第6節:皇帝の眼差し 嫌がらせを目撃した社長。凛子の実力と価値が全社員の前で示され始める。
第6節:皇帝の眼差し 嫌がらせを目撃した社長。凛子の実力と価値が全社員の前で示され始める。
「……何をしている」
不意に、背後から冷徹な声が響いた。
九条社長だった。
彼は、散乱したゴミと、私の汚れを拭う姿を見て、一瞬で状況を察した。
「これは、誰がやった?」
「……さあ。私が不注意で倒してしまったのかもしれません」
私は嘘をついた。
ここで犯人を指摘すれば、また新たな争い(業)が生まれるからだ。
しかし、九条社長の目は騙せなかった。
「ふざけるな。君がそんなヘマをするはずがない」
彼はすぐさまスマホを取り出し、内線を通じさせた。
「警備室か。給湯室前の防犯カメラの映像を今すぐ私の部屋へ送れ」
その数分後。
社内全域に、緊急の放送が流れた。
『全社員に告ぐ。給湯室における備品損壊および業務妨害の形跡が見つかった。犯人が特定され次第、厳正な処分を下す』
オフィスに戦慄が走る。
今まで、清掃員の備品がどうなろうと関心を持たなかった社長が、これほどまでに激怒するなんて。
数時間後、西園寺部長が青い顔をして九条社長に呼び出される姿が目撃された。
その日の深夜。
九条社長は、いつものように給湯室に現れた。
「森下。君の仕事は、単なる掃除ではない。この会社の『呼吸』を整えているんだ。それを妨害する者は、会社を破壊する者と同じだ」
「……社長。私はただ、静かに働きたいだけなのですが」
「君がどう思おうと、私は君を離さない。……来週の重要プロジェクトの会議、君にスープを出してもらう。参加者全員のコンディションを、君のその不思議な力で整えてほしい」
「ええっ……それは清掃員の仕事ではありません」
「これは社長命令だ」
彼はそう言って、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
私は諦めて、次の「特命」のためのレシピを考え始めた。
給湯室の隅で、おつまみモンスターが満足げに大きく欠伸をした。
私の「頑張らない隠居生活」は、どうやら「死後の楽園」のような平穏にたどり着く前に、大きなうねりに飲み込まれようとしていた。
でも、不思議と怖くはない。
温かいお茶一杯があれば、どんな戦場もオアシスに変えられる。
それを、私は誰よりも知っているから。




