1章 虎王の豹変は――
世の中には時代の移り変わりという物があって、そこではいろんな物が大きく変化していく。
言葉、名前、食べ物、ファッション、生活用品、ネットワーク、政治、国、社会、世界……。大から小までさまざまだ。
この「eternal world」が開園したのも、その移り変わる世界の流れに逆らえなかっただけ。僕が12歳でここに就職した時、そういう風に僕は園長から聞いていた。
「この街の観光スポットとして、世界の生き物を集めた遊園を作る!」。市長の一存として生まれたらしいこの施設。それは、そこに住む住人を追い出す形となった、憎悪の溢れる最悪の建造物と、連れて来られた生物の集落だった。
園長は言った。「ワシ達がこうやって働いているのも、悪事なんじゃ」と。
それは独りよがりな偽善な気がしていた。結果として、土地を追いやられた人たちは戻ってこない。未だに涙を流してどこかで暮らしているのかもしれない。
「じゃが、」園長は話し続けた。
「ここには、仕事や生活、人生に疲れた人々、-―--主に子供達じゃが。彼らがそれを癒しに、わざわざここまで足を運んで来ている。多くの生き物を見、聞き、楽しんでおるのじゃ。それだけでも、どんなに嫌悪に満ちた場所だったとしても、この生き物館には意味があったと思うんじゃ」
僕は園内を見て回った。そこには確かに、笑顔が満ち溢れていた。
僕は、ここで一生働きたいと思った。
どうせ義理のが多く存在するこの世界だ。
それなら、一緒にいて楽しい仲間と心から落ち着ける職場で働きたいじゃないか。
美しくないこの施設だが、笑顔だけは満ちていた。
☆=======
だが、そこには頬の口角が釣り上がった顔など、存在していなかった。
いや、そもそも表情などと言う物がない。
「何だよ……これは……」
休憩室のある爬虫類館、その入り口。
僕達4人がとんでもない光景を目の当たりにする中、隣にいるシロがぼやいた。
いつもは楽という感情で賑わう遊園。
しかしそこで僕達が見る事ができたのは―――
―――人間の、死体だった。
数は、見る限り二桁ではおさまらなさそうだ。全て、無惨にも体の各部を切り裂かれて倒れている。
息のある者もいるにはいるが、全員出血が多すぎる。体内の血液を2割は失っているのではないかと疑うほどの紅景色だった。
「ひどい……」
「 」
女性陣二人は顔を真っ青にしていた。ミドリに至っては文字通り絶句していた。
だが、彼女が言葉を失っているのは、単純に死体の山にショックを受けているからではない。
理由は2つ。
1つは横倒れになった現在進行形で炎上中の大型トラック。
運転席もろとも燃やし尽くす業火の鉄塊は、動物館の入り口の極厚ガラスを軽くぶち抜いていた。
しかし、こちらの理由は2つ目への伏線に過ぎなかった。
二つ目の理由は……。
GARUUUUUUUU………
「何で、近づいてくるのよ!この化け猫……!」
動物館の砕けたガラスを越えて来たのは、この遊園のメインとも呼ばれる存在。
百獣の王、ライオンが此方へ向かって歩いて来ている事だった。
いや、ライオンだけではない。見れば動物館や爬虫類館、さらには水族館の陸上歩行生物までコンクリートの上を這いずり回っていた。
しかし、起きている事がそれだけならば、大した事は無い。
僕らは曲がりなりにも、この国家クラスの重要な施設の採用試験に受かっているのだ。
どんなにパニックを起こすような事態でも、怪我なく動物達を檻に収容する事くらい、朝飯前である。
目の前いるライオンだって、普通の状態なら素早く処理する事が出来るはずだ。
普通の状態なら。
彼の体は、
黒の染みで、覆い尽くされていた。
「オイオイ……アレは人間にしか感染しないんじゃ」
