第3節:噂は後宮を駆け巡る 社長の言葉が波紋を呼び、凛子はエリート社員たちの嫉妬の標的となる。
第3節:噂は後宮を駆け巡る 社長の言葉が波紋を呼び、凛子はエリート社員たちの嫉妬の標的となる。
翌朝、会社に着くなり、総務部長が血相を変えて飛んできた。
「森下さん! 君、昨日社長に何を言ったんだい!?」
「……何、とは?」
「社長から直接連絡があったんだ! 『給湯室管理の森下を大切に扱え。彼女に必要な備品はすべて経費で落とせ』だとさ!」
周囲の社員たちの視線が、一斉に私に突き刺さる。
特に、営業部の女性陣からの視線は「殺意」に近いものだった。
「……ただの、お茶の差し入れです」
私は淡々と答え、ゴミ箱の回収に向かった。
しかし、噂は光の速さで広まっていた。
「掃除婦が社長をたぶらかした」「深夜の給湯室で密会している」……。
給湯室で作業をしていると、一人の女性が飛び込んできた。
営業部長の西園寺紗良。この社内後宮の「第一公妃」とも呼ばれるエリート中のエリートだ。
「あなたね。お掃除の分際で、社長に色目を使っているのは」
彼女の瞳は、嫉妬とプライドで燃え上がっていた。
私は手を止めず、床を磨きながら答える。
「色目など。私はただ、職場環境を整えているだけです」
「黙りなさい! 掃除婦は廊下の端を歩いていればいいのよ。分をわきまえなさい!」
彼女はゴミ箱をわざと蹴飛ばし、去っていった。
散らばるゴミを眺めながら、私は「答えを決めない」という心の平穏を保とうとする。
すると、隅っこで震えている女の子がいた。
営業部平社員の佐藤奈々さんだ。
「あ……あの……」
彼女は過呼吸気味で、顔は真っ青だった。
西園寺部長に相当きつく当たられたのだろう。
「佐藤さん、これ。飲んでみて」
私は、水筒に入れていた「気休め」のブレンド——ハマナスの花とシベリア人参の茶を差し出した。
「えっ……でも……」
「いいから。毒は入っていません」
彼女が恐る恐る口にすると、みるみるうちに頬に赤みが差した。
「……ふぁ……。なんだか、お風呂に入っているみたい……。心臓のバクバクが、止まりました……」
「それは良かった。深呼吸を忘れないで」
彼女は涙を浮かべながら、私を拝むように見つめた。
これが、私の最初の「信奉者」が生まれた瞬間だった。




