5章 愉快な紹介の――
「んじゃ、自己紹介でも始めますか」
「ほえ?何で?」
リーダーシップを取らねばと意気揚々と話し出すアカに、キイが疑問、質問。
「これから俺達は生きていく為に一緒に汗水と血……はまぁ、勘弁したいが、それらを流すであろう仲間だ。名前とか出来る事とか把握しておかなきゃ、勝てる戦いも勝てないだろ?」
ごもっとも、とキイが引き下がる。
僕はと言えば、“戦い”というワードに体を震わせるのを余儀なくされていた。
どんなに言葉を取り繕おうと、ユキさんを救うのに失敗してしまったのは僕だ。
もう、あんな経験願い下げだ。
出来れば安全にここから出たい。安全な場所へ――
――待てよ?
安全な場所なんてあるのだろうか?
もしかしたら、外も化物で埋めつくされて……?
団結力が芽生えつつあるこの今、言っていいものかと悩んでいると、シロが立ち上がった。
「じゃ、俺から言わして戴きましょうかね」
みんながシロの方を見る。
シロは特に緊張する様子も見せず(というかこの人は世の中で緊張した事など今まで一度も無かった)すらすらと自己紹介を始める。
「白江鷹丸。16歳。木市第三小学校出身で、特技はボーリング。使ってる武器は拳銃二丁――――アカ、これくらいでいいか?」
「グッジョブ」
アカが右手の親指を突き出してウィンクを送る。ノリノリだな、この人。
次は…と言わんばかりに、キイが立つ…
「じゃあ次は…」
「あたしね!」
と思ったら、シロの隣のムラサキが手を挙げて立ち上がる。自分の発言を邪魔されたので、キイはとてもご立腹だ。
「ちょっとムラサキぃ!今度は私が言おうと思ったんだけど…!」
「そんなの、知らないもん!早くみんなにあたしのこと知って欲しいんだもん!」
「そんなワガママ言ってたらそのうち喰われちゃうわよ!」
いえ、いつも我が儘言っているのは貴女です。
まぁ、言ったら銃を眉間につき付けられそうなので何も言わないが。
二人がいろいろ口論していると、新たな第三者が。
「こんにちは。鶴崎 緑って言います」
『アンタが言うの!?』
笑顔で淡々と告げるミドリにキイとムラサキが激しく突っ込む。そんな二人をジロリと一睨み。
「うるさいです。黙ってて下さい。貴女達が騒ぐ事によって貴重な時間が無くなっていくんですよ」
『うぐっ……』
「今だって人が死んでいるのかもしれないのに、何ですかその危機感の無さは」
『んむ……』
「だいたいお二人は……」
『しゅん……』
………………。
野郎5人が完全にお堀の外になってしまった。
ちらりと同僚2人とアイコンタクトをとるものの、どちらも「お前が行け」と目で訴えてきた。人任せな……。
僕はじゃじゃ馬2人を熱く叱っている年中敬語女の肩を突く。
「あのミドリ…さん?」
「黙っててくれです」
「うわ……最早キャラすら違う…。…いや、でもさ……」
「二人の暴走っぷりは他の従業員の耳まで………」
「………………………」
あんな心の優しい娘にまでシカトされるといい加減自信を無くす。
でも、時間があまり残されていないと言うのは事実で。それを言ったのはミドリ本人で。ちゃんと現実を見せなきゃいけない。
よって早く自己紹介を済ませたいのだ。でこピンするくらいの覚悟で彼女の暴走を抑えなきゃならない。
「ミド……」
「いい加減にしてくれ!!」
………………。
部屋がしんとする。
暖かかった空気が一気に張り詰めていく。
声の主は、あのメガネ君だった。
「まったく…ふざけてる……。ここの従業員はアホしかいないんですか?」
眉をひそめるメガネ君。なんだこの人…。よく分からないが…いや本当は分かっている。…だが。お客様であるのには変わらない…のだが。…………ムカつく。
高慢な態度。優等生っぽい服装(この真夏にスーツ)。高そうなメガネ。ダストシュートに腰から寄り掛かかり腕を組むその格好。
どれもエリートっぽい、それも、人を見下したような外見は、中身と全く同一の物だったらしい。
「僕は下臣 降守。学者として生物について研究している超エリートです」
うわ。自分で言ってるこの人。恥ずかしくないのかな?
