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第一章 初めてのダンジョン その4

「いやぁ、最初ので仕留められなくてホントやばかった」

そう言ったスドーンは、それでも一息入れただけですぐにベアの解体に取り掛かっていた。 

血のにおいに別の魔物が寄ってこないうちに終わらせる必要があるのだ。

「ベアは毛皮と爪、あと胆が売れる。肉も食えるが今回は俺たちが食う分だけだ」

サザキは説明を聞きながら次々渡されるそれらを纏めていく。解体くらいは手伝おうとサザキは申し出たのだが、時間がかかるうえに価値が下がるからと今の役目を言われた。

「そしてこれが、魔石だ」

スドーンがベアの心臓から取り出したそれは、淡い光を放つ茶色の石だった。


魔石、それは魔物の心臓から取れる魔力を含んだ結晶体を指す。

魔道具の動力として生活に欠かせないため冒険者の主な収入源となっており、またこの魔石のためにダンジョンの近くには必ず大きな町が存在している。

「茶色だから土属性だな」

渡された魔石は触れた感触はただの石と変わりないのに淡い光を発し続けるためとても不思議なものであった。


「さて、これで剥ぎ取りは完了だ」

起き上がったスドーンはそのままサザキの前に来ると、目の前で一回手を叩いた。

いわゆる猫騙しだ。

サザキはその動きが見えていたはずなのにギョッと驚く。

「戦闘に酔ってるな。これから帰り道だ、気持ちを切り替えろ」

サザキは言われてようやく先ほどの戦闘のことばかり考えていてほかがおろそかになっていたことに気が付く。

先ほどの戦闘、あのときの緊張、恐怖、高揚・・・すべてが混ざって体の中を駆け巡っていた。

確かに酔っている。そしてアドレナリンが出ているのだろう、この酔いはとても気持ちいいものだった。

この注意力が散漫した状態でダンジョンを歩くのはかなり危険なことだった。


しかし、その酔いは戻ってきたジグの言葉で冷まされる事になる。

「冒険者が襲われていた」


殺戮、藪の向こうを確認したとき熊を殺した時には感じなかったその言葉が思い浮かんだ。

冒険者は3人、どれも腹は食い荒らされ直視に絶えない。スドーンたちは慣れた様子であたりに散った荷物を集めていく。


手伝わないといけない、義務感だけで落ちていた荷物を拾おうとして、手を触れたところでのど元のそれを抑えきれなくなった。

木陰に走り胃の中身を吐き出していく。

もともと量を入れてなかったこともあり胃の中身はあっという間に空っぽになった。

それでもえずきは収まらず、もう一度あの惨状を見れるとは思えない。


気分を紛らわそうと漠然とあたりに視線を漂わす。

それでもやはり遺留品などを探していたのかもしれない。

地面に広がったそれが目に留まった。

最初は植物かと思ったが、やけに気になり近づいていく。

髪の毛であった。

4人目の犠牲者。とっさにスドーンたちを呼ぼうとして、そして止める。

今スドーンたちは離脱したサザキに何か言うことも無く向こうで後始末をしている。それなのに何もしていないサザキがこっちにも居たので頼みますとは言えなかったし、言いたくも無かった。


