第30節:一年後、会社の顔となったサロン。九条との距離も縮まる中、凛子は競争せず自然体で「今ここで整う境地」を保ちながら、誰かの呼吸を整える日々を静かに送っていく。
第30節:一年後、会社の顔となったサロン。九条との距離も縮まる中、凛子は競争せず自然体で「今ここで整う境地」を保ちながら、誰かの呼吸を整える日々を静かに送っていく。
それから、一年後。
クジョー・イノベーションは「ウェルネス経営の成功例」として、業界でも大いに注目される存在となっていた。
私のCWOとしての役割はさらに拡大し、他社からの視察やメディアの取材を受けることも増えた。
「森下CWO、この素晴らしい環境作りの秘訣は何でしょうか?」
取材のカメラの前で、私はいつものように淡々と答える。
「特別なことは何もしていません。ただ、人が人らしくいられる空間を守っているだけです。『答えを決めない/保留する』ことで、皆さんが自然体で休める場所になればと」
九条社長との関係は、社内では相変わらず上司と部下だ。
しかし、時折彼が私を「リンナ」と呼び間違えて私が困惑したり、二人きりの時に「君以外の者に、あの無防備な姿は見せられない」と呟かれたり、確実に距離は縮まっている。
それでも私は、あくまで「社長とCWO」としての心地よい線引きを大切にしていた。
西園寺部長は営業の第一線で活躍しつつ、自らサロンで「マネジメント疲労ケア」のブレンドを頼む常連となっている。
奈々さんは私の正式なアシスタントに成長し、過呼吸とは無縁の、自信に満ちた笑顔でサロンを切り盛りしてくれている。
エピローグ。
夕方のサロン。私は最後の片付けを終え、窓の外を見つめた。
オフィス街のビル群に、ぽつぽつと温かい灯りがともり始めている。
私は自分用に淹れた温かい茶碗を両手で包み込み、静かに目を閉じた。
(頑張らなくていい。競争しなくていい)
ただ、今ここで、自分らしくいること。
「現世で完成する目覚め(今ここで整う境地)」を大切に生きること。
そのささやかな積み重ねが、いつか誰かの「呼吸」を整え、世界を少しだけ優しくしていく。
「……それで、いいんだ」
私は温かいお茶を一口飲み、誰もいないオアシスで、心からの穏やかな笑顔を浮かべた。




