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第二章 討伐作戦 その3

ゴブリンたちはすぐに発見された。

サザキの案内で発見地点に到着すると、手慣れた冒険者たちは辺りの地形から当たりをつけてあっという間に痕跡を発見しそこから迷うこともなく追跡が行われたのだ。


「ゴブどもは40ほどだった。中にはホブゴブリンが3体ほど確認できた」

明け星の一人、偵察に行っていたアーチャーの男が帰ってきた。

「思ったよりいるな。メイジは居たか?」

ホブゴブリンとゴブリンメイジはゴブリンの上位種になり強さは比較にならない。特にメイジは1体いるだけで討伐の難易度が一気に上がる。

「いや、メイジは確認できなかった。群れのボスはホブゴブリンのようだし多分居ないだろう」

「なら俺たちだけでなんとかなるか」

「ホブをそっちで2持てるなら1は支えられる」

「となると正面と回りこんで・・・」

作戦会議は戦闘の中心となる明け星が中心になり、要所でギルド員やもう一つのパーティメンバーが口を挟みながら進んでいく。


サザキはというと、無事ゴブリンが見つかったことで自分の役目は終わったような気がしてしまいどこか他人事のようにその様子を眺めていた。

「ずいぶん落ち着いているのね」

そんな様子がルーネイには余裕があるように見えたらしい。

「俺の役目は終わったからな」

「戦う気がないの?」

「戦わないで済むならな」

「なんか冒険者らしくないわね」

「好き好んで危険に身を晒したいと思えるほど若くは無いんでね」

サザキやルーネイと同じく後方待機の二人はぎらついた目で作戦会議を聞き入っている。人に害する魔獣の象徴といえるゴブリンの討伐はルーキーにとっては憧れらしい。その様子に先走って厄介ごとを引き込むのではないかと一抹の不安を覚えるサザキであった。


作戦は予定通り戦闘組のみで実施と決まった。

すでに怒号や金属を打ち付ける音が森の先から響いてきている。

聞こえてくる戦場の音とは対照的にサザキたち後方組の居る場所は虫の鳴き声すらしないほど静まり返っていた。

「俺たちも戦いたかったのにな」

「稼ぎ時だってのに損したぜ」

ルーキー二人は元々知り合いなのか、馬が合ったのか互いに意を得たりと先ほどから愚痴を言い合っている。

「なあ、あんたもそう思うよな」

ルーネイとギルド員が話し込んでいたからだろう。ルーキーの一人はサザキへと話を振ってきた。

「立っているだけで金がもらえるんだから楽でいいだろ」

装備こそそこそこ、といってもサザキと同程度の最低限のものだが、の二人だがその言動は手に入れた力にはしゃぐ子供そのものであった。戦場から離されたのは当然後方支援というのもあるが、集団での戦いに不安があると判断されたのかもしれない。

「おっさん枯れてんな」

同意を得られなかったのが不満だったらしくすぐにサザキのそばを離れていく。

サザキとしてもそれ以上話すつもりも無く、ルーネイとギルド員のもとに行くと二人は怪我人が出た際の対処やゴブリンの使う可能性がある毒などについて話をしていた。

薬草の名前や手当の順なども話し合っており、役立つかもと聞き耳を立てながらルーキー二人とは反対の方面を警戒しておく。

戦場と逆を向くと聞こえてくる音は小さくなり、目の前には普段と変わらぬ穏やかな森が広がっている。

一時、今の状況を忘れそうになってしまう。


「おい、どうした」

突然叫んだギルド員の声に振り返るとルーキーの一人が場所を離れようとしていた。

「ちょっと様子を見てきます」

大丈夫だといった様子でこちらに手を振ってくる。

「待て、勝手にっ」

続けて叫んだギルド員の言葉は最後まで続かなかった。

手を振っていたルーキーは横合いから突然飛び出してきたゴブリンに吹き飛ばされる。

その光景に皆が固まる。

そして、今度はそれを見計らったかのようにサザキたちにも森の中から現れたゴブリンが襲いかかってきた。

サザキの視界には3体のゴブリンが移っていた。

1体は突然の事態に対応できていないルーネイに襲いかかろうとしている。

2体はすでに武器を構えているギルド員へと向かっているところだ。

サザキに向かってくるゴブリンはおらず、だからこそ落ち着いて状況判断ができた。


まずは手元で弄んでいたナイフを一投。

ルーネイに飛び掛からんとしていたゴブリンの腹に突き刺さる。

グェッと奇声を上げて地面を転がったゴブリンを駆け寄った勢いのままに蹴りとばす。


ルーキー2人が戦場にばかり気を散らした隙を突かれたのだ。態度を見れば警戒が疎かになることは予想できたはずだった。警戒を怠った2人と自分に悪態づきつつも体は動かしていく。


