第10話 週末の予定。
あのゴールデンウィークの一日以降、萩生紅葉は泊まらなくてもいいから、1時間でいいからと言って、抱きしめ合いながらの同衾を求めてくるようになってしまった。
俺と言えば我慢との戦いで、日曜日なんかの休日はいいが、平日夜に会う時、俺の到着が遅かったり、萩生紅葉の帰宅が早い時に、「少しでも長くいたいので」と言われて先に風呂を済ませられていて、パジャマ姿で同衾を求められるともう大変だ。
普段のジーンズなんかは生地の厚みがありがたい。
パジャマの薄い布越しの、柔らかい萩生紅葉の感触に、何度手を伸ばしてしまおうかと思い、何度手を引っ込めたのかわからない。
今日も布団の中で萩生紅葉の匂いに包まれながら、「これからも居てくださいね」と言われると、「いいのかな?」と聞き返してしまう。
「何がネックなんですか?お母様の事ですか?」
「……そうだね。俺には母がついてくる。それがネックだね」
萩生紅葉は俺の言葉に、「平気ですよ。今は今を感じて考えてください」と言って、俺を抱きしめる腕に力を入れる。
俺は感触に飲まれないように、「今……」と聞き返すと、「はい。まずは今です。あ、関谷さんにもう少し聞けば良かった。母さんと真さんは何歳で出会って、何歳で付き合ったんでしょうか?」と疑問を口にした。
俺が「そうだね。俺もそれは聞いてない。メッセージで聞くのは味気ないから、またケーキを持って行こう」と言うと、萩生紅葉は「はい」と言って俺の胸に顔を埋めて深呼吸をすると、「はぁぁ……」と幸せそうなため息をついた。
俺は自身の体臭を気にしてしまったが、萩生紅葉は「なんか身体の中で足りなかったものが埋まる感覚です。匠さんも嫌でなければやってみてください」と言ってくる。
俺は少しだけ躊躇したが、すぐに胸元にある萩生紅葉の頭に向かって鼻を近づけて深呼吸すると、凄くいい匂いがしてきて「わかる気がする」と言ってしまう。
その言葉に萩生紅葉は「はい。きっと母さんも真さんも同じですよ」と言ってくれた。
最近は父と楓さんの名前を出されると受け入れてしまう自分が居た。
・・・
常に時計を気にする癖がついた。
1時間で離れないと止まらない気がしてしまう。
時間を気にすると、萩生紅葉は「真面目」と不満気に言った後で、「今週は土日連続で来てください」と言ってきた。
「え?」
「なんか最近1人が心細く感じるんです。母さんと暮らしてた時は、母さんが仕事の飲み会なんかで遅くても平気だったのに、匠さんと居るようになったら1人が心細くなりました」
俺はその言葉になんとなく責任を感じてしまい、「わかった。じゃあ土曜日はお昼にお邪魔するよ」と言った瞬間に、「嫌です。朝から来て朝ごはんを一緒に食べてください」と言われてしまった。
「えぇ?」
「泊まってくれないのなら、それくらい受け入れてください」
萩生紅葉の圧に負けた俺は、わかったと言って朝8時に行くと約束をした。
こんなに頻繁に会っていて、問題はないのだろうか、早くこの生活に見切りをつけなければと思いながらも流されてしまう。
・・・
帰宅するとリビングはもう真っ暗で、俺はまたテーブルの上を片付けてから風呂に入り眠る。
母はさっさと寝室に行き、テレビを観ているのだろう。
普通の親というものはわからないが、父が存命の時は「遅かったね匠。仕事が忙しいのかな?難しい話だけど、忙しいのも暇なのも困るよね。不調を感じたら人生は長いのだから休むんだよ」と話をしていた。
逆を返せば母は無関心の人なので何も聞いてこない。
だからこそ萩生紅葉との生活も送れている。
だが同時に父にだったら、「仲良くしてる女性がいるんだ。会ってきてるから帰りが遅くてごめん」と言っただろうと思うと、父のいないこの家の寒々しさが急に怖くなった。
金曜夜までに母に会う事が出来た。
わざわざ寝室のドアを叩くのも、スマートフォンで連絡を入れるのも嫌だったので、良かったと思った。
母は特にこれと聞くこともなく、「土曜日も日曜日も出かける」と言うと、こちらも見ずにテレビを観ながら生返事を返してきていた。
きっとこの人の生きる世界は1人の世界で、俺や父はノイズでしかないのだろう。
父はなんてものに憧れたんだろう。
楓さんの手紙にあった、寂しい思いをする羽目になると言った言葉は、その通りだと思った。




