第二章 討伐作戦 その1
発動『シックスセンス』
意識から雑念を取り払い一段深い場所へ潜る感覚をスイッチにスキルが発動し五感が強化される。
肌を撫でる風が、舞い落ちる葉の一枚一枚が、微かに流れてくる獣の臭いが、落ち葉を踏み鳴らす足音が、唇を舐めとった汗の辛さが、あふれかえる情報はサザキを飲み込んでいく。
耳を澄ます、目を凝らすといった一つの事に集中した状態が五感すべてで同時に出来ると言えば分ってもらえるだろうか。
最初は膨大な情報と鋭敏な感覚に酔ってしまったが、送られてくる情報を自分の五感ではなくSF映画である自分を取り囲むように設置された情報端末からとイメージすることでなんとか扱えるようになった。
それによりサザキの能力は飛躍的に高まったが、それを用いるのは相も変わらずの薬草取りである。
ステータスが上がり、日々森を分け入り体が鍛えられたといっても中腰の作業だけは慣れるものでは無い。
サザキは痛む腰を反らしながら体にひねりを加えたりしてなるべく早く痛みを無くそうと四苦八苦する。
午後を少し回った時間だが、すでに薬草は目標量に届いている。
強化された五感は、薬草の見落としを無くし、また必要以上の警戒をしなくなった為に作業効率は今までのほぼ半分の時間で終わるほどになっていた。
腰を伸ばしながら辺りを探っていく。主に気を配るのは音と匂い。
薬草採集が早く終わるようになり、余った時間を使ってサザキは狩りをするようにしていた。
辺りに動物が居ないのを確認したのち、森の奥へと続く獣道を進んでいく。
行く手を遮る木々を鉈で払いつつ、時折足を止めて辺りを見渡すので歩む速度はとても遅い。
獲物を探すこともそうだが、特に気を付けているのは熊と狼に会わないようにすることだ。
お金を得るのではなく、狩りをする事が目的なので獲物が取れなくても焦ることは無い。
今まで狩れたのは鳥に兎、鹿。気配を探る、忍び寄る、投擲で仕留めるという行為はハンターのスキルを活かすのに良く、文字通り狩人として訓練しているのであった。
ガサリガサリと落ち葉を踏み分ける音に反射的に身を屈める。額から伝わる汗をぬぐいつつ、呼吸を落ち着け気配を探っていく。
数は多くない。大きさも熊ほどの巨体ではない。
そのことが確認できると音との距離を詰めていく。相手の姿を見る前に正体は分かった。頻繁に鼻を鳴らし荒い呼吸を繰り返す音が聞こえてきたのだ。
藪の中に身を潜ませながら確認すると、予想通り猪が餌をあさって地面を掘り返している。
体躯は1メートル半ばになり、獲物にしては大きすぎる。
一度同じくらいの猪を狩ろうとした事があった。その時はサザキの投げたナイフが半ばまで刺さったにも関わらず猪はさっさと逃げられてしまいナイフを失うことになったのだ。それに狩れたとしても持って帰るすべがない。
諦めようとしたとき、近くの藪から猪に駆け寄る影があった。
ウリ坊、背中に縞模様が残るそれらは3匹、じゃれつくように親猪の足元にまとわりつく。
親の半分にも満たない大きさだが、肉の塊としてみれば十分なサイズだ。脂肪も薄く何より親猪と違い警戒心がとても薄い。
サザキはウリ坊を狙うことに決めると3匹を目で追い始めた。
一匹は親に甘えているのかずっとまとわりついている。もう一匹は親と同じようにあたりの地面をあさっている。そして最後の一匹は好奇心旺盛なのか周りをうろうろしている。
親から離れがちになる最後の一匹を獲物と定め、他への注意は最低限にしてその一匹に集中する。
一本の草が気になったのだろう。ウリ坊が口にくわえて引っ張っている。しかし、簡単には抜けない。それにムキになったか体重を乗せ、体を傾けるように草を引っ張り始める。
傾けた体制では横合いから飛んできたナイフを避けることは出来なかった。
ウリ坊の意識が草に集中したところでサザキは迷わず動いた。
スキル『スローイング』
スキルを用いたナイフの投擲は伏せていた状態から身を起こしたばかりだというのに寸分たがわず狙ったコースを飛んでいく。ナイフを追うようにサザキも藪から飛び出す。親猪がこちらに気が付き鳴き声を上げる。
ウリ坊の腹部に吸い込まれるようにナイフが刺さり、草を離した反動で後ろに転がり倒れていった。それでもさすがは野生の動物というべきかすぐに起き上がろうとしている。しかし、起き上がるより早く駆け寄ったサザキがすれ違いざまに首元へ鉈を叩き付ける。
サザキは鉈が肉に食い込む感触を確認してそのまま手放すと倒れるウリ坊を跨いで抜けてから近くの木をつかみ向き直る。
動物に感情が無いというのは嘘だと思う。喜びや悲しみがあるのかは知らないが、少なくとも憎しみは確かにある。
倒れたウリ坊を間にサザキと親猪が対峙する。こちらを威嚇する親猪の瞳には確かに相手を殺さんばかりの憎しみがあふれていた。
すぐに石を投げつけ相手を牽制する。スキルで強化された投石はかなりの速度で親猪を打ち付けた。
それでもまだこちらの隙を伺う親猪へ続けて石を投げつけていく。
猪突猛進なんて言葉があるように猪は横への移動は苦手であり石を躱すことなど出来はしない。身を守る分厚い脂肪も顔面に打ち付けられる石には用を成さなかった。
我が子を背に最初こそ投げつけられる石に耐えてはいた親猪は、幾度も石に打たれるとようやく2匹のウリ坊を連れて森の奥へと去って行った。
親猪たちが遠くに行った事を確認してようやく息をつくことが出来た。理想的に進んだとはいえ親猪から向けられた感情などは軽く流せるものでは無い。
仕留めたウリ坊は鉈で首を完全に落とした後、縄で木から逆さに吊り下げ解体していく。
ナイフが内臓を傷つけており酷い臭いがしたが今まで繰り返した失敗のせいで慣れてしまった。
解体の目的は売るためというのは当然ある。しかし、それ以上に戦闘で役に立てたいという考えがサザキにはあり、それが真剣に取り組ませていた。
ナイフを入れる角度、滑らせ方、関節の隙間を突き入れる角度などなど。売り物としての価値を損なわない程度にばらせるだけばらしていく。
頭と内臓を除いても20キロ以上あるウリ坊は当然リュックに入れる事などできず、リュックに縛り付けて運んでいると目立って仕方なかった。
「今日は大猟ですね」
ギルドの買取窓口で担当者が手際よく肉や薬草を鑑定していく。
「おかげさまで今晩は肉が食べられそうです」
「その割には表情が硬いですね」
「そうですか?」
「ええ、なんか笑いが苦笑いですよ」
「ああ、ここに来るまでに同じ会話を何度もしたから」
知り合いに会うたびに同じやり取りをしていたのでさすがにうんざりしていたのが表情に出ていたようだ。
「それは確かに笑いも引きつりますね」