シロが驚愕な生物の様子に目を大きくしていた。
そう、正にあれこそ、政府が認めた人間ドーピングウィルス……
黒点。
周りの生き物も全て感染しているようだった。
黒いハムスター、黒いキリン、黒いゾウ、黒い白鳥…黒いゴリラ……ってアレは元から黒いか。
みんな、一部分が黒いのではなく、全身が漆黒に染まっていた。
勿論、先程から近づいて来ているライオンも、例外ではない。
「み、みんな、武器持ってきてる?」
「いえ、持ってきてないです」
「俺も」
「……僕はハンドガンといくらか……でも、大型銃火器は持ってない」
「クロだけか……じゃあ、逃げない?」
「奇遇だな、俺も全く同じ事を言おうとした」
「でも、背中を向けたら、走って来そうですよね……」
「じゃあ、僕が合図するから、3・2・1で逃げよう。それでいい?」
僕がみんなの顔色を窺うと、皆、ゆっくり短く頷いた。
僕はライオンの方を再び向き、カウントを始める。生死を分けるカウントダウン。
「3…………2…………1…………!」
何か感付いたように、涎を垂らしながら此方を睨んできた黒ライオンに嫌な予感を覚えずにはいられなかったが、僕はそれでも構わずにスタートを切る。
「――――――G…………!」
だが最後の掛け声をあげる前に、彼は後ろ足で地面を駆け出していた。
僕らは慌てて、来た道を全力疾走で辿り出す。
☆=======
僕らは息も絶え絶えに、爬虫類館の薄い扉の鍵をかけた。当分は、ライオンもこの建物に入ってこれまい。
中には、まだ生きている人間がいた。しかも幸いここのエリアはまだ黒点に感染している生物はいないようで、まだ全てショーケースの中に収まっていた。
僕は、外の様子に不安を隠し切れない従業員及び客全員に声を張り上げて呼び掛ける。
「みんな!外は動物達が暴れていて危険なんだ!生きたかったら、僕達について来て!」
不安に顔を曇らす彼らだったが、待っていても殺されると判断。僕達の後に着いてきた。
計17人。内3人が従業員で後は客である。
全員で防災シャッターのある通路に繋がる休憩室を目指す、そう歩き出した時。
パリーンッ!
『!!』
ライオンが窓を割って侵入してきた。
「……っ!走って!」
僕は仲間が走り去っていくのを見ながら、腰に忍ばせておいたハンドガンで迎撃。
が、やはり黒点に侵されているようで、全然ダメージを受けてくれない。
「何だって言うんだよ!?」
構わず、僕はライオンに向けて発砲を続ける。ライオンはそれでも近づいてきた。
そうだ。僕らは、平和な日常を送っていたはずなのに、何故……。
……それは後だ。まずは生き残ろう。
僕は何かないかと周りを見る。すぐ足下に、消火器があった。
僕は片手でそれを掴み、ライオンの進行方向へと転がす。
足下にぶつかった時点で、赤い鉄筒は僕の放った銃弾に白い粉を勢い良く吐き出した。
これで、目眩まし程度にはなるだろう。嗅覚も、鼻が詰まって当分正常に機能しないはずだ。
僕はシロ達が走っていった方を気にしながら、白煙の立つトイレ前に警戒を走らせる。
館内の空気がクリアに戻り、白煙が消える時には。
ライオンの姿はなかった。
(!? い、いない!?)
僕は良く目を凝らしたが、何処にもあの凶暴肉食獣の影は見えない。
つまり、反対側へ歩いていった事になる。
ということは……?
キャアアアアアア!!
右側の耳から―――シロ達が向かった通路から、甲高い悲鳴がした。
「先回りされた!?」
僕はその場を後にし、300メートルはある長い通路へと向かう。
お久しぶりです。
更新しました。
えー今はあまり時間が無いため、遅れた理由は勝手ながら土曜にお話したいと思います。
とりあえずごめんなさい。