推測
「……兎?」
呟いた名前とひんやりとした感触が意識を覚醒させる。
「うーちゃんじゃなくて残念でした」
舌打ちするのを寸前で止めて、起き上がる。
「帰って来たのか」
スーツ姿と言うことは帰宅直後。
目に優しくない口紅が引かれたそれは端を吊り上げて、綺麗な孤を作り上げる。
「後数秒早く起きたら、此処に居たのは愛しのうーちゃんだったのにねぇ?」
にやにやと笑うその目はからかいたくて堪らないと雄弁に語る。
こうなっては下手に口を開くのは命取りだ。
貝になるのが無難だろう。
「で、何をやらかしたの?」
ここ数日息子の様子が変なのは気付いていた。
てっきり、日付を超えて帰ってきたということで兎ちゃんに絞られたのだろうと思っていたのだけど。
どうやら違ったようだ。
勘ではあるが彼女絡みであるのは間違いない。
この子が動揺するのなんてソレくらいだもの。
言い換えれば、からかって遊べるのもソレしかない。
男の子の初恋は母親だと言われるが、ウチは規格外らしく、昔からそんな話が息子から出たことは無い。
かといって面白くないかと言えばそうでもなかったりする。
生まれた時から幼馴染に一筋、なんてドラマみたいでロマンチックではないか。
撮り溜めた二人の記録を見るのが老後の楽しみだったりするので、息子をそれなりに応援している。
最近の行動から何か変化を嗅ぎとってはいたものの、あの日以来不穏な空気が漂う。
気を利かせて、二人を引き合わせたというのにこの状況。
「何で俺のせいな訳」
口を噤んでいた癖に、触れられたら黙ってはいられない。
青春ねぇ。
「あの日、どこ行ってたの?」
「関係無い」
母さんには関係無い。
が、兎の様子がおかしくなったのはあの日を境にしてだ。
正直、お手上げ状態でもある。
「夜遊びじゃないわよね」
最近、兎ちゃんと帰って来てたじゃない?
その言葉に、悪寒が走る。
どっから見てんだよ!!
「アンタが兎ちゃんを蹴ってまでそんなことする筈ないのは母さんが一番知っていることだもの」
理解じゃなく、知っていると言いきる所がさらに恐ろしい。
「出掛けたのは22時で帰って来たのは0時過ぎ、2時間もどこに居たのかしら。よく、合流できたと思わない?」
確かに、2時間と言う空白はおかしい。
合流できたのも偶然と決めつけるには引っかかりがある。
兎は駅前に座り込んでいた。
その場で待つという行為には確信が伴うものだろう。
つまり、兎は俺があの道を通ると確信していたことになる。
しかもいつも下車して使う西口では無く通り抜けができる南口にいたことから電車を使っていないことを知っていたことになる。
辿り着く答えはただ一つ。
「……見ていた、のか?」