第二章 クラスアップ
去っていくナルを見送ることなくサザキも踵をかえしていた。
宿から荷物は全部持ってきていたので、その足でギルドへと向かう。
たどり着いたのはいつもの大部屋、部屋は日も昇って時間が経つこともあり人はほとんどいなかった。
「なんだ、てっきり出て行ったかと思ったぜ」
「金がないから戻ってきたよ」
サザキと同じくこの部屋の常連になっている顔見知りと言葉を交わしつつ、指定場所となった一角に腰を下ろす。
並べていくのはナルのメンバーが持っていたリュックの中身だ。
ナルのいる前では手を付け辛く、そのままになっていたものだ。
剥ぎ取り用のナイフに虫除けの香、薬や布といった医療品、砥石や油といった装備の手入れ用品、魔導ランプや野営用品等々。
ダンジョンに入るために必要であろうものが、しっかりと整理されて入っていた。
サザキはスドーンたちが言ったルーキーという言葉から、勝手に装備も整えずに無茶をしたと、そう思い込んでいた。
けれど荷物を見る限り思っていたような半端さは無く、しっかりと使い込まれたものが準備されている。
熊は予想外の敵だったのであろうか。それともナルが言うように不意打ちさえされなければ逃げる実力はあったのかもしれない。
どれだけ準備していてもわずかな運の違いで生き死にが決まる、そのことを嫌でも突きつけられるのであった。
身を守る術が必要だ。
サザキは今回のダンジョン、熊に怯え、冒険者の死を受けてようやくその事に実感を持てたのだった。
今まで森の中では出会った肉食動物はキツネだけでろくに警戒していなかった。
けれど、この世界には確かに魔物という人を害する存在があることを嫌というほど分からせてくれた。
分かってしまうと、今までのように無防備に森へ行くなんてことは出来るわけがない。
荷物を片付けてまずステータスを確認する。
氏名 サザキ
レベル 21
体力48、魔力8、筋力50、器用61、敏捷53、知力74、精神81
スキル
異世界の理
レベル21、ダンジョンに行ったからか、いろいろと経験したからか、最近鈍化していたレベルが一気に引き上げられた。
ステータスも60を超えるものが出てきている。
まず向かったのはギルドの窓口である。
「あ、サザキさん。ひさしぶりです」
ちょうど窓口業務にあたっていたミールシナが声を掛けてくれる。
「5日ぶりですかね」
ダンジョンから戻ってきてから窓口を訪れていなかったのでそれなりに会っていないことになる。考えてみればこちらの世界に来てからほぼ毎日あっているのでサザキにとって一番親しい人かもしれない。
「ダンジョンに行っていたんですよね。どうでした?」
「もう着いていくだけでいっぱいいっぱいでしたよ」
「最初は誰でもそんなものですよ」
ミールシナは笑ってそう答える。
「ところで、クラスについて詳しく知りたいんだけどどうすればいいのかな」
「ああ、それなら私が答えますよ」
「受付は?」
「他の人に任せるから大丈夫です」
言うが早く、近くに居た子に代わりを任せて奥にある個別のブースへとサザキを連れてきた。
「さて、クラスの説明という事ですが具体的にはどういった事が知りたいですか?」
「えっとですね、漠然とクラスによってステータスが上がるのと、いくつかスキルが使えるって事ぐらいしか知らないのでそこら辺からお願いしたいです」
いつもは受付越しに座っているミールシナを見下ろす形で話すのだが、ここではテーブルを挟んで座っているので同じ目線になる。そのことに新鮮味を感じながら話していく。
「じゃあ以前のおさらいも兼ねて基本的な説明からしますね・・・
クラスとは、
神に自分の進む道を宣言することでそれに適した加護を貰う事ができる。
そう説かれているらしい。
具体的にいうと、対応したステータスへの補正とクラス特有のスキルが手に入る。
攻撃に向くウォーリアと、派生のグラディエイターにバーサーカー
防御に向くシールダーと、派生のディフェンダーにナイト
支援に向くハンターと、派生のローグにアーチャー
魔法をメインとするメイジと、派生のウォーロックにドルイド
以上の基本4職、上級8職が一般的なクラスになります」
「回復職って居ないんですね」
「そうですね。回復魔法を使う人はドルイドが多いです。攻撃魔法も回復魔法も同じ魔法ですから。ああ、けどユニークジョブにならプリーストがあります」
「ユニークジョブ?」
「極まれに成れる人が居るんですが、条件が分かっていないものがそう呼ばれています。有名なのは200年前の戦争で活躍したパラディンのベルネウス、60年前に王族を幾人も手に掛けたアサシンのアンドルなんかがありますね。あと、勇者もユニークジョブになるんですよ」
この世界の人にとってユニークジョブとは憧れなのだろう、結構熱くミールシナが話してくれた。
「話が逸れてしまいましたね。他に何か聞きたいことはありますか?」
「クラスの選択でアドバイスってありますか?」
「そうですね。やっぱり戦い方に合わせてクラスを選ぶって事ですね」
「攻めるならウォーリア、守るならシールダーってことですよね」
「違います違います」
物理攻撃が強いメイジなんて実際にいても扱いに困るだけだ。そう思って言ったらあわてて否定されてしまった。
「確かに今でもそれが王道ですが、最近では自分の戦い方とスキルの使い方を考えて選ぶことが多いです」
曰く、
