3.4時間目 家庭科
「はいはい、授業を始めるよ〜」
うるさい教室内で、家庭科教師の金沢の手がパンパンと鳴る。
「今日はスポンジケーキを焼いてもらいま〜す」
男のフリルエプロン姿に、何人かは笑い、何人かは携帯電話で写真を撮ろうとしていた。
「ちょ、やめろ。事務所を通せ!マネージャーを通せ!」
金沢は顔の前で手を振り、写真を撮られることを妨害する。
「なんだよ事務所って」
「彼女もいないくせにマネージャーなんかいるわけねーじゃん」
「あーもう、うるさい!うるさい!エプロン忘れたやつは割烹着を着ることになるかんな!」
「やっべ、俺エプロン忘れた」
「吉田の割烹着姿とか渋いわ」
「金沢っちならまだしも、吉田の割烹着姿は誰得だよ」
今日も騒がしい。そして、彼女がいないと指摘されることも納得がいかない。
金沢は、苛立ちを隠すように眼鏡を押し上げ、一通りスポンジケーキのレシピを説明する。
「先生ぇ〜」
「なんだ」
「作ったケーキは、向かいの女子校の生徒にあげてもいいですか〜」
「お前が作るケーキをもらうやつがいるのか」
「あやちゃんが!」
「誰だよ、あやちゃん。ちなみにダメな。食中毒とかあるからな。作ったらすぐこの家庭科室で食べること!」
「男同士でケーキってなんか切ねぇよな」
「あやちゃんと食いたいわ〜」
「だったら俺みゆきちゃんと〜」
「だから誰だよ、みゆきちゃん。お前らあんまりうるさいと成績悪くすっぞ〜」
「ま、まひ勘弁っすはぁ〜」
「高橋のグループはイチゴつまみ食いしてんなよ!成績悪くすっぞ〜」
そんなこんなで、調理を開始したがやはり男しかいない家庭科室。すぐに汚れていく。
「はぁ?湯煎とかめんどくっさ!」
「砂糖うめぇ」
「生クリームまっず」
こいつら好き勝手しすぎだろ。
生クリーム直接舐めてんじゃねーよ!
俺はもう知らん!とばかりに金沢は見回りを続ける。
「おー石田の班はいい感じだな!生地がもったりしてきている!」
「先生、うまくできたら成績上げてね!」
「おーう、吉田の割烹着も似合ってるしこの班はなかなかいいぞ!」
「金沢っちー」
「おーう、なんだぁ。高橋ぃ」
「缶詰の汁飲んでいいっスか?」
「別にいいが、人間としての尊厳的な何かを失うことになるぞ〜」
「「一気!一気!!」」
「お前ら、高橋の尊厳はどうでもいいのな!」
「ぷっは!桃缶の汁最高!」
「お前もさわやかに飲み干すのな!」
結局全グループが生地を混ぜただけで1時間分の授業が潰れてしまった。いつもそうだ、こいつらは好き勝手やって。次の時間は食べる時間も入っているとわかっているのかちくしょー!
また眼鏡を押し上げ、金沢は周りを見渡す。
「てか男子校なのになんで家庭科だよ〜」
「逆に女子校の子からもらいてぇわ〜」
「はいそこ妄想しない!吉田の班を見習えー!吉田が割烹着姿でもはやデコレーションしてっぞ〜」
「吉田、昭和のお母さんみたい!」「よっ!吉田!!」
こうして8グループのケーキが出来上がった。
こいつらは意外と器用な質らしく、野郎が作ったとは思えない可愛らしいケーキだ。
「おい、俺らのグループだけ真っ白だよ!」
「それはお前らがイチゴをつまみ食いしたからだぞ〜」
「あ、金沢っちにお願いがある!」
「成績悪くすっぞ〜」
「ちょ、待ってってば」
いつもとは違い、困ったように笑いながら手を合わせる男子高校生の集団に圧倒されながらも、金沢も満面の笑みを浮かべて眼鏡を押し上げ承諾した。