7章 密閉された箱――
「はぁ、はぁ……」
「い、一応…隠れられたか…?」
「分からない……どっちにしろ、気が抜けないのは確かだね…」
「…さすがに、疲れたわ……」
食堂の奥の扉の向こう。
調理室。
調理台の下に、僕たちは隠れた。
蛇はまだ生きている。おそらくまだ僕達を探して食堂をうろうろしているのだろう。
ちなみに、僕たちが蛇からここまで逃げ果せた経路は――――――――――
「そうだ!入り口に置いてあったこの消火器を銃で撃てば、目隠しになるぞ!うん?ライオンの時は失敗したじゃんか?大丈夫!今回は出入口が一つだから、回りこまれる事は無い筈さ!というわけで」
コロコロ。バン。
ボーーーーーン!
「うっわぁーい!成功だぁ!おし、このまま隠れられる調理室に向かおう!そこで作戦会議だぁ~」
――――――――――な感じである。
………………。
なんかごめんなさい。
「さて……って、ん?クロ、どうしたの?うなだれちゃって」
「…ごめん、ちょっと落ち着かせて…。安心して、頭がヤられちゃってるみたい。今まで、心臓バクバクの連続だったから…」
「そうだな。でも、お前が言った通り、気が抜けない状況なんだ。周囲も警戒は怠らないでくれよ?」
「うん、もちろんだよ。……にしても、ハレ君落ち着いてるね。こういう仕事に就いてたりする?」
「あー…。一応、ユキと一緒に輸入生物管理局なんて所で働いてたから、こういう非常事態には慣れて、る、っぽいな。…まぁ、ここまで大きな非常時なんて相手にした事無いけどな」
「なるほど」
輸入生物管理局。
あそこは確か、可愛らしいハムスターのような小動物から、危険度トップクラスの生命体(×生物)まで扱う業者の中継所。
もちろん、この「etaranal world」の動物や生き物達の輸出入も、その場所でとり行われている。
よって、そこで働く人間も、選りすぐりの者が集まる。
つまり。
「ハレ君とユキさん…めちゃくちゃすごい人材なのね…」
「俺は現場での仕事じゃなかったけどな。俺に出来るのは情報処理か、せいぜい犬や猫を運ぶ事くらいだったよ」
ハレ君が、苦笑気味に笑う。
なるほど、戦闘が得意ではないというのは、そういう事か。
また一つ、重要な事を聞いた気がする。
「ユキさんは…」
「待って、キイ。今は、これからどうするかを先に考えなきゃ」
アカ達とはぐれてしまった僕たちが、いかに生き残る選択を下していくか。
それを、考えられるときに考えなければならない。
休憩室の時のように、不意討ちは遠慮したい。
「ん…ご、ごめん…」
「な、え、いや別に謝らなくても…」
「クロって、結構言葉選ばないわよね…」
「そんな話も後でいいから」
「…ごめん…」
「あ、その…」
僕は睫毛を下に向けながら目を潤ませる少女におろおろと説得をし、ようやく落ち着かせた。
おかげでかなりのタイムロスをしてしまったんだが…また訳も分からず悲しまれるのは嫌なので、その思いは胸の中に潜めておいた。
というか何故にキイはあんなにも悲しんでいるのだ?彼女はこういう時、いつも冷静な思考回路を保てていた気がしたんだが。よく分からない。
まぁ、それも後だ。
今は、これからどうするか、が最重要課題。
「僕の考えうるこれからの選択は3つ」
右手の人差し指と中指を、ある程度開いて彼らに見せ付ける。
「一つは、蛇と戦って、息の根を止める、あるいは動けなくなるくらいのダメージを負わせて、武器のあるロッカー室へと向かったアカ達と合流する。
二つ目は、蛇を背中に逃げ続けて、ロッカーへ赴き、アカ達と合流、もしくはロッカーに保管されている武器を手に取り戦闘を行う」
ハレ君にも分かりやすいように、アカ達の目的地についての説明を織り交ぜながら、早口で説明していく。
「そして三つ目は」
「ここに立てこもって、何者かの救助、援軍を待つか、だな」
