15章 焦るは水面下――
黒いボディのネズミ、そう言うとまだ可愛いかもしれない。
だがソイツは僕達の“ネズミ”という定義を完全にぶち壊していた。
まず目につくのは二足歩行している。
足には黄色い大きな靴を履き、手には真っ白な手袋。
手には4本の指。
鼻は丸く、真っ黒。
体も同様に黒一色で、大きな二つの耳まで真っ黒だ。
遠くから見たら、頭部は3つの丸で作られているとしか思えない。
もし全身黒くなきゃ、何処かの夢の国でマスコットキャラクターとして活躍できたかもしれない。
それが倒れたのは、僕が後ろからぶん殴ったからだった。
仰向けに転がった二本足の生物は抵抗を繰り返すように歯で噛み殺そうとするが。
僕のが早かった。
改造したハルバートの切っ先を転がるネズミの眼球に向ける。
すばやく動いたミドリがネズミの手足を束縛する。
そして、僕はしっかりとネズミの口を足で押さえて…。
チェーンソーのスイッチを入れた。
NNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!
声にならない泣き声が、口から微かに零れる。
しかしその悲鳴は業務員通路に響く事は無く、その場で停滞していた。
ハルバート単品を手に水族館で戦うという事は電気は自殺行為。
ならば別の武器を使うか、電気を使わないか、防水加工を施して殺傷能力の高いバージョンアップをするか、のどれか。
僕は選択肢の最期を選んだ。
チェーンソー型の刃。
元来ハルバートに内装されている高圧電力をエネルギーに刃を回転させる、重装備。
もちろん重さはかなりある。
攻撃は大振りになるし、何よりサシで戦った時にはスピードで動物達に勝てない。
捕まれば最期、一瞬で喉元喰らいつかれるだろう。
その上、僕は左腕が使えないし。
なら、何故わざわざそんなリスクを背負ってまでハルバートを携帯するのか。
理由はただ、安心するから、かな。
生き残るとか生き残らないとかじゃなくて。
コイツは一度、僕と一緒に死を受け入れて、その上で生き残った。
それなら、最期まで一緒にいるのが、仲間なんじゃないかって思った。
《振動加速度704m/s2…マスター? 如何なさいましたか?》
「何でもないよ…くっ」
眼球が超回転する刃に斬り刻まれていく。
反動を抑えるのが一苦労だ。
しかしミドリが既に四肢に釘を打ったようで、ネズミの体は少しよじれるだけで少しは切り刻むのも楽になった。
逃げ場の無い痛み。
確実の殺せる方法。
それの答えがこれだった。
そして眼球が抉れ、脳に到達したかと思ったその瞬間、ようやくネズミの生命活動が止まる。
「ハァ…ハァ……」
「お疲れさん。
だが、そんなにお前が頑張る必要は無いんだぞ?
今体力が一番少ないのはお前だし…」
「一番少ない僕がみんなの体力残せれば、みんなの助かる確率が上がるでしょ?」
「お前――――」
「嘘だよ。みんなで生き残るって決めたもんね」
駆け寄ってきたアカに僕は息を切らしながら答えた。
僕は足元で転がっている死体に目をやる。
真っ黒な血と、滲み出る眼球の液体。
どろりとしたソレは床に垂れて、水溜りサイズの血の池が出来た。
これが自分の血でなくて本当に良かったと思う今日この頃だ。
「やっぱり、眼球を狙うのが一番みたいですね」
「ここだけ強化されて無いらしいな。まぁ皮膚や鱗と別物だから、黒点に汚染されないのもなんとなく理解できる気がする」
「でも、それは小型レベルの話じゃない? さっきの蛇みたいな大型が出てきたら…」
《その時はキイさんが》
そんな会話をしながら、みんなで静かに通路を歩く。
ハルバートの電力もマックスになり、あと4時間は起動していられる。
彼女は電気製品に影響の出るコウモリやイルカ等の使う超音波を察知できるので、ずっと付けっ放しだ。
先程ロッカーでハレ君に自己紹介させたので、今は一人の仲間としてみんなと仲良く会話している。
こんな状況だ、一つでも頭脳は欲しい。
「あれ、ムラサキは…」
「ん」
いた。
ハレ君の背中に。
???
