ベンさん 3
ここは二階建ての廃屋。廃屋とはいえ建物の中なので砂漠の気候は関係ない。気温はさすがに高いが。そして、廃屋の割りに物がかなり置かれているので遮蔽物にも困らない。相手は三十代くらいの大柄な男。カシやんと同じくらいか。ベンさんは二階で十八歳前後の少女(電脳人)と交戦中だ。こちらは優ぐらいで、私より年下。電脳人と人間の違いは赤目。逆に言えばそれだけではある。で、今まで散々撃ち合っていたわけだが、その遮蔽物のおかげというべきかお互い一発も当たっていない。今は遮蔽物を盾に様子見だ。お互い位置はわかっている。おそらく次ぎで決まるだろう。
リー「おまえ、手抜いてるだろ」
桜「失礼な奴だな、本気で生け捕りにしているところだ」
リー「麻酔弾の最先端は相手の近くで弾を破裂させるだけだが、ちゃんと訓練していれば効かない。裏があると思って避けていたが、このままあっけなく死ぬ気か?」
桜「そう思って今、衝撃弾に変えたところだ」
リー「ジジィも変なの連れて来たな。俺はあいつに見せ付けたいわけだ、後悔なんてしてないってな。さすがに恥ずかしいな。と、いうことだ。二度は言わない、これで理解できないならさっさと死んどけ」
桜「安心しろ。むしろ非常によく理解した」
ユイ『やはりこちらの方がしっくりくるようね』
桜「柄じゃないということか」
ユイ『そうね』
桜「はっきり言うな」
遮蔽物から飛び出す。武器はもちろんユイ。相手も同じタイミングだ。相手の武器は両手持ちの銃剣。従来の物ではなく、機械でできたごついやつだ。大きさも二回りくらい違う。
桜「フリーダム」
ちなみに、私の決め台詞と言うか口癖みたいなものだ。実は掃除屋の名前の由来はこれだったり。自由、実にいい言葉だ。私の柄にも合う。
真正面から走り出す。当然、弾が飛んでくる。マシンガンばりの連射性。弾幕に飲み込まれば終わりだ。が、このくらいは誰でも対処可能だ。シールドボム(通称:盾爆)。これは量産型の凡庸兵器だ。この世界では常識の部類に入る。文字通り、瞬時に爆発し壁を張る。耐久力はあまりないが、無限精製のお陰でこのくらいの弾幕なら十分防ぐことが可能だ。盾爆を何発も投げつけ弾幕を防ぎ距離を詰める。
射程圏。ユイのではない。それならとっくに入っている。銃剣の剣のだ。先に述べた通り。盾の耐久度はそれ程高くない。遠距離は防ぐことができても、近距離はほぼ無理だ。遠距離は大抵一発で終わるので一度防げば終わりだが、近距離は持続する。耐久度とはそういうことになる。つまりわざと喰らいに行った。私の伝家の宝刀。初見は確実に驚く。その隙を狙うわけだ。
リーの銃剣が斜めに振り下ろされる。銃剣とはいえ、刃の大きさ、銃の大きさを見れば大剣と言っていいだろう。この重さなら一秒も盾は持たない。予想通り、数秒も掛からないまま銃剣は振り切られる。体に致命傷が刻まれる。いや、もう一度死んだか。その証拠に傷はもうない。そう、復活したのだ。復活時は健全な体に戻る。相手が大物の武器、斬られている途中に死んだお陰でタイミングはバッチリ。相手の急所に弾を撃ち込む。無論、相手の方は即死だ。
桜「これがリアル笑って死ぬってやつか」
文字通り、リーは笑って仰向けに大の字で倒れる。
ユイ『あなたも同類なわけだけど、どうかしら?こういうの』
桜「今はこれじゃ満足できないな」
ユイ『まさか、そんな台詞を聞く日がくるとはね』
桜「単純に一つのことだけで燃え尽きるのはつまらないからな。この台詞、ちょっとは人間っぽいか?
