って仕切りなおしたものの、急過ぎて何から話し合えばいいのか分からず結局思いつくまま口にしていく。
「まず冒険者としてのスタイルだな。俺は言ったように安全重視、最低限稼げていればリスクの少ない採集メインでやっていきたい」
「そこは問題ないわ。わたしも採集がしたいから」
「薬の素材のためだよな。魔物から取れる素材もあるんじゃないのか?」
「魔物からの素材は冒険者が競って倒すから不足は無いわ」
薬草やポーションの材料になる霊草は知識が無ければ探す事は困難だ。一方の魔物は肉や皮といった素材のほかに魔石もあるうえ、人を見たら相手から襲ってきてくれる。このため市場に流れる量は偏りが出るのだという。
「戦闘が避けられるのは分かったが、それで稼げるのか?」
「大丈夫よ。わたしが加工すれば素材のままよりずっと高い値段になるわ」
「なるほど。でもパーティを組むってことはダンジョンに行きたいんだよな。避けられない戦いもあるだろうし、戦力が足りないんじゃないか?」
「そこはおいおい人数を増やして行けばいいのよ。ダンジョンに行っても浅いところならソロで潜る人も居るし大丈夫」
サザキとしてはナルたちパーティの印象が強く残っているので話半分に捉えておく。
「それにね」
こちらの乗り気でないのを察してか、更にダメ押しとばかりにルーネイが続けてくる。
「わたしはもうすぐでメイジにクラスアップできるのよ」
どうだ、といわんばかりに胸を張ってくる。
冒険者パーティ憧れのメイジである。きっと諸手を上げてくれると思っていたのだろうが、自分でメイジへのクラスアップを蹴っているサザキにはそれより気になったことの方が漏れ出てしまう。
「ああ、クラスアップまだだったんだ」
禁句だったようだ。みるみるルーネイの満ち溢れていた自信がしぼんでいく。
「あ、あの、ルーネイさん?」
「そうよね。クラス持ちの人にとってはわたしなんてただのお荷物よね」
「誰もそんなことは言ってないから」
「どうせ心の中では使えない奴とか思っているんでしょ」
「違うぞ、違う!俺は魔力が少なくてメイジになれないから羨ましかったんだよ」
ネガティブなルーネイの対応が面倒になりそれっぽい事を理由にでっち上げたが効果はあった。
「そうなの?」
「そうだ」
「そっか、羨ましかったんだ。それなら仕方ないかなぁ。メイジはやっぱり憧れるよね。才能に左右されちゃうから成りたくて成れるものじゃないからつらいのよね」
機嫌を採れたのは良かったが、気分を良くして絡んでくるルーネイもそれはそれで面倒であった。
ルーネイの機嫌をこれ以上悪くしないため結局深い話は出来ず、明日から近場の森で一緒に行動して見て様子を見るという無難なところに落ち着くのであった。