周りを見る。なんとなく、部屋の温度が戻った気がする。
怒気で。
「いったい、何だってこんな状況でのんきにおしゃべりが出来るんですか?そもそも、お客様に対する態度がなってませんよ。お客様は神さ……」
「おいお前」
「ひっ!?」
カチャリ、と耳元で音がした。
驚いて見てみると、アカが銀の光沢の銃を僕の左肩に置いていた。
え。
そこで撃とうとしていたんですか先輩。そこで撃ったら僕、鼓膜絶対破れる気が……。
場違いにも冷や汗をだらだらと流しながら状況を見守っていると、アカが言葉を続ける。
「俺達と一緒に行動したくないなら、一人でこの部屋から出て行ってもいいぜ?そこに裏口あるから、先行け」
アカが僕たちが入った扉とは正反対の扉を指差した。下臣と名乗った彼はビビリながらも反抗。
「は、はぁ?何でそういう結論を出すんですか?意味不明どころか、自分の言語解析能力を疑いま…」
「悪い、間違えた。お前を俺達の盾として扱うから」
「ちょっ、馬鹿ですか!?何でそんあ展開に!?この超エ…」
「あーもう!」
キイがキレた。
「めんどくさい男ねぇ!要はアンタ黙ってろって事よ!この理解力無し男!」
「理解力が無いのは貴女たちでしょうが!この雷市究極爬虫類研究所の館長を務める僕になんたる対応ですか!」
「………」
「ねぇ!なんか言ったらどうですか!」
「………」
「…?皆さん一体どうしたんですか?馬鹿みたいに口を開けて」
「………」
………………。
彼が言うのが本当ならば、僕たちは彼を除いて全員が一つのものを見ていることになる。
それはチクタク鳴る掛け時計でもなく、馬鹿でかいエアコンでもなく、その間の、黒い影。
影の下の、ダストシュート。そこから、にょろにょろ長く、図太い物体が伸びている。
生命体である事はギリギリ把握できた。
全長は、今見えるだけでも3メートルは軽く越している。
手足は無く、光沢のある体が逆に艶かしく感じられる。
色は、黒。もともと真っ黒であっただろう体が何らかの理由で、全身が黒ずんでいる。それでいて蛍光灯の光が反射していると言うのが不思議で仕方ない。
「ね、ねぇ…そこのキミ…」
ムラサキが、目を限界まで開いて下臣さんを指差す。
「は、はい。何でしょう?」
「う、」
「? う?」
「うしろ……」
いや。むしろそれは恐怖。
先ほどライオンと一騎討ちした時の恐怖とは類似して異なる心臓の鼓動。
ドクドク、では無く、ドッドッドッ、と1.5倍くらい早い心拍。
思わず身震いするその恐怖の根源は。
「後ろ?」
彼が振り向いて見たそれは。
爬虫類の代名詞。蛇。
巨大。
「う、う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
下臣さんがその場に尻餅をし、その生物を見上げる。巨大蛇の赤眼は確実に彼を捉えている。
下臣さんは、怖さでその場から動けない模様。
「キュ、キューバボア…だと?」
シロが愕然と呟く。他のみんなも、恐怖を隠すことすらしていない。
キューバボア。
ボア科の大型蛇の一種で、今は飼育している事により生存していられる弱い部類に入る爬虫類。
幼児期は強暴だが、歳を増すごとに大人しくなっていく生き物、なの、だが。
舌を出し青年を睨む優しい蛇は、明らかに敵対意識を持っているようだった。
そして、彼の顔に近づき……。
「ぎぃっ………!?」
各女性が顔を伏せたり、逸らす中、かの蛇は。
下臣さんの頬を、ぺろっと舐めた。
「ん? あぁ、そっか…。僕がキミ達をしっかり扱っていることに気付いたんですね…」
彼は蛇の頭を撫でて、こちらを見た。
安心感に浸った、笑顔で。
「憐れな従業員共!大丈夫!こいつには敵意が無い!心配ない!」
そう言って尚立ち竦む僕たちを置いておき、下臣さんは再び蛇と向かい合った。
「大丈夫ですよね。君に、このエリートである僕を殺すなんてありえな」
バク。
『………』
バタバタ。
ボト。
下臣さんは頭から蛇に食われ。
胴体から上半身、下半身に真っ二つに分かれ。
中枢器官を失った足だけが蛇の口から滑り落ちた。
「き、きゃもご…。……?」
叫びそうになったミドリの口を、僕が押さえる。
「今叫んだら、他の生き物も反応するかもしれない。…っていうか、僕達時間を取りすぎたかもしれない」
僕はみんなの顔をしっかり見る。そして、アカの方を向く。
「一気にこの部屋から出たほうが、いいよね」
「無論だ」
アカがみんなの顔を見て、微かな声で話す。
「全員、武器を持って……いや、今持っていなかったら持っていかなくていい。とにかく」
蛇が、首を後ろに反らす。
まるで、これから起こす攻撃の溜めを続けている、ように。
「走れ!」
昼の僕と、全く同じセリフ。
まぁ、逃げる時の言葉なんて、そんなくらいしかない。
第一、そんな状況に遭う事自体レアなのだから。
僕はそんな事を頭に浮かべ、黒蛇の牙の毒で溶けていくテーブルを尻目に、裏口の傍に立て掛けておいた2メートルちょいの警棒を掴みながら、ハレ君が開けた裏口を走り抜けた。
一言言わせて貰おう。
メガネざまぁ!!www
バーカバーカ!
ふははははーーー!
自分の作品のキャラをここまで馬鹿に出来る人も、なかなかいないでしょうね。
そしてメガネかけてる人を大体敵に回した気がします。
むしろ俺ざまぁ(泣)