ユイ『少なくとも、人形ぽくはないわね』
廃屋二階。ここは一階とは違い、物は何も置かれていない。遮蔽物のない狭い空間での銃の撃ち合い。俺も相手のソンファも早撃ち系だ。早撃ち、この場合は銃口をすばやく動かし常に相手を捉えることを差す。盾爆の範囲は悪まで平面。回り込まれたら終わりだ。逆に言えば回り込む必要があるので、動きながら撃つことになる。お互い常に動いているのでかなり捉えずらい。そろそろバテてきた頃だ。
ソンファ「ったく、元気なジジィだな」
ベン「一応、褒め言葉にしておこう」
二人同時に足を止める。
ソンファ「死ぬ前に一つ言っておいてやるよ」
ベン「……」
ソンファ「そう、その顔だ。同情してます、みたいな顔してんじゃねぇぞ」
時は少し遡り廃屋一階。その入り口を吹き飛ばして、一つの機械でできた球体が飛んできた。サイズは人一人分以上二人分以下。球体は地面を転がりながら、ちょうど桜とリーの間で止まった。
桜「すげー、どこのSFだよ」
ユイ『シオンの人間大砲ね』
桜「ああ、懐かしいな。初期はまさかの生身だったやつか」
ユイ『いくら不死身でもあれはなかったわね』
球体の扉が開き、中から優が出て来た。
優「その時じゃなくてよかったよ」
桜「ちなみにベンさんは取り込み中だ」
優「で、ここで手持ち無沙汰か」
桜「一応、定番だろ?理想としては、この後傷だらけでベンさんが帰って来るわけだ」
優「面白いか?」
桜「つまらん。最悪死なれたら目覚めも悪そうだ」
優「決まりだな」
バズーカを出現させる。弾はグレネード。散弾するので壁を通せば大した威力は出ない。二人の位置はこの距離なら丸分かりだ。気配とかではなく、電脳人が持っているレーダー能力だ。電脳人は電脳粒子があれば漫画みたいに一定の距離なら相手の位置を知ることができる。電脳粒子との感応性が高いからだそうだ。そしてこの世界に電脳粒子がない場所はない。電脳粒子、電脳世界、コンピュータの世界。そう考えれば、特別不思議パワーでもない。そうなると、電脳人でない俺がその能力を使える方が不思議だが、そこは『蛇』の技術の賜物だ。ついでに言うと、同じ人間だしな。ちなみに、電脳人は昔宇宙に出てこの星に帰ってきた者達のこと。今じゃ宇宙人扱いだが、普通に人間だ。
優「自論はいろいろあるだろうが、全員バカみたいに定番通りというのもな」
桜「ふむ、それは確かに」
優「それが常に正しいとも限らないしな。真似る必要はない。有り体に言えば、自分らしくということだ。卑屈になって無理に変な殺人鬼を演じる必要も、真似して自分を殺す必要もない」
桜「中々そうはいかないらしいぞ」
優「そうでもない。要は気持ちの持ちようだ。そもそも、こういうこと自体考えたこともないだろ?まあ、そういうことだ。発想がないのに行動できるわけないしな」
桜「確かに、何も考えずに世間一般の常識というだけで行動していた節はある。私も考えるとしよう。このまま人形で終わる気はないしな」
ユイ『そうね、よく言ったわ』
その時、少女の叫び声が廃屋に響く。
優「じゃ、盛り上がっているところに茶々入れるとするか」
バズーカを撃つ。天井が崩れ、ベンさんとソンファが降ってきた。二人共、無事着地。しばらく呆気にとられた後、ソンファは横に目を遣る。そこにあるのはリーの死体。死体なのでもう顔には笑みはないが、なんとなく雰囲気はわかる。
ソンファ「あー、アホらし」
ソンファはそのまま仰向けに倒れる。戦闘は終了したようだ。
ベン「確かに、おまえの言う通り誤認があったようだ」
ソンファ「おまえはただのきっかけだ。この道を選んだのは自分の意志。少なくとも、私とリーはな」
ベン「少し図々しかったか。しかも殺す気満々。手に負えない馬鹿だな」
ソンファ「さらにジジィも忘れてるぞ」
ベン「いい歳こいてか。とはいえ、あいつとはケリをつける必要がある。ここはシンプルに直接対決といくか。何だかんだで、逃げていたのかもしれん。それこそ、いい歳こいてな」
ソンファ「しゃーない、付き合ってやるよ」
ベン「そうか、よろしく頼む」