最初にルーキーを襲ったゴブリンがこちらに向かってきていた。

「勘弁してくれよ」

向かってくるゴブリンはほかのモノより体格が良くそして体の色も緑に近い、ホブゴブリンであった。


ルーキーとギルド員はそれぞれゴブリン2体を相手にしているが、どちらもすぐ決着が付く様子ではない。

今ホブゴブリンを相手にできるのはサザキしかいなかった。

「ギルド員を手伝え」

サザキの蹴り飛ばしたゴブリンに駆け寄ってとどめを刺していたルーネイに、優勢なギルド員のほうを手伝うように指示してからホブゴブリンの前に立ちふさがる。


まずは投擲。こちらに駆けてくるホブゴブリンが距離を詰める前にナイフ2本を連続して投げつける。

これで決まればと思ったが、やはりそこまで甘くは無い。

一本は鎧に防がれ、もう一本は顔をかばった腕を傷つけはしたが浅く刺さりすらしない。

ホブゴブリンは勢いを緩めることをせず、慌てて剣と盾に持ち変えたときにはすでにサザキの目の前まで来ていた。


太目に見えた体系は近くで見るとみっちりと筋肉が締まっており、そこから振りかぶられる棍棒は尋常なものではなかった。

正面から受けることに恐怖を覚え受け流すように盾を構えるが、盾に当てて棍棒を振りぬかせたというのに弾かれて体勢を崩したのはサザキのほうだった。

それでも何とかもともと狙っていたカウンターで突き入れた剣は、しかし予想されていたかのように後ろに下がられたことで呆気なく空を切った。


ホブゴブリンが後ろに跳びのき距離が空いたところにサザキが更に後ろへと距離を取る。

盾を持った左手はしびれていてまともに力が入らない。その上一回打ち合っただけでホブゴブリンに勝てる気が全くしなくなっていた。

勝つ必要は無い。ほかの人が来るまで時間を稼げればいい。恐怖に竦みそうになるところを自分に言い聞かせる。


必死に考えた末に、動かない左手から盾を叩き落とすように捨てたサザキが取ったのはフェンシングスタイルだった。

棍棒を振るう範囲の広い攻撃に対して武器のリーチを最大限生かして攻める。

前後への移動に集中することでヒット&アウェイを行う。

顔への突きという威力、牽制共に申し分ない攻撃で相手を抑え込む。


3度棍棒を振るのに合わせて突きを入れれば場は硬直状態へとなった。サザキを攻めあぐねホブゴブリンは焦れた表所を見せるものの動くことが出来ない。


しかし同じくサザキも焦れていた。

フェンシングスタイルはうまく働いたが決定力が無いのであった。

サザキの突きでは頭蓋骨を抜くことは出来はしない。顔を切りつけられることを厭わず強引に出られれば成す術が無いのだ。

それを分かっているからフェイントに牽制にと必死に相手を抑え込む。それはまさに神経を削る作業であった。


「変わる」

ただひたすらにホブゴブリンを見据え、時間の感覚も無くなっていた。

掛けられた声も、ただの無関係な音でしかなかった。

だからサザキの前にギルド員が割り込んでくると何が起こったのか分からず頭の中が真っ白になってしまった。


体が後ろに流れ、転ばないように2歩3歩と後ろに下がる。

「大丈夫?」

ルーネイが覗き込むようにこちらを見てくる。

そこでようやくサザキは自分がルーネイに引っ張られて後ろに下がったことを理解した。

目の前ではギルド員がホブゴブリンを相手取っている。

サザキとは違い棍棒を盾でいなしているし、攻める余裕もある。


耐え凌いだのだ。


そう分かったら緊張の糸が切れた。

崩れ落ちそうになるのをルーネイに捕まってなんとか持ちこたえる。

「ちょっと!!」

抱きつかれる形になったルーネイは慌てるがそれでも振り払う事はしなかった。

今座り込んだら起き上がれる気がしなかったのだ。ホブゴブリンとの戦いはまだ続いている。


「助けてくれ」

全身が倦怠感に覆われていたのサザキだが、生存本能か火事場の馬鹿力か、悲痛なその叫びに体は反応し跳ね起きた。

叫んだのはゴブリン2体を相手にしていたルーキー。

もとより押され気味だったのがここにきて限界が来ていた。


ルーネイはサザキが離れたことで弓を構えるも3人が絡まるように動いておりタイミングを計りかねている。

「うおおぉおぉぉぉぉ」

自分を鼓舞するために雄叫びを上げてサザキが突っ込む。

ゴブリンがサザキの雄叫びに気を取られたタイミングを見逃さずにルーキーが残りの力を振り絞って振りかぶった剣を叩き込む。

剣は袈裟懸けに切り込み、体の半ばまで食い込んだ。即死か致命傷だろう。


仲間の異常に気が付いたゴブリンがルーキーに意識を戻す。

次から次へと気を散らしたその間は動きが止まっていた。

駆け込むサザキを追い越してルーネイの放った矢がゴブリンへと突き立てられる。崩れ落ちるゴブリンに対してサザキは首へ剣を振りおろす。

くい込んだのは半ばまでだが、剣を握った手には脊髄を砕く確かな感触が伝わってきた。ゴブリン2体は何もできずに倒されたのであった。