「さすがだね、ハレ君。さすが情報処理が得意と豪語するだけのことはあるよ」
「豪語はしてないがな」
「で、どうするの?」
キイが聞いてくる。
僕はその問いに、客観的な目での回答を用意する。
「一つ目は、無謀とも言えるね。ハレ君、蛇のピット器官って知ってる?」
「赤外線を感知する器官の事だろ?暗い夜でも昼と同等の行動が出来るって聞いた事がある」
「そのピット器官が全身の鱗と鱗の間にあるのが、ボア科であるキューバボア」
「俺達を追っている奴の事か?」
「うん」
「それって……」
「ええ。奴には、死角も無いも同然よ」
「マジか……」
「弱点が無いわけじゃないけど、どっちにしろ、今の少ない装備で戦うのはあまりに危険なんだ」
ハレ君の顔が真っ青を越えて白くなっていく。
確かに、死角が無いとまで言われれば恐怖も感じるか。
話題転換の意味も込め、二つ目も話し出す。
「二つ目は無理じゃないけど…」
「蛇に追われてる途中、他の生物と遭遇しかねないわね…」
「キイ、冴えてきたね」
「何よ。私はいつも冴えてないって言いたいの?」
「違うよ…」
なんか、いつもどおりのキイに戻ってきた。
こっちの方が話しやすいが、同時に話が進まなくなる。なんてやっかいな女だ。
話を戻す。
一つ目もダメ。二つ目もダメ。
僕が提示した選択肢の内、残ったのは…。
「……ここは食料もあるし、当分は追われることも無いだろ」
「それもそうだね」
「え。いやいやいやいや!!」
キイが右手の指を真っ直ぐに揃えてぶんぶんと左右に振り出した。
「何?どうしたの?挙動不審?」
「な!そんなっフガっ!?」
ハレ君と僕で、キイの口を塞ぐ。
……息が切れそうになっているが、まぁ仕方ない。
「大きな声を出すな。奴らに感づかれたらどうするんだ?」
「んぐ…!………キッ!」
「だから騒がないの。あと、どうして僕だけ睨むの?」
めちゃめちゃ視線が刺さってるんですけど。
うん。やっぱキイ、今日機嫌が悪いなぁ…。
午前中、バケツの水を彼女にぶちまけてしまった事を根に持っているのだろうか?
それとも、僕、嫌われてたのだろうか?
…聞いてみるか。
「…ねぇ、キイ」
「……何よ…」
「キイって、僕の事、好き?」
「んな!そっ、フガッ…」
「お前、学習しねえな…」
またも取り押さえられるキイ。
そんなに過剰に反応するという事は、やはり僕、キイに嫌われてるのかもしれない…。
あまりこれからは、怒らせたりしないようにしよう。
と思ったら。
「んぐ…べ、別に、嫌いじゃないわよ…」
本人から直接言われた。
良かった。なんか安堵。
キイは顔を真っ赤にしながら、そっぽを向いて話し出した。
「そうじゃなくて、いや、そうなんだけど…って、その話は置いといて!」
「何一人で言ってるの?」
「うるさっ、フガッ…」
二度あることは三度ある。
昔の人はなかなかにうまい事を言ったものだ。
再三口をふさがれるキイを見ながら、そう思った。
☆=======
「んで、何が言いたかったの?」
冷蔵庫から人数分のスポーツドリンクを取り出し、二人に渡してから、キイに質問。
ごくごくと丸々一本飲み干した彼女は、酔っ払ったオヤジの様に「ふぅい~」と口を拭くとこちらを見た。
「えと………なんだっけ…」
「ここに立て篭もるって話にあんな大声出した理由」
「あ……そ…っ…!……その話よ…」
流石に自重したのだろう。
キイはこちらを気にしながら自ら声を抑えていた。
「ここじゃ、狙われるんじゃないの?」
「………?」
「どういうことだ?」
よく意味が分からない。
「だって、ここ、調理室よ?」
「うん。包丁とか食材はだいたい揃ってるしね」
「それがどうした?」
だ! か! ら! と、キイは掠れ声でこっちを睨んだ。いったい何だって言うんだ。
「あいつらは、動物よ!?だったら、食べ物の匂いのある方へ誘われるんじゃないの!?」
あー。そういうことか。