それまでスキルと言えば特定の武器、決まったモーションで行うものだった。しかし前回の戦争以来従来とは違う方法でスキルを使う人が増えていき、以来クラスの選択もばらばらになったらしい。
言われてみれば、バーサーカーで大剣使いのスドーンは『スウィング』の特性である障害をものともしない攻撃が行える事を利用して薙ぎ払いを行う。これで三人程度ならものともせずに剣を振り抜ける。
一方、同じバーサーカーを目指すモモノは槍での突きに用いて硬い物でも貫けるようにしたいと言っていた。
「神槍のオオウって知っていますか?」
「いえ、有名なんですか?」
「前回、前々回の武闘大会での優勝者です。オオウさんは槍使いなんですが、クラ
スはアーチャーです。『シックスセンス』を使った回避と『チャージ』を使った溜めからの一撃で他の人を圧倒して優勝したらしいです。何が言いたいかっていうと、固定観念に捕らわれず自分の戦い方に合わせたクラス選びが一番大切ってことです」
ギルドを後にしてサザキは神殿へと来ていた。
あの後、各クラスのスキルの詳細をしつこいほど聞いたことでミールシナに嫌われたのではないかという心配はあったがクラスについては方針が決まった。
悩んだクラスは二つ。
一つはシールダー。守りに長けたクラスであり体力に補正が入る。戦闘での生存率が高いだろう。
もう一つはハンター。『シックスセンス』による五感強化は危険察知に役立つはずだ。そして投擲スキルとあわせて今の採集生活がずっと楽になるはずだ。
この世界の宗教は創生神を崇める神殿ただ一つである。このため信仰自体に呼び名は無い。
人々の信仰を一身に集めた神殿の建物はさすがであった。ギルドと同じ大通りに面したそれは、周りの建物が木や土で作られる中、石造りの威容を誇る。
ひっきりなしに出入りする人に貴賤は無く、その中には冒険者の姿も多くみられる。
冒険者や傭兵は信仰深い人が多い。日常的に命を懸けているうえに、怪我を治せる回復魔法を使えるのは神殿で修業を積んだ者に限られる。さらにクラスアップは神殿で行われるので嫌でもお世話になることが多いのだ。
内部の造りは地球の教会と同じであった。
長椅子が並び、奥にはご神体が祭られている。
部屋の上の方から発せられる光は魔導具によるものだろう。その光が部屋中に反射し幻想的な空間を作り上げている。
そして光に照らし出されたご神体は、4色の管が絡み合い、その周りを黒と白の管が覆うという前衛芸術もかくやというものであった。
その奇怪なオブジェとそれを取り囲み祈る人々のせいでカルト宗教を連想せずにはいられず、神殿内の幻想的なイメージはサザキの中で崩壊していったのであった。
そんな集団におっかなびっくりしながら奥の司祭の元へと足を運ぶ。
「ようこそ。本日はどのようなご用でしょうか」
司祭がごく普通の対応をしてくれたことにほっとしつつサザキが要件を伝える。
「クラスアップを行いに来ました」
「そうでしたか。ではこちらに手をかざしてください。可能なクラスを調べます」
差し出された手のひら大の水晶球へ手をかざすと文字が浮かび上がってくる。
「あなたが今クラスアップできるのは、ハンターとメイジになります」
残念なことにユニーククラスは無かったので予定通りのクラスを選ぶ。
結局最後に決断した理由は、不安を紛らわすために少しでも早くクラスアップしてステータスやスキルを手に入れたいというなんともしまらない理由であった。
「私はハンターになります」
「よろしいのですか?人でメイジに適性があるのはかなり珍しいですよ」
「かまいません」
迷いなく言い切ると司祭はうなずいた。魔力のない自分にメイジの選択肢は無いのだ。
「分かりました。ではそこに跪き神への宣誓を行いなさい」
「宣誓というのはどのように?」
「ただ思うまま誓えばいいのです。神が様式に拘ることはありません」
サザキは片膝をつき両手を合わせる。教会に似たここで誓うというならこの格好が一番ふさわしく思ったからだ。
「私サザキは今後ハンターとして生きていくことを神に誓います」
「我らを父として導き、母として育む偉大なる創生の神よ。この者の新しき道を照
らしたまへ」
司祭が杖を振り上げながら祝詞を唱えるそれは、大仰なデモンストレーションだろうと思いつつも辺りの雰囲気と相まって神からの加護というものを強く意識するものであった。
「これであなたはハンターになりました」
何かしら体に変化があるかと構えていると、何事もなく終わってしまった。
しかし、ステータスを開くと確かにクラスはハンターになっており、器用への補正10%と投擲スキル『スローイング』と五感の強化スキル『シックスセンス』が加わっていた。
肩透かしをくらったことにしこりを感じつつも、目的は果たしたので次の場所へと向かうことにする。
最後に訪れたのは武具屋。といっても頑固おやじがやっているわけでも、路地裏でひっそりと掘り出し物を出しているわけでもなく、ギルド推薦の当たりも無ければはずれも無い店である。
買ったものは、厚手の布生地に綿を詰めたクロスアーマーが銀銭3枚、投げナイフが3本で銀銭1枚銅貨5枚、縄に3ヶ所錘を付けたボーラと呼ばれる投擲武器を2つで銅貨1枚。
銀銭4枚銅貨6枚というほぼ全財産を使い切って買い物を終了したのであった。
そうして、クラスアップを果たし装備を整えたサザキは・・・
ギルドに泊まり込み街の近くの森に採集に行くという全く変わらぬ日々を再開するのであった。