距離感
『兎と虎』を読んで下さった方が予想以上に多く驚きました。
そして、このページを覗きに来て下さった貴方に感謝です。
二人の追いかけっこを楽しんで頂けたら嬉しいです。
昔より小さくなった兎は俺の腕の中にすっぽりと収まっている。
今まで感じてきた焦りの代りに急くような気持ちは収まりそうにないが。
捕まえていないとどこかへ行ってしまうに違いないのだから当然だ。
「虎、」
いつだってそう。
――それは、おねぇちゃんの延長線でしょ?と言って。
すぐに高い壁を残して行ってしまうのだ。
「ずっと側に居る」
だから、壁を作る暇も与えない。
身動ぎした彼女に確かな記憶があることが分かる。
あの頃の彼女は、それが幼い執着だと思っていたに違いない。
「姉弟じゃずっと側にはいられない」
既にあの頃からそんなことは知っていた。
一つ一つの言葉にうろたえる小動物を眼に映しながら、誰とも知らない男にぶつける。
『コイツの中にいるのはお前だけじゃない』
眼を泳がす兎の手を包んだその手はそのままに反対の手を兎の頬に添え、視線を外せないようにする。
「もう、逃がさない」
覚悟しとけ、と一言残し、閉められたドアを見つめる。
「何が、起こったの」
災害の被害と同じ感じだ。
どうして、こうも突然な上に重なるのか。
帰宅途中に今の出来事、ひとつでも頭を抱えていたのに。
思い出すだけで溜息が出る。
「考えて欲しい」
そう言われて振り返れば手を取られた。
真っ直ぐな黒い瞳が薄れ、薄茶色に背が少し低くなって弟と思っていた虎に変わる。
そのあとに、決まって。
『捕まえた』
そこで、眼が覚める。
「また、うつらうつらしちゃって」
肩を掴んだ友人は笑う。
「もう何回目よ?」
居眠りしている間に講義は終わってしまったらしい。
「そんなの、数えてないわよ」
ここ数日この調子だ。
二日に一度は押し掛けてきていた虎の足音はぱたりと途絶えた。
とても近いと感じていた小さな頃、違う人のように変わって、遠退いても、それでも弟の様で。
それなら、今の虎は、どうなる?
夢で見る程遠退いたということだろうか。
「変わってしまった、貴方は誰…?」
受け入れがたい現実。
男っ気の無い兎が男と二人並んで歩いているのを見かけた。
いつも繋いでいた手は俺だった。
それが、崩れかけている。
壁を作られる度、遠退く。
測れない距離を駆けて、捕まえなくちゃ、ならない。
誘われるがまま、その手が誰かの手を取る前に。
最後までお読み頂きありがとうございます。
平安時代には、夢の中に好きな人が出てくるのは「相手も自分のことを想ってくれている」という証しだと考えられていたそうです。
両想いかどうかは知りませんが(笑)
そして、兎の例えは的を射ています。
虎の告白は二次災害なのです……。