自分たちがここにいたら食料と一緒に食われてしまうかもと。
ハレ君の方を見る。彼も理解できたらしい。
僕は、窓を探し、広場中央が見える位置へと、二人を呼んだ。
「キイ。何が見える?」
「へ? いや、真っ黒な生物がやたら多くいますけど……」
「もっと具体的に」
「う? えと…真っ黒なシマウマと、真っ黒なカバと、真っ黒なチーターと、真っ黒なコーギーと…」
「草食動物と、肉食動物が同じ空間にいるんだよ」
僕もちらりと見る。
従業員やお客の死体が散乱する異様な風景に頭を痛めながら、共生する二体の生物に着目する。
チーターと、シマウマ。
本来、彼らは同じ空間にいる事の出来ない。
確かに、野生の勘が失われている可能性もなきにしもあらずだ。
だけど、毎日彼らを見てきた僕(ら)からしてみれば、それはないと断言できる。
この「eternal world」の生き物達は、市長の提案|(命令)で、『より野生らしく』飼育される事が義務付けられている。
つまり、彼らを檻から出せば、確実に人間、及び捕食できる生物を腹に収めはじめるだろう。
しかし彼らは先ほど挙げた捕食できる物の後者に噛み付こうとはしない。
それどころか、見向きもしないのだ。
「何で…?あいつら……。シマウマも……何で逃げないの…?」
「よく見て」
僕はシマウマの口周りを指差す。
真っ赤な液体が、臼歯しかないその口をだらだらと覆っていた。
「あいつらも、人間の肉を食っているんだ」
「草食動物の定義が台無しだな」
全くだ。
キイは未だ混乱しているようで、目の前の状況を呆然と目にしていた。
やがて、口だけをかすかに動かした。
「分かったわ……」
「………どうぞ、お答えを」
「奴らは
人間だけを、狙っている」
「正解」
僕は自分の推論の結末に、小さく頷いた。
ありえない事だ。
どの生物でもなく、人間だけを狙うなど、世の中の定義に反している。
しかし、それは目の前に起こっている事実で、今日この日から、世界の定義は変わってしまったのだ。
少なくとも、僕らの中では。
「そんな事が、ありえるの…?」
「…………。…普通だったら、ありえないな」
ハレ君が返事を返す。
しかし、彼も精神が強い。
ユキさんの事といい、この順応さといい。
まるで。
はじめからこれらの事が起こると分かっていたみたいに。
………考えすぎか。
「だけど、多分、今のあいつらは普通じゃない」
「…やっぱり、あの黒いのが、関係しているのか?」
「それも、多分としか……」
「……黒点……」
生き物達の豹変。
人間だけを狙う理由。
それも全て、あの未知のウィルスの所為だと言うのだろうか。
…言うのだろう。
今現在は、そう判断するしかない。
「……だから、彼らは人間だけを狙ってるから、食料のあるここにいても平気だって事。…多分」
「……多分が、多いわね……」
「それは、許して欲しいかな…」
彼女は、ガラにも無く、意気消沈としてしまったようだった。
☆=======
体育座りをして顔を長い髪に隠したキイから離れる。
憩所から持ってきておいたとある警棒を手にし、ハレ君に一言。
「ちょっと、充電してくるね」
「何の?ケータイか?」
「いや、ここ、電波全部シャットアウトされちゃうの、知ってるでしょ?」
この施設は、国の重要施設に認定されている事もあり、多くのセキュリティ、もしくはテロ対策が施され要る。
防火シャッターなどもその一つである。
厳重なセキュリティの中に、電波妨害なる物がある。
この「eternal world」の中、外部からの電波は、全て通らない。
優先も通っていないので、電話わ愚か、インターネットも出来やしない。
おかげでテレビも見れないし……ここに供給されているのはせいぜい電気くらいだ。
「え、じゃあ何の充電だ?」
「コレ」
僕は2メートルの棒を持つ手を突き出す。
…………。
なんか、変な空気が流れているのですが、気のせいでしょうか?
