プロローグ
爽やかな朝の空気とは裏腹に、今日も2年E組はうるさい。
担任の星野は、おどおどしながら連絡事項を伝え、全員に朝読書をするように促す。
「ナルヒかんわいい〜」
「高橋くん、読書中は静かにね」
「大丈夫!ほっしーも可愛いよ!」
「僕は可愛くないから!いいからナルヒの続きを静かに読んでね!」
「可愛いのにー」
星野は、元々人前で話すことが苦手な人間だ。
そんな常におどおどしていて華奢な20代の若い教師に、このクラスの生徒達は完全に気を緩めていた。
「あっ、小原くんが黒板綺麗にしてくれたの?」
「はい」
「ありがとう」
「やっぱナルヒよりほっしーのが笑顔可愛い!」
高橋は、星野のことを毎日こうしておちょくるが星野は赤面するだけで何も言い返せない。人から褒められることが苦手なのだ。
今時のモンペや上からの重圧の中、星野は精一杯クラス全員の意見を聞くこと、自分から話しかけることを続けた。
その甲斐あってか、この濃いメンバーのいるクラス全体は和やかな雰囲気でいじめなんか一切ないし、生徒達はそれを星野のおかげであることも十分承知していた。
なのに、星野は極端に自分に自信がないのだ。
主に高橋やクラス委員長の早坂が感謝の意を述べても、赤面して「ありがとう…」と自信なさげに呟くだけ。
いつしか【どうしたら星野に自信を持ってもらえるのか】、がこのクラスのテーマになっていた。
まず、なぜこんなに星野は自信がないかと言えば自分の兄がとても優秀で、いつも比べられていたからだ。
兄は優しくしてくれたが、それも親は「こんな出来損ないにも優しいなんて!」という言い方をするので、いつしか兄を避けるようになった。
そして、高校入学と同時に一人暮らしを始め、自分も一人で何でもできるということを証明してやろう、親を見返してやろうと勉学に励み、様々な資格を取得した。
それでも親は「そんなのが何の役に立つ?」としか言わない。
何が足りない?僕はただ、認められたい。褒められたい。愛されたいだけなのに。
星野は、胸が握り潰されているような痛みの中『努力だけじゃ人から愛されない』ということを悟ったのだった。