1時間目 現代文
遠くから、綺麗な黒髪を揺らしながら目鼻立ちのはっきりした美人が歩いてくる。
「くるぞ、くるぞ」
このクラス1番の問題児の高橋と、高橋とよくつるんでいる図体のでかい吉田が廊下を覗き、美人の姿を確認してにやける。
他のクラスメイトも、ざわつきながら教科書を揃える者や、高橋や吉田に笑いながら野次を飛ばす者もいた。
ドンっと一際大きな音を立てて、美人が教室に入ってきた瞬間に始業のチャイムが鳴り響く。
「てめぇら、今日は何もイタズラしてねぇだろうな?」
教室内は一気に凍りつき、いつもうるさい生徒達は無言で何度も首を縦に振った。
国語教師の牛崎は、誰もが振り返るほどの美人だがいかんせん口が悪かった。
新任の時に、若くて美人な牛崎を驚かせてやろうと高橋と吉田がお馴染みの黒板消しトラップを作り、見事に牛崎が引っ掛かってしまったのが運の尽きであった。
それからこのクラスの授業の時だけは牛崎の化けの皮が剥がれる。
「はい、今日は達筆で手紙を書く。それだけ」
牛崎は、誰かの呼吸の音か、シャープペンシルを走らせる音しか響かない教室内を見回す。
もはや蛇に睨まれた蛙状態の生徒達は、牛崎に配られたプリントを見てどうやら【大切な人へ送る手紙を書く】ことが本日の授業内容だと理解した。
「汚い字の奴は腹パンするから」
笑顔でシャドーをするふりをして、牛崎はご満悦の様子だった。
わからない。
彼女のシャドーを受けた者が、このクラスにいないからわからないけれど、絶対に泡を吹いて倒れるんだろうなと全員が思った。
「先生」
姿勢を正して挙手したのは、クラスで1番地味な早坂だ。
こいつは、休み時間に常に何かの小説を読んでいるが正直自分と趣味が合うと思うし、国語の成績も優秀だからひそかに気に入っている。
「なに?」
「僕は頑張って丁寧に書いているつもりなのですが、漢字のバランスがうまく取れなくて…変じゃないか見ていただけますか?」
早坂は、ズボンをギュッと握ってこちらを見る。
早坂に限ってイタズラしてくるなんてことはないだろうが、そんなに怖がらなくてもいいのに。
牛崎はすっと移動して、早坂の手紙の文章を見る。
「へぇ…早坂はこの人に手紙書くんだ」
「意外ですか?」
「両親とかに書いてそうなイメージだったわ」
早坂の文章や文字を添削し、他の学生の文章や文字も見て回るとあることに気づいた。
「お前ら、みんな早坂と同じ人に手紙書いてんの?」
意外に書道部だという達筆な吉田の書いた手紙を読みながら聞くと
「先生、あのね…」
吉田からの訳を聞き、「なるほど」と一人つぶやいて牛崎は生徒全員分の手紙が入るように封筒を作成し始めた。
『教師生活で初めてこんなにワクワクしている』と思い自然と笑みがこぼれたが、生徒達はチャイムが鳴るまでただただその綺麗な顔をぼんやり眺めて過ごしていた。