2体が倒れるのを確認するとルーキーはその場に倒れ込んでしまった。先ほどのサザキと同じく緊張の糸が切れたのだろう。


一方サザキは初めてゴブリンを倒した興奮でなんとか持ち直していた。

「ギルド員を助けるぞ」

ギルド員は善戦してはいたが、体力の違いか連戦の影響かホブゴブリンに押され始めていた。

言ってはみたものの、どうすれば助けられるか分からず焦りが生まれる。

ルーネイが幾本か弓を射るも厚い皮に阻まれて有効的な攻撃にはなっていない。

「薬師なんだろ、毒とか無いのか」

「もう塗っているわ」

ルーネイが見せてきた矢は確かに矢じりが濡れていた。

「効いてないじゃないか」

だがホブゴブリンの様子に変わったところは無い。

「傷が浅いの」

元の生物が変質している魔物はもちろん、魔力溜まりから産まれてくる魔獣であるゴブリンなどは更に毒は効きにくい。けれどそんなことを知らないサザキには単にルーネイが強力な毒薬を持ってこなかった準備不足だと思ってしまい苛立ちからきつい物言いになっていた。

「矢以外に何か用意してないのかよ」

「あったらもう使ってるわよ」

互いの焦りが厳しい物言いとなり、さらにお互いを追い詰めていく。

「なんで用意してないんだよ」

「じゃああんたがなんとかしないさいよ」

完全に喧嘩腰であった。サザキ自身八つ当たりであるとどこかで気が付いていながらも今の焦りからそれを認めることが出来る状態ではなかった。

「結局なにも出来ないでしょ」

ルーネイの言うとおりだった。投げナイフでは矢とそれほど変わらないし、可能性があるとすれば剣で突く事だが疲労の溜まった今の動きではそれもおぼつかない。


後可能性があるのは直接飲ませるか塗り込むかだが出来るわけない。せいぜい顔にぶつけるくらいだが、多少吸い込むのと目がしみるくらい・・・眼?

たぶん戦闘のテンションでおかしくなっていたのだ。

その閃きが天啓であるかのようにサザキは迷うことなく実行に移した。

「しびれる毒はあるか」

「あるけど弱いから意味が無いわ」

「その解毒薬は」

「あるわよ」

「それを渡せ」

「は?意味が無いって言ったでしょ」

「使い方次第だ。いいから渡せ」

「ちょっと、勝手に」

半ば奪うように薬を手にするとホブゴブリンへと一気に駆け寄る。


ホブゴブリンは愉悦に浸っていた。

人に対する奇襲は最初はうまくいったというのに、連れてきたゴブリンたちは全滅する不甲斐なさだった。しかし今戦っている男を倒せば後は疲れ果てたオスが2匹にろくに攻撃できないメスが1匹だけだ。

結果だけ見れば自分一人ですべての戦果を挙げたことになる。


後が無い事が分かっているのだろう。先ほどまで奇妙な戦い方を仕掛けてきていたオスが無謀にも突っ込んでくる。それは目の前のオスをいなしながらでも余裕をもって対応できるものであった。


棍棒で目の前のオスを牽制し、突っ込んできたオスの剣は腕で受ける。その衝撃は皮膚を切る事すらできないほど弱々しいものだった。その弱さに、自分という存在の強さににやけつつオスを振り飛ばそうとする。と、オスが奇妙な顔をした。威嚇でも恐怖でも絶望でもない。口を膨らませたのだ。

その意外さにオスを凝視したとき、オスの口から何かが勢いよく吐き出された。

血や吐物では無い。霧状に吐き出されたそれは浴びた目に異常な痛みを与え視界をつぶしてきた。


魔物や魔獣にはブレスを吐くものが居る。けれど人はブレスを吐かない。あのオスは人じゃなかったのか。そんなはずはない。

失われた視界の中、闇雲に棍棒を振る。しかし頭の中は先ほどの事で混乱したままだ。更に体に鋭い熱がはしり考えるのを邪魔する。

自分にこんな思いをさせたあの奇妙な戦い方の人間は絶対に許さない。混濁していく意識の中、それだけが最後まで明確なものであった。


あろうことかサザキは毒薬を一気に煽る。

「ちょっと、なにやってるの」

そう叫ぶルーネイに構わずサザキはホブゴブリンへと躍り掛かっていく。

精細に欠けた攻撃はあっさりと防がれるがそんなことは分かっていたらしい。ただ近づくという目的を果たしたサザキは口に含んだ毒薬をホブゴブリンの無防備な顔へと吹きかけたのであった。

顔といっても皮膚からでははやり効果が出るまで時間がかかる。鼻や口から吸いこんだ分も少しは早いだろうがやはり時間がかかる。

しかし目は違った。毒薬の効果というより単にしみて開けていられないという事で即効性があった。

目の痛みに呻き闇雲に棍棒を振り回すホブゴブリンにギルド員は一気にたたみかけていく。

 

サザキはというと転がるように離れ慌てた後口をゆすぎ、それでも口の中の痛みや吹いた毒が自分にもかかったのだろう、地面の上を転げまわっている。

「なんなのよ。いったい」

非常識なその行動にルーネイはつぶやくのであった。

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