冒険者としてこれは必要になることだ、そう決心して奥へ進むと窪みにはまるようにして少女が死んでいた。

幸いスプラッタな映像では無かったが眠っているような少女の様子はまた別の辛さがある。

手を伸ばしたのは無意識だった。

触れた頬にはまだぬくもりが残っていた。

そして呼吸に合わせて上下する胸。

あわてて少女に触れていく。

脈がある。

呼吸をしている。

まだ生きている。

サザキは転がり出るように木陰から這い出し声を張り上げた。

「こっちにまだ生きてる人が居ます」



「素材の配分などは明日行おう。今日はもう休みたいだろ」

ようやく戻ってきたドイルズレイドのギルドでスドーンはサザキを見ながら言った。

「ええ、もう今すぐ倒れ込みたいです」

「じゃあ明日の朝、改めてここに集合だ」

それを聞くとすぐにギルドの受付に声を掛けて今晩の宿泊費を払うとそのまま大部屋に向かい所定の位置に倒れ込むように横になった。

顔見知りの何人かが声を掛けてくれたが、ろくに返事も出来なかった。


ダンジョンから出た後キャンプ場で一晩過ごしたとはいえそれで疲れなど取れるはずもなく、体力がすでに限界を超えていた。

それでも横になると体が高ぶっているのか眠れない。

そして思い浮かぶのは生き残った少女の事だ。

ナルと名乗った少女はパーティの全滅を知り驚きはしたが、その後は淡々と遺留品を回収し帰還の間もモモノに付き従うように黙って後ろをついて回っていた。


初めて直面した冒険者の死。

スドーンたちが熊を圧倒したことで忘れていたが、あの時サザキは最初の雄叫びで足が震え、立っていることすらままならなかったのだ。

力も知識も経験も、そして覚悟もどれも全く足りていない。

それが今回のダンジョンでサザキが痛感したことであった。


翌朝はモモノに頭を蹴られて目が覚めた。

「いつまで寝てんの」

寝ぼけた頭で返事だけはする。

「おはようございます」

蹴られた拍子に頭を床でぶつけた。

なんだかモモノのせいでよく頭をぶつけている気がした。

「もうみんな集まってるから。すぐに来なさい」

そう言ってさっさと部屋から出ていってしまった。

あわてて追いかけようとして、しかし昨日より悪化した筋肉痛で起き上がれず再び頭を床にぶつけるのであった。


素材などの配分を行うために借りられるギルドの一室にサザキ、スドーンたちパーティ、そして助けた少女ナルが集まっていた。

筋肉痛でひょこひょことおかしな歩き方をするサザキをモモノがひとしきり笑った後、今回の戦利品の分配が始まる。

「まず今回の成果からだ」

スドーンが切り出す。

すでに机の上には持って帰ってきたものが並べてある。

「各種木の実が14個、薬草類が6束、小物の皮や素材がいくつか、そしてベアの腕4本と毛皮に胆、これは大型だったからかなりの値がつくだろう。あとは魔石だ」

やはり熊の素材が圧巻であった。毛皮だけでほかのすべての品より大きい。

「ざっと計算だが木の実が銅貨5枚、薬草が銅貨8枚、小物の素材が銀銭5枚、熊の素材が毛皮が銀貨1枚、あとのが銀銭8枚、魔石が銀銭8枚ってとこかな」

ジグとモモノもその程度と読んだようでスドーンにうなずき返す。

「だとすると、一人頭・・・」

「僕らが銀銭9枚銅貨2枚、サザキが銀銭4枚銅貨6枚だね」

スドーンの後をジグが継ぐ。サザキの報酬はスドーンたちの半分と事前に決めていた。それでも普段の稼ぎの数倍の金額である。

「なにかほしいものある奴いるか?」

「わたしは無し」

「僕は胆がほしい。煎じて薬にしたい」

「俺も大丈夫です」

モモノ、ジグ、サザキが順に答える。

欲を言うなら装備のために毛皮がほしかったのだが、サザキの取り分では手が出ないので諦めるしかなかった。


「さて、それじゃあ次だが」

スドーンの言葉に、みんなの視線がナルへと注がれる。

「あ、あの、遺品に関しては皆さんで分けてください。助けてもらっただけで十分なので」

その視線から逃れるようにナルが頭を下げる。

「そうはいかない。あんたも冒険者なら冒険者同士のルールは知っているだろ」

冒険者同士での遺品の扱いは、生き残りのPTがいる場合には助けた側が半分、残った側が残りの半分を、PTが全滅していた場合には遺族に送る遺品を除いてすべてもらうのが通例だ。

「でも」

「これは冒険者が互いのために定めたルールだ。例外を設けるのは俺たちのためにもならない」

「わかりました。お任せします」

それでもどもるナルにスドーンがきつめに言うとそれ以上は何も言わなかった。


「遺品に関してだが、駆け出しが持つようなもので正直俺たちがほしいものは無い」

持ち帰れた遺品は貴重品を入れた小さな袋が三人分、魔石がいくつか、無事だった装備の鉄剣と皮張りの盾、そして3人のうちの誰かのものであろう荷物の詰まった装備一式。

装備としてはなんとか最低限ダンジョンに潜れる程度のものであり、スドーンたちが望むようなものは無かった。

典型的なルーキーのパーティだが、実力の無いルーキーならばこそ装備は充実させる必要があると昨日スドーンは憤っていた。


「そこでだ、俺たちは魔石をもらう。サザキには剣と盾、あと装備一式を。あとはあんたの分でどうだ?」

自分に割り振られると思っていなかったサザキが驚くと、もともとお前のために回収したと返された。

「あの、いいんですか?」

一番価値のある貴重品袋を手つかずで渡すというスドーンに途惑った様子でナルが訊ねてくる。

「かまわん。ルーキーにたかるほど落ちぶれちゃいない」

それに、とスドーンは続ける。

「遺品の整理にも金はかかる」

「整理・・・」

「同郷の出身なんだろ」

「・・・はい」

「なら形見になる物くらい送ってやれ」

心ここにあらずといった様子で話していたナルだったが、その一言で涙を浮かべ嗚咽をもらすのであった。

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