「え……と…?」
「コレ、特殊な武器でね」
警棒に付加されているスイッチだの切れ目だのをいじりながら、僕はこの愛棒を眺める。
この警棒を受け継いで、何年が経ったのだろう。
今までの人生が楽しすぎて、彼の死が霞んだ思い出になりつつある。
「父さんから貰ったものなんだけど、スイッチを入れたら、高圧電流が槍頭部から流れるんだけど…」
僕は柄の赤と青で出来たゲージを見る。
その中に浮いている矢印は赤の部分をさしていた。
「もう電気が無いから、充電をね」
「なるほど…父さんは、あれか?警察かなんかか?」
「んーそんなところ」
コンセントコンセント……あった。
僕は柄の一番下、二又金属部に相対する場所に手を触れる。
そこを左回転、プラグを取り出す。
掃除機の容量でそれを伸ばし、コンセントに突き刺す。
「…おし……」
「なぁ」
「ん?」
「まだ、自己紹介終わって無かったよな」
「あーそうだね」
そういえばあのメガネ君が演説を始めた後すぐ大蛇が登場してしまったので、まだハレ君はシロの自己紹介しか聞いてないはずだ。
ここには自己紹介してない人間が二人しかいない上に、聞く人間も一人しかいないが……まぁ、聞く人間も残るはハレ君だけだし、今やる事も特には無いし。
「僕は、岼籠目 黒吉。みんなからはクロって呼ばれてる。年齢は15。愛用武器は警棒とサブマシンガン」
「サブマシンガン?」
「それもロッカーにおいてあるんだけどね。警棒はいつも持ち歩いてるから良かったけど」
「いつも?あの馬鹿長いのを?」
「あれ、折りたたみ式なんだよ。で、特技は槍術」
「へー。じゃあ、俺の説明だな」
そう言ってハレ君は水を一口飲んだ。
「秋山 晴。17。今日は研修って事で上から命令されてユキと二人でここに来た。さっきも言った通り、輸入生物管理局のRDRをやってる」
「RDRって?」
遠くから声がしたと思ったら、いつの間にかキイが顔を上げていた。
自分も会話に参加しなければと思ったのだろうか?
彼女の言葉に多少驚いた様子のハレ君だったが、そのまま口を開き続けた。
「まあ、リーダーって事。現場の輸出入の直接取引きをする5人を指示するのが主な仕事だ」
「その5人の内の一人が、ユキさんね」
「…ああ…」
ハレ君は少し天井を見上げた。
過去の自分たちに思いをはせているのだろうか?
「じゃあ次は私ね」
「うん。頼むよ」
「金剛藤 燕よ。あだ名はキイ。年齢は15。使用武器は刀」
「刀!?」
「……そんなに驚く事かしら」
「いや、だって…。今の時代は拳銃とかの方が使いやすいんじゃないのか?」
「極めればこっちのが使いやすいわよ?弾丸斬る事だって出来るし」
「……まじか…」
「まー私もロッカーに武器を置いてるから、今はハンドガンしかないわ」
「そうか…。俺もナイフくらいなら持ってるが」
「キイ、弾の数を教えて」
僕がそういうと、キイはポケットからカートリッジなり弾なりをいくらか取り出した。
彼女が持ってるのはH&KUSPの9mm口径モデル。
僕の銃も9mm口径なので弾の共有は出来る。
二人合わせて70発ってところか。
…だけど。
「ハレ君は、銃の扱い方分かる?」
「う? まぁ、一応」
「じゃあ、ハレ君が僕のワルサーを持って」
「持ってって、お前はどうすんだ?」
「僕はアレがあるから」
ハレ君に拳銃を渡しながら、只今充電中の警棒を指差す。
少し心配そうに眉を顰めた彼だったが、おとなしく銃を受け取った。
「それにしても、何であの時…」
パリリリイイイズドォォォォォォン!!
窓と、窓と、窓が割れ、そこから真っ黒なドーベルマンが入り込んできた。
その様子に僕は唖然とした。
何で、入ってこれたんだ?
外は血の匂いで充満しているし、ここだって例外じゃないんだから鼻が反応するはずは…。
しかしそんな事を考えてる暇はなかった。
ずるずると音がする。
そこは、ダストシュートだった。
ダストシュートから這い出てきたのは、あの黒蛇だった。
僕は即行警棒を取りに行った。
キイとハレ君は食堂への扉を開けていた。この狭い調理室で戦うよりはマシだと直感的に感じ取ったのだろう。
僕らは何も言わず、某大人気魔法学校ファンタジー小説の大広間のような、長いテーブルのある、ある意味『戦場』へと、何も言わずに足を踏み入れた。
約6000文字か…なんか長くてすいません。
だ、だってうまく区切るところがなかったんだもん!
そういえばスカイプを始めたので、自己紹介の欄に俺のスカイプ名書いておきました。
よろしければ誰かお友達になりましょう!
……いや、ホント最近知り合い全員が連絡をよこさなくて…。みんな彼女彼氏といちゃいちゃして、誰も俺にかまってくれないんですよ…。
って別に、寂しい訳じゃないんだからね!(泣)