久しぶり
「何か、あったでしょ」
「何も」
お得意のポーカーフェイスに少したじろいだようだ。
「アタシには言いたくないこと?」
何かあったのは決定事項らしい。
全く、その洞察力はどうにかならないだろうか。
「誰にも言いたくないことよ」
そう、誰にも。
渦中の虎には当然のこと、それに繋がる両親は絶対駄目。
虎が気に入らない志保も当然論外である。
「それ、虎くん絡みね?」
図星でしょ、と言って笑う彼女の中に数日前までの不機嫌さは無かった。
「……アンタこそ何かあったんじゃない?」
「思うところあって意地を張るのはやめようって思っただけよ」
「ふーん?それありえないと思うんだけど?見間違いじゃなくて?」
「アタシが虎を見間違える方がありえないわ」
その自信はどこから来るの、という言葉に確かに、とは思う。
人混みの中だったし、勘違いだったのだろうか?
「その様子じゃ妄想の彼女に遠慮して虎君のこと避けてんじゃないの?」
ソレも図星。一週間、避け続けている。
「そのままじゃ、嫌なんでしょ?」
笑う友人は以前言っていたように背中を押してくれるらしい。
「兎ちゃん!ちょうど良いところに来てくれたわー」
チャイムを押そうとしたところで虎の母、千鳥さんが玄関から出て来たのだ。
「お仕事、ですか?」
仕事専用の大きな鞄が目に入る。
「そうなのよー、急なものだからどうしようかと思ってたんだけど」
「季節の変わり目だからなぁ……」
聞いたところ熱を出して寝込んでいるらしい。
勝手知ったる人の家、階段をなるべく音を立てずに上っていく。
小さくノックすると、ガチャリと鍵の外れる音がする。
「子供じゃねぇんだから、ほっといて仕事行けって……兎?」
「千鳥さんなら、仕事に言ったわよ」
額に張り付いた髪の毛を避けて手をあてる。
「言ってた通り」
結構高めだ。
「さっさとベッドに横になって寝なさい」
数日間挨拶程度しか交わさなかった彼女に寝ぼけているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
替えられたばかりのタオルの冷たさが現実であると教えてくれる。
上ったり下りたりを繰り返す足音に耳をすませた。
「入るわ……寝てなさいって言ったのに」
ドアを内側に引いたら、頭一つ分下に驚いた顔。
「両手ふさがってるだろうと思って」
「調子の良いこと言ってないでベッドに戻る」
両手を塞いだ土鍋に気分が上昇する。
「久しぶりだな」
まともに目を見て話すのも、家に上がるのも、料理を口にするのも。
「そうかな?」