抑止解放 2
エデン門前。そのエデン側。
春「さ、さすがにすごいですね」
一時的に門前の人気はひいたが、今再び群集が押し寄せている。現状、二つのグループに分かれているので初めよりは緩和されている(門の大きさは人一人分、それも引き伸ばしの要員になっている)が、時間の問題なのは変わらなそうだ。ちなみに、この情報はエタからの物だ。
カイン「すまない。やはり俺には無理なようだ」
春「私もですけど、お互い引き篭もり過ぎたみたいですね。この辺りで幕を引きましょう」
カイン「そうだな」
カインは解き放たれたように勢い良く走り出す。実際、解き放たれたのだろう。すべてのしがらみを無視し、カインは門を開け放つ。
しばらくしてやって来たのは優、桜、蓮、那綱だ。
桜「とりあえず、無限人格強制プログラム製造装置が格納されているキューブ」
を手渡された。
春「シオンちゃんは?」
桜「絶賛グロッキー中だ」
春「それは、仕方ないですね」
那綱「それよりカインがめっちゃはっちゃけてるんですけど、はは、ウケるかボケ」
蓮「じゃ、止めに行かないとね」
那綱「おう」
蓮と那綱は開け放たれたままの門へと向って行く。二人は私たちよりも以前からカインとエレクレインの知り合いらしい。ちょうど入れ替わりだったとか。一般の社会へ武者修行、ということでエデンに滞在していたようだ。用意された両親は霊子体で一般的な思考がプログラムされた物。いわゆるロボットみたいなものだ。漫画などでよくある「心を持った」ということはなく、どちらかというとアドベンチャーゲームのキャラのようにこの選択肢を選べばこうなる、そういう物だ。
優「そんなオチだったのか。ゼウスの奴、嵌めやがったな。結局、殺しはしていなくて両親を殺してしまうというシュミレーション結果があれやこれやになった、という話になるわけだな。まあ、それも抑止解放であの通りだからな。もう俺の出る幕もなさそうだ」
春「地の文って心の声だと思うんですよね」
桜「テヘペロ」
優「うわー、リアルで使われるとうざいな」
春「もういろいろめちゃくちゃです」
もう門前に人気はない。その代わりにあるのは、一面の死体の山とそこに佇むカインだ。遠巻きに様子を窺うだけで、残りの仲間はこちらに来る気配もない。
カイン「少し不利になればこの有様だ。このまま放っておけばエデンの中はどうなっていただろうな」
蓮「目も当てられない状態になっていた、と僕も思うよ」
カイン「知っているか?そういう奴を下衆と呼ぶんだ。それでいて世界の大半はそういう奴で成り立っている。もはや被害者の方も悲劇のヒロイン気取りだ。認めているどころか、求めていると言ってもいいかもしれないな。そうなると、その下衆は一体誰が処分すればいい?」
蓮「それでも僕は母さんの意志を継いでいけば、母さんの目指した世界を見ることができると信じているよ」
ちなみに、母さんとはエレクレインのことだ。さすがに僕も那綱もエレクレインから生まれたわけではないが、赤ん坊の頃から育ててもらった。カインはその途中でやって来た。それでも物心つく前のことなので、カインとの付き合いも長い。
カイン「おめでたい話だ」
蓮「そうでもないよ。意志はほとんど持っていないからね。幸いにも遺伝子レベルで母さんの言う『優しい心』というのは組み込まれている。それを利用すればいい。別に不思議パワーはいらないはずだよ」
那綱「さすが兄様、素敵」
カイン「新興宗教でも創る気か?」
カインは先までとは一変、呆れたように僕にそう言った。よく母さんともそんな風に話していた。そんなかけがえのない人を理不尽に奪ったこの世界、誰が何と言おうと許せるものではないだろう。こういう場合、「復讐は何も生まない」が決まり文句だろうが、それは奪った側の都合でしかない。当然の報いとまでは言わないが、カインを責めるのは論外だ。
蓮「それもいいかもしれないな」
電脳印から剣を練成する。この電脳印は抑止解放で現われたものだ。今まで知らなかったが、電脳人と同じで先天性があるらしい。しかもまさかの自然発生。ちなみに、那綱にも同じ現象が起こった。とはいえ、抑止解放が起こったからそうなったのではなく、悪まできっかけになっただけだ。データは優から簡単なものだけ貰った。
那綱「私は一生兄様について行く。重荷を背負うがいい」
蓮「それは中々大変そうだ」
とりあえず状況としては、カイン、蓮、那綱の戦闘を眺めている俺、桜、春、今のところ台詞のないユイ。ちなみに、門は開けっ放しだ。
優「抑止解放効果すごいな」
春「いいことばかりではないですけどね」
優「カインのことか?」
春「いえ、あれは素です」
優「となるとそっちか、確かにえげつないな。『蛇』の狙いもどちらかというとそっちなんだろうな」
桜「世知辛い話だ。人畜無害、平々凡々の一般人が一番の敵とは」
春「まあ、そういう話はもういいでしょう。元々そういう世界だった。だから今それを変える。それだけの話です。中途半端に優しさが入っているのも、どちらかというとメリットですし、意志が弱いのもいっそメリットですね。こうなったら変えてくださいと言っているようなものですよ」
桜「えらく明るくなったものだ」
春「半分はあなたですから」
桜「じゃ、戻るとするか、その半分として」
桜は春が引き摺るように逆手で持っている大剣のユイに目を遣る。
桜「後は任せた、ってどう思う?」
ユイ『自分でやれクズ野朗って思うわ』
桜「相変わらず手厳しいな」
春「それ以前に、残念ながらこのまま綺麗に終わることはないですけどね」
桜「そうなのか?」
春「そこは秘密です。とりあえず今はご苦労様でした、と言わせてもらいます」
桜「おう、じゃあ、頑張れ」
春「そうですね。引き篭もりも疲れました。カインもずっと塞ぎ込んでたし」
桜「はは、それは悲惨だな」
桜は文字通り消えた。春の中に戻っていったということだろう。