「どうしたの? 気分悪いの…?」
「吐き気がするらしい。血ィ見すぎたんじゃねぇか?」
「そっか」
そうだよね…。
ムラサキはまだ13歳だ。
何度も何度も血の噴出を眺めていたら嫌悪感も抱くか…。
その上、この状況だ、不安や焦り、苛立ちが胸を張り裂きそうなのだろう。
「大丈夫…でもなさそうだね」
「ううん…大丈夫…だから……」
「さっきまで歩けるって言ってたんだが、コイツがすぐフラフラするもんだから」
「それでおぶってると」
ごめんね、と呟くムラサキの体はひどく小さく見えた。
僕は彼女の頭を撫でてやると、進行方向を向く。
「えと、この先が…」
「水族館の裏、アクアリングルーム」
ハレ君の言葉をキイが繋ぐ。
そう、従業員通路は一度だけ、広い部屋に出なければならない。
それがアクアリングルーム。
そこにはイルカがいるか?
…………。
「どしたクロ?
いきなり落ち込んで」
「ちょっとね…自分のギャグセンスを疑ってた…」
「? よく分からないが、みんなお前のギャグセンスについては少なからず残念だとおもってたぞ?」
そうなんだ…。
色々申し訳ないけど死にたくなった。
「おら、いくぞ」
リーダーことアカが、先導して進む。
それに次いでみんなも付いて行く。
《マスター。行きましょう》
「なぁハルバート…僕のギャグセンスって…」
《行きましょう》
「………」
音声だけのハルバートだが、なんとなく目を逸らしてる気がした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「開けるぞ?」
アカの声に、みんなが首を縦に振る。
全員が臨戦態勢を整え、額に汗を流す。
「3…2……1………」
小さく、ドアを開ける。
中は、特に荒されていなかった。
みんなで中に入る。
「うを!? 何この部屋!?」
いきなりハレ君が声を上げた。
その驚嘆にみんなが警戒を強める。
「どうしたの!?」
「この部屋…
超綺麗じゃん!」
『………』
まぁ、そうだけどさ。
アクアリングルーム。
アクアリングって言うのは、イルカの作り出す水泡の輪。
その名に恥じる事のない、神秘的で感動的な光景。
ある意味芸術のそれが、幾度も吹き出る絶景。
泡という泡が何重にもなり、繋がり、やがて消える。
人工的に作り出され続ける原型の無い輪が、全て離れていく様子はまるで一つのプラネタリウム。
それが天井一杯に広がっているのだ。
一件ただのガラス張りの通路にも見えるが、ここはただの園じゃない。
この遥か上、最上階である35階まで繋がるこのミニ海の水面では賑やかなショーが行われていた。
いや、今も行われているかもしれない。
未だ生きている人間が、黒点に汚染された怪物に追われる最低のショーが。
興奮するハレ君にその事を伝えると、ハレ君は少し眉を下げた。
「助ける時間なんて…無いよな」
「俺達は強いが、それは人間としてだ。
今自分が生き残れるかも分からない状況で無理に人を助ける事は無謀に近い。
心は痛むかもしれないが…それは決してお前のせいじゃない。
今は生き残る事だけ考えてくれ」
「……。…そうだな…」
アカの話にみんなが頭を下げる。
それは追悼の意か、無気力によるものなのかは分からない。
でも僕は悲しかった。
救えない事が。
力の無い僕が。
悲しかった。
「…進もう」
僕は声をかける。
それでも生き残りたいから。
先に逝ってしまった友の為に。
「…あぁ」
みんなが歩みを再び進める。
警戒心を怠らず、生き残る事を頭に。
…改めて良く見ると、意外と広い場所なんだなと思った。
全体の広さは小学校の体育館くらいか。
一歩一歩に、冷や汗が絶えない。
額を拭う事を忘れて、向こうに見える動物園への通路を目指す。
「……」
「だ、大丈夫クロ? 顔怖いわよ」
「キイこそ。汗すごいよ?」
「こ、これは全身から滲み出る体液が溢れ出ているだけよ…」
「それを世間一般では汗と呼ぶんだけど…
イッ!?」
ドン、と。
前を歩くアカの背中にぶつかる。
「ちょ、アカ、びっくりさせないでよ」
「………」
「アカ…?」
目の前の大きな背中を見上げる。
その頭は進行方向ではなく、本来お客が来場するメインゲートに視線を向けていた。
何だ何だと全員がそちらに首を回す。
硬直。
その先には。
「もー遅いよ。
待ちわびたよ?
クロ、君」
聞き覚えのある、憎たらしい声が広くて何も無い部屋に響いた。
更新遅れてごめんなさい。
ここは物語を進める以上ここは真剣に考えてました。
さてさて、水族館編、舞台はほぼ密室の異常な空間。
全員で生き残れるか!?