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出会い。

ここは剣と魔法の世界。


魔王と勇者がバチバチと火花を散らし、世界が滅ぶか救われるかの壮大な歴史が刻まれていた。

嵐が吹き荒れる漆黒の魔王城。玉座の間では、勇者が剣を構え、魔王が不敵に笑う。

「勇者よ、よくぞここまで辿り着いた」

「……長かった。だが、これで終わりだ、魔王!」

そんな勇ましいセリフが飛び交う。


だがこの物語は、この様な絶望と希望が渦巻く壮大で壮絶な歴史の一幕とは、ホントにマジで、何の関係も無い。

...じゃあ何の物語なんだという話だ。


では視点をググッと変えてここから数百キロ離れた平和な森の中を覗いてみよう。


そこにはボロ切れを纏い、必死の形相で、土下座を噛ます、1人の男がいた。

額を地面に叩きつけ、血を流し懇願する姿は余りにも見事で芸術的ですらある。


「ヒィィィィィッ!! お待ちください!食べないで! 本当に何でもしますから! 俺、絶対美味しくないですよ! 骨が多いんです!喉に刺さりますよ!」


血と涙を浮かべ「自分を食べないで!」と懇願する男ーーハルは、人生最大のピンチが訪れていた。


目の前には、伝説の『雷光竜』が鎮座していた。

一軒家を丸呑みにできそうな巨体。

青白く明滅する漆黒の鱗からは、バチバチと静電気が放射され、空を覆い隠す広大な翼が揺れるたび、周囲の木々が哀れなほどに薙ぎ倒される。

長い首をしならせ、「ウォォオオオン」と鳴き叫ぶ姿はまさに絶望と呼ぶに相応しい姿だった。


地を揺らし、地獄の底から響く様な唸り声を聞いたハルは「あ、これは死んだ。」と天を仰ぐ。


思えば儚い人生だった。両親の顔も知らず、孤児院を追い出され、生きるためにパンを盗み、捕まっては殴られ、泥水を啜って生きてきた。


大人になってもこんな俺がまともな仕事なんぞ出来るわけもなく、唯一の特技を生かし泥棒稼業で何とか生を繋いで来たものの。

ついにバレて街を追い出され、行く当てもなく森を彷徨い歩いた結果、伝説のドラゴンに鉢合わせてしまったのだ。

一体俺が何をしたというのだ。そこまで悪い事をしたっていうのか。こんな俺が生きる事自体が罪だと言うのならいっそ美味しく頂かれるのも一興か。


自分の人生を反芻し、生を諦めようとした矢先。


『……ふむ』


いつまでも食べられることもなく俺に目を向けて観察するドラゴン様に気づいた。


『そこまでして、我の機嫌を取りたいか。小さな虫よ』


何が何だか分からないが、俺に興味があるらしいドラゴン様は木々に大きな影を落としながら首を近づけてきた。


なんて恐ろしい顔だ。星々を閉じ込めた深い宇宙の様な瞳がハルを捉えて離さない。

だがその瞳から一粒の寂しさの様なものを感じた。信じられないかも知れないが、本当にそう感じたんだ。


...まだ、生きられるかも知れない。

このドラゴン様が俺に興味を持ち、会話を望んでいるのならば、何とかこの場を執りなして生を掴めるかも知れない。


ハルは震える手で懐を探った。最後に残った、街から盗み出した唯一の金目の物――『黄金の蛇王の首飾り』を取り出し、高く掲げる。

「こ、これを差し上げます! 一生懸命盗んだ……じゃなくて、手に入れた宝物なんです! だからどうか、命だけは!」


掲げられた宝を見つめ、伝説のドラゴンはほぅと一息着くと、巨大な顎をハルに向けてゆっくりと下ろした。


食べられると思ったハルは死を確信してキツく目を閉じる。


が、次に響いたのは咀嚼音ではなく、鼻を鳴らすような低い笑い声だった。


『面白い。逃げるのではなく我に語りかけ、更には捧げ物を用意しておったか。貴様、中々に弁えておるな。名を何と言う』


恐る恐る目を開けると、ドラゴンは巨大な尾をパタパタと地面に叩きつけていた。

尾の周りに暴風が巻き起こり、木々が吹っ飛び更地になっている事に目を瞑れば、明らかに……機嫌が良いときの、大型犬の尻尾の動きだった。


「は、ハル……です。人間の街で卑しいコソ泥をやっておりました……」


『ハルか。……我に名を問う者はおらん。貴様、何と呼ぶ』

なんと。ドラゴン様の名前を付けよと。

何だこの展開。一体全体どうすれば。

「え……あ、あの……」

ハルはパニックになったものの、あの星の様な瞳を思い出した。

「ヴェ、ヴェルトラウム……! 広大な世界、というような……お名前を……」

ドラゴンはしばし沈黙し、やがて満足げに唸った。

『ヴェルトラウム。……悪くない。良かろう、ハル。今日から貴様は、我の「癒やし係」だ。貴様のその卑屈な思考と、命乞いの芸を、余が退屈なときに見せてみせよ』


ドラゴンが鼻息を噴き出す。その暴風で体が浮き上がったかと思うと、ハルはドラゴンの鋭い爪の間にふわりと回収された。

「えっ……あの、癒やし係って……ええええ!?」

ドラゴンは優雅に翼を広げ、空へと飛び立った。

突然の上昇に、ハルは「ひょぉぉぉぉ!」と絶叫し、必死に爪にしがみつく。


その光景を、たまたま森を通りがかった商人が木陰から目撃していた。


「……信じられない。あの伝説の雷光竜を従え、雲の合間を駆けているぞ……! まさか、勇者なのか!」


羨望の眼差しを一身に浴びるハル。だがそんな事なんぞつゆ知らず、上空のハルは引きつった笑顔で涙を流していた。


(高い!怖い!今すぐ下ろしてくれ!誰か助けてくれえええええ! )


こうして、世界を揺るがす魔王と勇者の戦いの裏側で、ハルという一人の泥棒と、気まぐれな竜ヴェルトラウムの「地獄の共同生活」が幕を開けたのである。


この話が面白かったら嬉しいです。

次回の更新は6月27日です。


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